<序章:その5>再録『心が強くなるお墓参りのチカラ』
「お母さんに会いたい!」
しかし、そうした生活も、やがて終わるときがやってきます。
その日も私は学校から帰ると、悪友たちと一緒に弟を探しました。弟を見つけ出した私たちは、いつものようにいたぶり始めました。次第にエスカレートした私は、逃げ回る弟がうっとおしくなり、身動きが取れないように家の柱に縛り付けてしまいました。
逃げられない、まったく抵抗もできない弟に対して、暴行を続けたのです。あのままの時間が過ぎたら、弟は死んでしまったかもしれません。
その時、修羅場に飛び込んできたのは、父でした。たまたま用事があって、帰宅したのですが、弟をいたぶっている私たちを父は殴り飛ばしました。そして、縛られていた弟を解放し、
「おまえが、弟を守ってあげないで、どうするんだ! 何をやっている!」
激しく私を怒鳴りつけたのです。
気がつくと私は泣いていました。激しく涙を流していました。とても大きな悲しみ、情けなさ、悔しさといった感情がないまぜに湧き上がってきて、私は声を上げて泣くしかなかったのです。
仕事をしない父も嫌いでしたし、その父に殴られ怒鳴られている自分も大嫌いでした。嫌いだけでなく、そんな世界にいる父も自分も弟も、みんな情けなく、悲しい、悔しいのでした。
このとき、
「お母さんに会いたい」
と強く思いました。
しかし、母に会うには、お墓に行くしかありません。
その日、私はひとりで母のお墓のある寺に向いました。寺は学区外にあり、家からは十数キロも離れた場所にありました。学区外には子どもだけでは行ってはいけない決まりでしたが、私は規則を破り、自転車を走らせたのです。
寺の墓地に着き、母のお墓に水をかけ、手を合わせました。
今日あった出来事を心のうちで母に報告していると、なぜそうなったのか、家がどんな状態になっているのか、など、この1年の間に起こったことをすべて話さずにはいられない気持ちになりました。
私は手を合わせたまま、母に報告するように、1年間を思い出しました。
そうして、じっと思い返しながら母と話をしていると、次第に気持ちが軽くなってきたのです。
日暮れになって家に帰りましたが、この墓参りから、少しずつ少しずつ私は落ち着きを取り戻し、家の中の片づけをするようになりました。弟を殴ることもなくなっていきました。
それ以来、母のお墓に詣でるのは私の大切な行事になりました。お彼岸やお盆に参るのは当然ですが、そういうときでなくとも、何か心にわだかまりができたときや家族に心配事が起こった時など、私の足は母のお墓に向ったものでした。
お墓参りをして、亡くなった母親に会っていろいろなことを打ち明けたり、悩みを相談したりしていくうちに、何やら気持ちが整理されました。子ども心に、母がいつも私たち兄弟を見ていてくれると確信していました。
そういう生活を続けていく中で、1年ほどはかかったでしょうが、私は次第に昔の明るさを取り戻していったのです。
<つづく>
「再録『心が強くなるお墓参りのチカラ』」は、月曜日に不定期(2週間おきくらい)でリリースする予定です。
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