小説 開運三浪生活 14/88「ワガママ太郎」
文生は六年生になった。テレビを観ない優等生として、文生の名は今や村じゅうに知れ渡っていた。賞賛の皮をかぶった奇異の目や、あからさまな批判にさらされるのが日常だった。
六年生の教室の窓からは、隣県との境をなす六百メートル級の山々が壁のように連なって見えた。そののどかな緑色が文生は好きだったが、同時に閉塞感も覚えていた。
――高校出たら、あっち側に行きてえな。
山を幾つか越えれば、そこは関東である。
「今日から毎日、自分が希望する席に席替えしよう」
クラスの女性担任がそう言いだしたのは、文生が六年生の二学期のことだった。まったくの思いつきではあったが、刺激的な提案に児童たちは色めき立った。その日から、帰りの会のたびに教室内は机と椅子の移動で騒然となったが、一人だけ頑なに席を動こうとしない児童がいた。文生である。
視力の悪化を食い止めるためにテレビを観なくなった文生の視力は皮肉にもさらに低下し続け、六年生に上がると0・2まで落ちていた。世間体を気にする親の前ではおくびにも出せずにいたが、そろそろ眼鏡をかけないと学校生活に支障をきたすようになっていた。
最前列の席に座れるか否かは、文生にとって死活問題だった。最前列なら、目を細めてなんとか黒板の字が読めた。一度、文生は母親から言われたことがある。
「うちの子、目ぇ悪いから前の席に座らしてくださいって、先生にはお願いしてあっかんね」
親の願いが担任まで正確に伝わっていたのかはともかく、文生はこの言葉を信じ、毎日の席替えでは教卓の目の前の席を死守した。
そんな日が一週間続くと、クラス内ではさすがに「あいつ、おかしい」となった。なかでも声を大にして文生を批判したのが、ガキ大将タイプのなかでもリーダー格のタツヒコだった。
「このワガママ太郎! 勉強しかでぎねえくせに調子乗んな!」
それまでも、授業で率先して手を挙げ知見を披露する文生に、タツヒコは何かと嫌味を浴びせていた。
あるとき社会の授業で、「この村のいいところを挙げてみよう」というお題が出た。「景色がいい」「田んぼがいっぱい」「トマトが有名」などひととおり意見が挙がってから、担任がこんな質問を投げかけた。
「こういうのをまとめて、漢字二文字で何て言うか知ってる?」
文生は考えた。――長所。いや、特徴? ほかに何かあったっけかな……。
「魅力」
透き通った声で答えたのは、都会から転校してきた久我という女子生徒だった。テストの点数では文生とトップを争い、ピアノも弾けて、そのうえ人当たりがいい。とにかく機転が利く生徒だった。
――その言葉があったか……。
文生が内心悔しがったその瞬間、すかさずタツヒコが口をひらいた。
「さすがクガだ。ただ勉強してるだけのフミオとはちがあ」
名指しで貶められた文生はぐうの音も出なかった。公然と自分を糾弾したタツヒコへの恨みだけが残った。