ビートルズとカモ先輩
高校の頃、1つ上の学年に「カモ先輩」がいた。
カモ先輩との出会いは、とある授業の…というより課外活動でなんとなく喋る機会があったから…という何気ないものだった。
それ以上でもそれ以下でもない。
恐ろしいほど興味をそそられないだろう。
なぜ「カモ先輩」なのかと問われれば、確か名字に「鴨(かも)」がついていたからである。
「鴨井」だったか「鴨川」だったか…もうずっと「カモ先輩」と呼んでいたから名字すら定かではない。
カモ先輩と同じ学年の友人たちも、「カモ」「カモ」と親しげに呼んでいたから、後輩である私たちもそれにならって「カモ先輩」と呼んでいたのだった。
そんなカモ先輩とは、先述の通り課外活動的なところでしか顔を合わせなかったが、それなりに親しく話すような間柄になった。
物腰柔らかでフランクだが、心のどこかでヤンキーというか…イケイケな人に憧れてるんだろうなぁ…と窺わせるような髪型をしていた。
U2のボノをちょっと東洋風にしたような、そんな顔立ちをしていたように記憶している。
ある日、私はなんとなくカモ先輩をイジッてみたくなった。
カモ先輩に怒られにいきたいというか…仲が良くなったからこそ、「先輩後輩」という間柄から「友達」的な存在を目指していたのかもしれない。
私は、カモ先輩に向かって、
「カモンカモーン、カモンカモーン先輩!」
と、歌を歌うように言ってみた。
先輩は「なんだよ!!」と言って笑っていた。
が、この時私の脳内では凄まじい電撃が流れていたことは私だけにしかわからない。
あれ…この歌ってなんだっけ?
何気なく「カモンカモーン」と歌ってみたが、なんだか遠い記憶の中で聞いたことのあるような…そんな複雑怪奇な脳内トリップが行われていたのだった。
この曲って…なんだっけ?
私は家路につきながら、ずっと「カモンカモーン」のことを考えていた。
絶対に知っている。私がこれまで聞いたことのあるミュージシャン、あるいはバンドの中の曲だ…それだけは確かだった。
そして、「父さんならおそらく知ってるはずだ…」と思いながら、夜遅くに仕事から帰ってくる父にぶつけてみた。
「カモンカモーン、カモンカモーンって曲、あるでしょ?あれって誰の曲だっけ?」
間髪入れずに、父は返答した。
「ビートルズだよ。『プリーズプリーズミー』」
プリーズプリーズミー!!
私は、即座に自分のウォークマンのビートルズフォルダをチェックした。
「プリーズプリーズミーが入ってねぇ!!」
絶句した。
そう、当時の私は父がレンタルショップで借りてきたベストアルバム「ビートルズ1」しか入れていなかったのだ!!
「ベストアルバムだし、とりあえず主要な曲は一通り入ってるでしょ」と思っていた。
確かにレットイットビーも入っている、デイトリッパーも入っている。
イエスタデイも入ってるし、ヘルプ!も入ってる。
だが…プリーズプリーズミーが入ってない!!!
中学3年の頃、私は窮屈な中学生活に辟易して、ビートルズの曲を無我夢中で聞いていた。その時に毎回チョイスしていたのが「ビートルズ1」だったわけだ。
ビートルズのメンバー4人の顔を小さく印刷し、筆箱に貼っていたこともあった気がする。今思うとものすごく恥ずかしいぞ。
それぐらいビートルズが好きな私だったが、この事件があって以降、「私はビートルズのことを知らないのと同義だったのだ」と自分を戒めた。
まだまだ、「ビートルズ1」には収録されていないだけの良い曲があるだろう__。
次の日かその次の日か忘れたが、土曜の学校が終わったその足で、近所の中古CDショップに行った。
そして目当ての「please,please,me」と、ついでに「ホワイトアルバム」も…あ、ホワイトアルバムは別の日だったか…。ちょっとその辺は曖昧だが、その2つを買ったのだった。
今こうして振り返ってみると、もし「カモ先輩」がいなければ、私はビートルズの曲の半分も知らないままだったように思う。
カモ先輩からすればなんのこっちゃって感じだろうが、この経験があったから、私は今でもカモ先輩のことを忘れられないのかもしれない。
カモ先輩の方は私のことなんぞ忘れてるとは思うけど。
カモ先輩に、感謝を。
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