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研究成果と事業化(創業、カンパニークリエイション)の間にあるもの

下の記事が出ましたので、研究成果が出てからVCが支援に入り、会社を創業して出資に至る具体的なフローや、表に出てこない重要なプロセスについて書き出します。

文科省、ディープテックで起業 人材発掘で民間投資促進:日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG0289G0S4A900C2000000/


上の記事については弊社Beyond Next Ventures株式会社が2017年からBRAVEというアクセラで取り組んできたこと(Innovation Leaders Program)そのままではあるのですが、如何に「ビジネス人材を研究者とマッチング」するか、というhowの部分にフォーカスされた記事です。

ここから改めて文章にまとめようと思った背景は「マッチングだけでうまくいけば苦労してないよな」という感情からで、つまり【経営人材のマッチング→創業】以前にあるコミュニケーションこそが必要であり、それはうちの強みでもあり、今の"大学発ベンチャーブーム"において非常に重要な話ではあるので、自分の整理も兼ねて書きます。

私は普段、特許を出したての研究者や特許すら出していない研究者とお話することがとても多く、その段階から研究費を一緒に獲得しにいったり経営人材をマッチングしたり他のVCを巻き込むことばかりしていますので、日本でも数少ない現場の人間であるという自負の下、書きます。

※書き方が研究者への要求に聞こえると思いますが、要求ではなく、それを支援する人(大学の産学連携部門、EIR、副業人材、VC)が創業前に一緒に認識を形成していく必要がある、という意図です。


事業化(創業、カンパニークリエイション)に重要なプロセス

①事業家に向けた技術検証と、アカデミア研究は別のものであることの認識一致(研究者<>VC間)

まずそもそも事業化とアカデミア研究は全く違います。これは即ち資金となるお金の質が違うという意味です。アカデミア研究では非常に長期のリスクマネー(=数十年後、100年後にとてつもなく大きなリターンになれば良いお金)であることに対し、事業化のための研究費やVCマネーは短期の成果が求められ、混同してはいけないです。
研究を続けるために会社を設立してVCからの資金調達を検討する方は実際かなり多いですが、事業計画なくしてVCからの出資を要求するのは完全に間違いです。

まずこの違いについて。VCや支援に関わる大学機関から丁寧に説明し、投資家の資金についての認識を投資家<>研究者で合わせるステップが必要です。(できればこれはVCを介さず大学側での支援でカバーをしてもらいたい領域)


②事業化に向かうことは研究者にとって負担がかかることの認知(研究者向け)

上記を認知し、次に研究者が向き合わなければならないのは、事業化を進めるには相応の時間的コストがかかるということです。
なぜなら多くの場合で研究者側でデータを取得→VCや経営人材が理解する、というフローになっていて、データのほとんどを研究者のみが把握しているという状況であるためです。

例えば以下が研究者にかかる負担です。
・論文化を遅らせ、特許申請を優先しなければならない場合がある(バイオや素材などは特にここを間違えると価値が0になる)
・業界の研究者向けではなく、投資家等、一般向けの解説資料が必要になる。
・定期的な打ち合わせの設定のための時間確保
・論文検索だけでなく、特許についての最低限の理解、近似技術の情報収集、違い(差別化点)の説明


③VCは想像以上に技術を理解していないことの認知

(VC側からこれを言ってはいけないのですが)VC側は研究者が思っているより技術を理解していません。逆に事業がどうしたら失敗しそうかを知っています。

私は感染症研究で博士を持っており、その中でも遺伝子改変のテクニックや、血清の評価系は比較的得意で、免疫もかじっていますが所詮その程度で、それ以外の領域については毎回勉強し直しています。その程度で過去10年20年研究していた研究者の技術を面談1時間で理解できるわけもなく、多くのキャピタリストもまたそうであると思います。

従ってコミュニケーションにおいては、まずお互いの理解のギャップを埋める必要があります。(たまに「これぐらい分かるでしょ?」という話し方をされますが、わかっていないことは多々あります)


④コミュニケーションのスピードを揃える

研究者、VCともに一般的に見ればかなり忙しい仕事です。ただ仕事のスピード感にはアカデミアとスタートアップ業界ではかなり差があると感じます。

スタートアップ業界ではそれこそ1週間である程度の進捗を出さなければいけないため、思考→提案→意思決定→実行までのスパンは非常に短いです。

このスピード感の理解が得られず、事業化の律速になることは多いと思います。

例えば、面談の日程調整だけで1~2日かかったり、お偉い方々の調整のために次の面談が1か月半後になったり、全てのコミュニケーションがメールのため気軽な情報共有が難しかったり、です。

VC側の話をすると、担当するキャピタリストは年間100~300件くらい、研究者やスタートアップとの面談をこなしながら、数件~十数件の投資先の支援にも携わっていると思います。

私の付き合いの中で優秀なキャピタリストはいずれも朝から夜中まで迅速にこれらに対応していますが、時間への考え方(=そのプロジェクトへのコミットメントだと私は思います)が合わないと進めにくいと思います。


⑤他人を頼る土台を作る

VC、研究者とも専門領域以外は無知であることを自覚し、専門性のある人材をどんどん仲間に引き込む必要があり、そのための努力を惜しむべきでありません。
つまりできないことにどれだけ素直になるかということです。

