小説 開運三浪生活 75/88「温度差」
中部地方の国立総合大学に通う木戸からひさしぶりにメールが来たのはそんな時季だった。当時一世を風靡していたロックバンドの歌詞から借用したらしい〝赤いキセツ到来!〟のタイトルで始まるその文面は、八月の後半に北海道で開催されるロック・フェスに大学の軽音楽サークルの仲間と〝参戦〟する旨を伝えており、道中、盛岡にも立ち寄るので一晩の宿を提供してくれまいかという内容だった。
一浪の夏、帰省の折りに高校時代の仲間で集った際、文生の再受験宣言に懐疑的な見解を呈したのが木戸だった。中部での大学生活を謳歌していた木戸は、サークルとアルバイトで忙しい日々を送り、おまけにサークル内で彼女も出来たとのことだった。文生からすれば木戸は、もはや異世界の住人だった。
六勉一休のリズミカルな受験生活を送っている文生にとって、旧友と言えどイレギュラーな闖入は雑音でしかなかった。電車でひと駅隣のところに住む県大の貫介とすら、ここのところ会っていないのである。文生は受験勉強の多忙さを理由に、断りの返信をした。
木戸から電話がかかってきた。
「え、フミオまた広島受けるの⁉」
地元の訛りがまったく抜けた、きれいなイントネーションだった。
「もう諦めて岩手で大学生活してるとばっかり思ってたよ。え、じゃ県大……だっけ? 辞めたの? それとも仮面浪人?」
「いや、休学してる」
「なんだ、保険かけてんじゃねえかよ」
「…………」
「なら悪いことは言わない、今から復学すべきだ。そんな三浪もしてヒロダイ? 運よく入ったとしても、シューカツで苦しむぞ」
正論と言えば正論であった。こんなときに即座に反論できない頭の回転の遅さと理論非武装ぶりが、文生なのだった。
「――いや、もう決めたことだからよ」
ムスッと文生が反論(?)すると、木戸はさらに押しかぶせてきた。
「それおまえ、自分に酔ってるだけじゃないか?」
「ちがあああ!」
ひさしぶりに大きな声が出た。普段対面で人と話す機会が極度に少ないため、声量の調整がつかなかった。
「――わかったよ。フミオが相変わらず融通利かないヤツだってことはよくわかった。いろんな意味では。OK、盛岡は素通りさせてもらうよ。んじゃ」
電話は向こうから切れた。
生活リズムを乱されるリスクは回避した文生だったが、木戸による今の自分への評価がどうにも納得できなかった。
(退路を断たないから、ああ思われるんだろな)
文生はある決意を固め、そして暗澹たる気持ちになった。