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<第2章:その9>壊されるお墓
「お墓がこんな力を持っているなんて信じられませんでした。あの人があそこまでやるとはねえ……」
この話は、ある男性とお墓の物語。
時間をさかのぼること1年前、私はある男性から相談を受けました。
「いとこがお墓をつくると言い出し、私のお墓を壊そうとしてきた。法的にはどうなっているんですか?」
何が何だかわかりません。
「どうされました。まずは今のご状況を教えてください」
「石屋っていうのは、みんなあんな乱暴ものか?この業界はどうなってるんだ!」
どうにも話になりません。
結構な時間を使い、落ち着いてもらい、まずはその(壊されそうになった)お墓を見させていただくことにしました。墓地は住宅街から少し離れた丘の上にありました。どうやらその町内で管理している墓地らしく、男性のお墓は墓地内の中心あたりに位置していました。ブロックで仕切られた墓所の中心に大きなお墓がひとつ、そして向かって右側に小ぶりなお墓が建てられていました。
壊されそうになったのは、どうやら右側の小ぶりなお墓らしいのです。
「実は、私にはいとこがおりまして。父の兄の長男なんですが、昔からいい加減なやつでして。親のお墓も建てずにいたんです。そいつが急に今になってお墓をつくるとか言い出してきましてね。それもこの町内の墓地に」
「へー、いいじゃないですか。何か問題でも?」
「大ありですよ!」
話を詳しく聞くと、そのいとこの子どもさんが死産だったらしく、その男性のお墓(小ぶりなお墓)に入っているそうなのです。
なぜそんなことになったのか。まず、元々中心に立っているお墓は先祖から受け継いだお墓で、訳あってこの男性の親が次男だったけれども家督を継いだそうなのです。小ぶりなお墓のほうは、子どものころ亡くなった、自分の兄のお墓。昔の事なので、先祖代々のお墓に入れることはできないと、そのときに小さなお墓をつくられたそうです。
で、ここからが問題です。
そのお兄さんのお墓に、どうやらそのいとこの子どもさんも入っているそうなのです。親同士が仲がよかったため、家を出て行ったお兄さんの孫にあたる子を、お墓に合葬してしまったらしいのです。
その後、当然親同士は亡くなり、今に至るのですが、仮で入れておこうという話だったお墓には、今の今までずっと、そのいとこの子どもさんが祀られ続けてきたという話です。
ところが、今回そのいとこの方がお墓をつくると言い出して、墓所も同じ墓地内の近所ということ。ならばと、そのお子さんのご遺骨を取り出したいという話になったそうです。墓地で立ち会うことになり、行ってみたら石屋さんも同伴していて、
「この墓石ですか」
と言って、急にお墓を壊そうとしたので、怒って止めさせた。ここまでが相談に至る経緯です。まあ、確かにむちゃくちゃな話です。
「会ったその日にお墓を壊すはないでしょうね」
とお伝えし、法的な手続きの話、墓地ごとの規則があるので、それに従うべきだという話、そして、寺院様にお経を上げていただくべきだという話をしました。
しかし、男性は頑として首を縦に振りません。
「そもそも、あいつがつくるお墓のことだ。私は関係ないでしょ!」
確かに一般的に考えたら、この男性はとばっちりを受けている被害者。自分の守っているお墓に被害が及ぶとはいえ、いろいろな手続きを自らする必要は、本来ないと考えがちです。
しかし、私は今回のいとこのお墓づくりには、積極的に首を突っ込んだほうがよいとアドバイスしました。なぜならば、いとこの男性はそもそも遠方に住んでいて、遠方だけど田舎にお墓をつくると言い出しているのです。もし仮に、このまま放っておいてもお墓は完成するでしょう。
しかし、今までの経緯を考えるとお墓が完成した後も、必ず揉め事が起こることが予想されます。ならば、はじめから首を突っ込んだほうがよい、と考えたのです。
「あなたがこちらの窓口になって、石屋さんや、墓地管理者、寺院さまとの取次を行ってみてください。そして、いとこの男性にあなたの経験や、あなたの思うアドバイスをお伝えください」
「本気で言ってます?」
「ええ、もちろん。そして、事あるごとに、その経緯を墓前でお父さんにご報告してください」
男性ははじめは嫌がっていましたが、どの道、放っておいても頼ってくるでしょうし、あとで面倒なことになるくらいなら、こちらの好きなように進めたほうがいいですよ、と説得いたしました。
そして数か月後、お墓は完成し、開眼法要、納骨式となりました。憎んでいたいとこからは、
「ありがとう。おかげでお墓が出来上がった」
と感謝されたそうです。その「ありがとう」は、心からの「ありがとう」で、男性も救われたと言っていました。そして、
「これで自分も安心して逝ける」
とも。いとこの男性からしても、ご両親、そして自分の子どものお墓を放っていたことは大きな心のわだかまりで、そのうしろめたさから逆に疎遠になってしまったということらしいのです。
最後にひと言、こう伝えてくださいました。
「いとこは好きではないけど、嫌いじゃなくなった。今までのお墓参りは、いとこのことがあったから、どうしても億劫で義務的に行っていた気がします。
でも、今は正しいところへ送り届けることができ、すっきりした気持ちでお墓参りができるようになりました」
当初は、いとこのお墓づくりのお世話をすすめた私に対し、かなり反発していたことを後で奥様から聞きました。それでも色々とお墓について動いているうちに他人じゃないし、すっきりした気持ちでお墓参りに行けるようになったということです。
お墓づくりが人の心を変えていったお話です。
<前回まで>
・はじめに
・序章
母が伝えたかったこと
母との別れ
崩れていく家
止むことのない弟への暴力
「お母さんに会いたい!」
自衛隊に入ろう
父の店が倒産
無償ではじめたお墓そうじ
お墓は愛する故人そのもの
・第1章
墓碑は命の有限を教えてくれる
死ぬな、生きて帰ってこい
どこでも戦える自分になれる
お墓の前で心を浄化する
祖父との対話で立ち直る
お墓はいちばんのパワースポット
・第2章
心の闇が埋まる
妻から離婚届を突き付けられて
妻の実家のお墓そうじをする
ひきこもりの30歳男を預かって
心からの「ありがとう」の力
先祖と自分をつなぐ場所
お墓を建てることは遺族の使命(前編)
お墓を建てることは遺族の使命(後編)
お墓のシミが教えてくれたこと
矢田 敏起(やた・としき) 愛知県岡崎市生まれ。高校卒業後、自衛隊に入隊する。配属された特殊部隊第一空挺団で教育課程を首席で卒業後、お墓職人となるため、地元有力石材店で修業をする。1956年に創業された家業の石材店を継ぎ、「人生におけるすべての問題は、お墓で解決できる」ことを見出し、「お墓で人間教育」を提唱する。名古屋の放送局CBCラジオで、平日午前の番組『つボイノリオの聞けば聞くほど』に2012年から出演を続けており、毎週火曜日に「お墓にかようび」というコーナーを持ち、お墓づくりや供養に関する話を発信している。建て売りで永代供養の付く不安の少ないお墓を提供する「はなえみ墓園」を2020年に始め、愛知県内28カ所(2024年5月現在)となっている。2022年にお寺の本堂を使った葬儀をサポートする「お寺でおみおくり」を始め、2023年にはお墓じまいなどで役目を終えた墓石の適正な処分や再利用を進める「愛知県石材リサイクルセンター」を稼働させた。