スタートアップに必要な項目としていくつか列挙しますが、これを全て一人で賄うことはできませんし、第三者の意見を取り込む意味でも多くの仲間が必要です。

【経営面】資金調達(ウェットなコミュニケーション)、資金調達(資料や数値計画)、採用、組織マネジメント、コーポレートガバナンス等
【事業面】研究開発、事業開発、製造プロセス、品質管理等

創業前に既にチームのようなもの(研究者+支援者?顧問?なのか謎の立場の人たちの集団)ができているケースもあり、排他的(人、意見ともに)であることがありますが、創業後にはマーケット環境の変化に応じて柔軟な経営を進めること必須であることを考えれば、創業前から凝り固まった組織・考えそのものがリスクです。

また、経営人材マッチングは各所で行われていますが、単にマッチングだけではうまくいかない事例が多くあります。
経営人材マッチングの前の研究者側と経営人材側、それぞれの下地作りが非常に重要で、翻訳家が両者の間に介入すべきです。


⑥適切な情報開示をする

コアテクノロジーの流出を避けるための情報制御は必要であることは前提の上、適切に開示をしていくことはとても重要と感じます。

頻繁に「特許公開前だから開示できない」というワードを聞きますが、この発言の違和感に大学の産学連携の関係者が気づかない事例が多く見られます。
特許出願前における秘密保持無しの情報開示はVC側としてもやめてくれという感じですが、逆に出願済みの特許に関しものすごくセンシティブな大学関係者が多いです。
また、創薬など、特許が事業に大きく影響する業界においては、特許出願を待った結果使えない特許が、、、も十分にあり得るため、秘密保持下での出願前の情報を見たいVCも多いと思います。
信頼できるVCであれば、秘密保持下での共有も検討に値すると思います。

※弊社の事例では、特許の出願のために弊社からの紹介で業界に精通した知財専門家を入れ、大学知財部との連携や出願前の特許強化も一緒にしています。


ここで、改めてVCへの情報開示によるメリット・デメリットを整理しましょう。

【メリット】
・出願のための支援を受けられる場合がある
・VC担当者へのデータの説得力が増す
【デメリット】
・競合他社への情報流出のリスク
・VC側が特許情報を利用するリスク
・全く知らない第三者への流出リスク

デメリットを考える上で1点書いておきたいのは、VCが最も嫌がるのはレピュテーションリスクであることです。業界が村社会であるからこそ、少しの悪評が肥大化し、キャピタリスト個人の活動(業界の居場所)にも影響を及ぼしかねないので、デメリットで書いたいずれもVC側が故意であるかに関係なく、実行すればそのVCの致命傷になりかねないという点です。

10年以上昔のVCが少ない時代ならいざ知らず、現在はVCの数も増え、VCが負うリスクが大きくなり(牽制が効くという意味では良くなったと思います)、適切な情報開示の範囲において研究者側の開示によるリスクはほぼないと考えています。


逆にVC側からの情報開示も必要です。具体的には、会社としてその研究者とどのような関与をするのかという点です。
創業前の支援を行うVCは非常に限られており、また担当者によっても異なります。その中で創業前の支援をすることを社内でどう整理しているのかは適切に開示する必要があるように思います。
なぜなら研究者側からVC内情は非常に見えづらく、支援を受ける=投資を受けられるというミスリードを招かれる可能性があるからです。お互いのスタンスを明確にするために、VC側の情報共有も適切に行い、必要に応じて他のVCへの逃げ道を作っておく必要があるように思います。


⑦胡散臭さを無くす

研究成果を素晴らしさを表現する際に「〇〇さん(有名な先生?)もすごいと言っている」「この技術を論文投稿したら有名ジャーナルに通る」という表現をたまに聞きます。

「すごそう」という印象は抱くものの、同時に「盲目的になっていないか」「見栄のためにネガティブ要素を隠すのではないか」など色々な感情を抱くことも多いです。
データで全て語るべきと思います。

投資家が見る目線と研究者の表現でギャップが生まれやすい原因について2つの要素があるように思います。
(1)特定のタイムポイントにおける話なのか、将来に渡って長期の時間軸を考えるか
(2)技術の優位性を絶対評価するか、相対評価するか

(1)アカデミア研究、論文が目標であるときには論文投稿時点のタイムポイントでの優位性を示しますが、事業を考えるときには例えば10年間の将来に渡って優位性を維持できるかを考える必要があります。つまり、その時点で優位性があっても5年後には優位性が失われ、競合に負ける可能性を検証する必要があります。

(2)優位性の表現では如何にこの技術が素晴らしいか(絶対的な表現)を示しがちですが、(1)を考えたとき、将来のリスクを考える上では現在のタイムポイントにおいてどれぐらい優位か(相対評価)を示す必要があります。
最近私はこの評価において「競合/類似技術との距離」という表現を使うのですが、定性的に「競合と差があります」では足りなくて、「競合との差分はこれぐらいで、〇〇の理由でこの差分を埋めるのは困難」など、理由や定量的な指標を用い、一番の競合との【距離】を示すのが良いと思います。

最後に

各地方のGAPファンドが盛り上がり事業化資金が多く投下されている中で、VCが創業前の研究者支援に入るようになってきました。
研究者と投資家では考え方がそもそも違うということを理解した上で、創業に向けたコミュニケーションがより円滑になってほしいと思います。

何よりも研究者の方々の素晴らしい研究シーズが社会に届いてほしいと思います。

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