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小説 開運三浪生活 13/88「田舎の世間」

二年生の夏休みが明けた途端、文生は授業中すすんで手を挙げる活発な小学生へと変貌を遂げていた。読書で知らない言葉や物事に触れたせいか、国語も算数も社会も理科も大好きになっていた。よくしたもので、テストでも点が取れるようになり、いつの間にか学校に通うのが楽しくなっていた。ただ、数少ない友達との会話はだんだんと合わなくなっていった。その年代の男子の話題といえば、テレビゲームかアニメだった。

近所のスーパーへの買い物の帰りだった。武登を連れた母親は、文生と同い年の子どもを持つ主婦二人に出くわした。この頃、子を持つ母親同士の話題と言えばテレビゲームである。スーパーで道端で玄関で、我が子の愚痴があいさつ代わりだった。

「うちの子ファミコンに夢中で、ぜんぜん勉強しないんだよー」
「……」
「うちもだぁ。昨日なんて冷蔵庫にゲーム機隠してやった」
「……」
「田崎さんとこは何か対策してっけ?」
「フミオ君はどのくらいやんの、ゲーム」
「――うちの子、テレビ観ないんですぅ……」

主婦たちから驚きの声があがった。二人とも純粋に感心しているようだった。傍らにいた武登も驚いた。本人の関知しないところで、兄のプライベートは世間に放り込まれていた。

「田崎さんゲの文生君はテレビを観ない」というニュースは、意外な速さでのどかな村じゅうを駆け巡った。村と言っても七千人以上の人間が暮らしているし、まだ携帯電話のない時代のことである。それでもどういうわけか噂はすぐに広まった。まずは親から親へ、その子どもたちへと徐々に伝わっていった。そして文生の母親は、ひとから真偽のほどを問われれば、包み隠さず馬鹿正直に答えた。

当の文生にとっては迷惑千万な話だった。確かに言い出しっぺは自分だったし、さりとて今さらテレビを観る気にもならなかったが、どこか釈然としないものを感じていた。わざわざ明るみにする必要がわかならなかった。うまいこと母親に嵌められた気持ちだった。

村民の反応は、大人と子どもとでまったく異なっていた。

「武登君のお兄ちゃんの文生君はテレビ観ないらしいぞ。先生、感心した。みんなも見習わなっきゃな」

放課後前の学級活動の時間にそう担任が述懐したのは、武登が四年生のことだった。学年の違いを越えて教師の間でも噂になっていることに、武登は驚いた。家に帰って母親に告げると、喜んでいた。さもありなんといった満面の笑みだった。

ほかの学年にも知られたくらいだから、文生のことは同学年の全員が知るところとなった。なかには「マジメなんだな」と感心する向きもあったがそんな良心的なとらえ方をするのはほんの一部で、ほとんどの児童は「あいつ変わってる」「秀才ぶりやがって」「テレビ観ねえで勉強ばっかしてる。それ以外に能がねえ」と、否定的な方向に事実を曲げて解釈し喧伝するこの地独特のとらえ方で文生を見た。なかでも、運動が得意で発言力のあるガキ大将タイプからの風当たりは強かった。

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