<第2章:その8>お墓のシミが教えてくれたこと
それは、ある日の午後でした。
私は珍しく、墓地に出かけず、社内に残り、お墓の図面をひいていました。
珍しついでに、その日は朝から一本も電話が鳴らず、事務方たちがパチパチとパソコンを打つ音のみが聞こえる、本当に穏やかな日でした。
図面製作で少し煮詰まってきた私を見透かすように、事務方の一人が立ち上がり、「お茶、いれましょうか?」と気を利かせてくれたので、「ありがとう、お願いします」と答えた瞬間、電話のベルが勢いよく鳴り響きました。自ら電話を取ると、
「お墓のシミって取れないんですか⁉」
電話の向こうから、怒ったように怒鳴りつける女性の声が聞こえました。
実は、この女性、私たちに電話をする前、ある石材店さんと墓地へ行き、お墓を見てもらったそうなのです。
元々お墓にシミがあることは知っていたそうなのですが、それを除去したいと思いたったそうです。そして、その石材店さんに相談したところ、返ってきた答えはお墓の建て替え。費用も500万円ほどかかると伝えられたそうです。500万円かかるとは、さぞかし立派なお墓なんですね、と返したら、どうやらそうでもないらしい。お墓の大きさからいえば、周辺のお墓に比べてもいくらか小ぶり、石も普通の石を使用しているといいます。
少しおかしいな、と感じた私は、そもそものお墓を建てられた経緯を聞きました。すると、どうも話を濁すのです。何か違和感を覚えたので、電話でのお話では解決できない旨をお伝えし、後日、お墓を拝見させていただくことにしました。
開けた霊園墓地にあったそのお墓は、今から30年ほど前に建てられたお墓でした。確かにお墓にはシミがありました。上から数えて2つ目に乗せられている、上台(じょうだい)と呼ばれる石材の天場、正面から向かって右側に直径5センチほどの少し、縦に伸びただ円のシミがありました。
シミはシミとして確認できましたので、当時、だれのためにつくられたお墓なのかを聞きました。
「主人のお墓です。息子が生まれてすぐに主人を亡くしました。そのときにつくったお墓です。私、女手一つで息子を育ててここまで来ました。本当にいい子で……。でも、お嫁さんが見つからないんです。それで、知り合いのすすめで腕のいい占いの先生に診てもらったんです」
「占いですか?」
私は嫌な予感がしました。お墓と占い師、そして石材店。疑惑の3点セットです。
「先生は、お墓がよくないって言うんです。で、いい石材店を知っているから紹介してあげると。それでその石材店さんにお墓を見てもらったら、昔からあるこのシミを指摘されて……」
よくある話ですが、よくない話です。
「このシミがあるから息子が結婚できないって言われました。で、私、ハッと思いだしたんです。このシミの原因。実は、息子なんです……」
「息子さんが車のワックスか何か使ってお墓そうじでもしました?」
「え⁉ その通りです。どうしてわかるんです?」
「何のために、今日、ここに来たと思っているんですか。このシミが原因で息子さんが結婚できないと言われて、今まで放っておいたことをうしろめたく思われたんでしょう?」
「はい……」
「息子さんがまだご結婚されていないのは、お墓とは関係ありませんよ。まだそのときじゃないだけです。いいですか、このお墓にはあなたの御主人、そして息子さんから見たらお父さんが祀られているんですよ」
「ええ、だからシミのことを怒ってとか……」
「怒るわけないじゃないですか。息子さんは、お父さんのお墓がきれいになったらいいなと思ってワックスを使った訳でしょ。喜びはしても怒るわけないですよ」
「でも……、このシミは故人の怒りだって言われました」
「違いますよ。このシミはワックスの油分が石に浸透して汚れが付着しているだけです。それに、もしご自身がお墓の立場だったとして怒りますか? 息子さんがお父さんのために、きれいにしようとしたんですよ」
「確かに言われてみればそうですけど……。でも、シミはなぜ消えないんですか。たたりとかでは……?」
「たたるわけがないじゃないですか。こんな大切にお墓参りされているんですよ。わかりました。このシミが消えればいいんですね。消しましょう」
「消えるんですか?」
「消えますよ。でも少しお手伝いくださいね」
ひどい話です。今まで母子2人でがんばって生きてきた努力を否定して、その不安をお墓に投影して、人を傷つける。このような話は特別なケースではありません。お墓のことは目に見えない世界の話も多大に含まれます。お墓について、「あれはいけない」「これはいけない」「こんなことをすると浮かばれない」「それは間違っている」、人それぞれ、勝手気ままにお墓の批評を行います。
今回のケースでは悪い占い師、そして石材店が主になりました。
しかし、皆さんの周りにもいませんか? お墓について批評する友人、知人、御親戚。その中のどの話も根拠がありません。親切心と思っているかもしれませんが、大きなお世話です。
もし、あなたが知人から、
「このお墓どうです?」
と聞かれたら、
「立派なお墓ですね。祀られている人が喜ばれますね」
と答えてください。絶対にマイナスの発言を避けてください。そのひと言がどれだけ人を傷つけ、人生の歯車を狂わせてゆくか。お墓は誰にとっても大切でかけがえのない存在、唯一無二の家族のきずなです。
もし、どうしても批評をするのであれば、責任を取ってあげてください。
「このお墓、〇〇がよくない。私がお金を払うから直しませんか」ってね。
さて、この女性のお墓、その後どうなったでしょうか?
まずは私たちでシミ抜きの処置を施しました。でも、数十年のシミはそう簡単には抜けません。お墓に湿布をして、少しずつ少しずつ除去していきました。発熱して、寝込んだ子どものおでこにあてるタオルを交換するように、事あるごとに墓地に出向いてもらい看病していただきました。
数日たったある日のこと、女性から手紙をいただきました。その手紙には、お墓のシミがほとんど目立たなくなったこと、息子さんが婚約したこと、息子さんが会社を興し、事業が軌道に乗りつつあることが書き連ねてありました。
この結果は、お墓のシミが消えたおかげでしょうか?
私は違うと思います。元々、息子さんは結婚できる魅力的な人で、事業もうまくやれる優秀な人だったのでしょう。
たまたま、タイミングの問題です。それと、お母さんがお墓についてのうしろめたさから解放され、心から息子さんを応援し、背中を押してあげることができたからでしょう。
もしかしたら、お墓の陰から、お父さんが少しだけ、手を差し伸べてくれたかもしれませんが……。
<前回まで>
・はじめに
・序章
母が伝えたかったこと
母との別れ
崩れていく家
止むことのない弟への暴力
「お母さんに会いたい!」
自衛隊に入ろう
父の店が倒産
無償ではじめたお墓そうじ
お墓は愛する故人そのもの
・第1章
墓碑は命の有限を教えてくれる
死ぬな、生きて帰ってこい
どこでも戦える自分になれる
お墓の前で心を浄化する
祖父との対話で立ち直る
・第2章
心の闇が埋まる
妻から離婚届を突き付けられて
妻の実家のお墓そうじをする
ひきこもりの30歳男を預かって
心からの「ありがとう」の力
先祖と自分をつなぐ場所
お墓を建てることは遺族の使命(前編)
お墓を建てることは遺族の使命(後編)