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乗り物酔いがひどかったから音楽が染みついたのかもしれない

乗り物酔いと音楽って一見なんの関係もないんだけれど、この2つを結んでくれるあるモノがある。

それは「風景」である。

私は幼き頃…というか今でもなのだけれど、乗り物酔いがひどい。

幼い頃に比べるとだいぶマシになったとはいえ、いまだに車の中で本でも読もうモノなら1分もしないうちに胸の奥がムカムカとしてくるし、バスで本を読もうもんならなんの悪気もないのに胃の中からバスジャックをキメてしまいかねない。

それこそ、取調室で刑事さんに「ゲロっちまった方が身のためだぜ」って言われるレベルである。いやこっちはもうある意味っていうか正当な意味でゲロってるんですよ勘弁してください。

電車も、そういえばなぜか普通列車で本を読むのはそれなりに大丈夫なのだけれど、新幹線や特急列車で本を読むと3分ぐらいでギブしてしまうぐらいだ。

子どもの頃はそれゆえに、親には多分の迷惑とローゲーをかけてしまったわけだが(汚い話でごめんなさいね)、乗り物酔いがひどい私に親がよく言っていたのが、

「景色見てれば落ち着くから」

という言葉だった。

家族で旅行に行く時、どこか買い物に行く時、行きたくもない習い事に行く時…。

私はいつも車の窓から流れる風景を眺めていた。

小学生ぐらいまでは、親がセレクトする80年代の洋楽や古いアニメソングなどが流れていた気がする。

中学生ぐらいになってウォークマンを買ってもらってから、車に乗るときはいつもイヤホンを耳に風景を眺めていた。

風景と音楽が頭の中で合わさって、まるで自分だけのMVというか…そういうのが出来上がっていくような感覚がしてくる。

乗り物酔いがひどいがゆえに、風景を見て音楽を聴いてるしかできないことに対して当時の私は「仕方ないな…」と、ちょっと残念に思っていた。
高校の修学旅行の時、バスの中でガンガンにゲームをしている友人をみて「すげえな」とちょっと羨ましくも思ったりしたものである。

しかし今こうして思うと、乗り物酔いが酷かったからこそ、音楽と風景を楽しむことにさして苦を感じず、むしろ楽しいとさえ思える感性が身についたような気もする。

乗り物酔い。たまには良いところもあるじゃあないか。

おーわりっ!

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