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小説 開運三浪生活 7/88「元リーダー」

踏切のバーが上がると、文生の視線の先に自分とさほど変わらない小柄な若者がひとり立っていた。文生は一瞬ギョッとして、とっさに目を逸らした。

「……リーダー?」

歩道の脇を、車が次々と行き交った。逃げ場はなかった。――そうだった。この人も厨川だったな……。文生は観念して視線を上げた。

「和田君」

よく見ると、相手も驚きを隠せず、ぽかんと口を開けていた。

和田とは公共政策学部の同期で、一年生の前期に受けた行政学のグループワークで一緒になった。一度、ミーティングと称して和田が住むアパートにグループの男女四人が集まり、ほぼ雑談だけで解散したことがある。その時初めて厨川駅で降りて、家が多い割におとなしい街だなと感じたのを、文生は今思い出していた。その日も天気は曇りだった。そして、和田とのじゃんけんに負けた文生がグループのリーダーになったのだった。生まれてこの方リーダーになったことなどなかった文生にとって、迷惑千万な出来事だった。

「びっくりしたっけよ! 電車行ったらリーダーいんだもん」

バツの悪さに、文生はだらしなく笑うしかなかった。

「途中で急に見なくなったから、どうしたんだろってみんなで話してたんだよ」
「や、あ……」

文生は言いよどんだ。別に、和田を裏切って行方をくらましていたわけでもないのに、妙な後ろめたさがあった。

「……実は、予備校行ってて」
「予備校⁉ ほかの大学受けてたってこと?」
「まあ」
「そうだったんだ! じゃあ、地元帰ってたの? 確か福島だっけ?」
「いや、それが……広島で、ね」
「――へえ、広島か……。なんか、すごいね!」

不得要領に違いなかったが、それ以上和田は追及してこなかった。

この一件で文生は、道でも大学でも知り合いに会う可能性があり、面倒だが失踪の理由を明らかにする義務が自分に課せられていることを思い知った。さすがに逃げ切れなかった。

アパートに辿り着いた文生は冷蔵庫からペットボトルの生茶を取り出し、ぐびぐびと飲んだ。独特の爽やかな甘みを舌が感じ取ると、動転していた脳が平静を取り戻していくような気がした。ふっと一息ついて、文生は八畳間の襖を開けた。水分の次に脳が欲したのは、スナッパーズの軽快な音楽だった。

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