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繋物語ツナギモノガタリ 第1話 君を好きになった理由

 私が目を覚ましたとき、耳から聞こえたのは友達の断末魔だった。

 意識が戻り、ゆっくりと目を開けると、ひんやりとした地面の感覚と、身動きのできない束縛感が私を襲った。

 友達は、目の前で複数人の男たちに囲われ、リンチを受けていた。

 私の名前を必死に叫ぼうとするが、口を塞がれ、暴行を受ける。

 苦痛に満ちたうめき声だけが、この薄暗い体育館倉庫の鉄筋コンクリートの壁に反射され、私の耳に入ってきた。

「やめて」

 私は、口を包帯で塞がれていることを自覚しつつも、必死で叫ぶ。

「だれか、だれか」

 うーうーとした、声しか響かないことも分かっていても、友人のためにそう、叫ばざる負えなかった。

「あっち。目覚ましたっぽいぜ」

 目の前の男、数人がこちらに目を向ける。

「反応がないと、寂しいから、ほっといたんだが、こっちも楽しめるとなると、空いた手が埋まってよかったぜ」

「ちょうどよかった。お前の友達の顔、見せてやるよ。お前もこれから、こうなるんだ」

 数人の男に腕を組まれて、私の目の前に差し出された友達の顔は、痣だらけで、あちこち内出血したあとがあり、友達の可愛らしい猫耳も噛まれた跡がついていた。

「シズク、、」

 友達の口からは、私を呼ぶ声が漏れる。

「おっと、気失う前に、治癒しとかないとな」

 友達は無理やり、前歯と顎を掴まれて、口を開けさせられると、男のポケットから取り出した薬を飲み込まされた。

 友達の顔からは、涙が溢れ、この地獄のような空間を抜け出したいという悲嘆な表情が現れていた。

「次は、お前も飲む番だ」

 私を口元を拘束していた包帯を外し、腕を捕まれ、友達のもとへと連れて行かれる。

「やめて」

 私は、苦し紛れに叫ぶ。

 その時、私の背後にある扉が開き、眩しい光が差し込んだ。

「ここに居たのね」

「シズクちゃん、ユキちゃん!」

 男に連れて行かれそうになったとき、一人だけ逃げることができた、もう一人の友人・コハルが助けを呼んでくれていたのだ。

 助けを呼んでくれた友人の隣には、見たことのない女子生徒・私と着ている制服も違う人が一人立っていた。

「一人取り逃した奴が、助けを呼んできたのか。まあいい」

「呼んできたのも、一人・しかも女。大したことないな」

 違う服の女子生徒はその言葉にピクっと、反応し、眉間にシワを寄せ、思いっきり、男子生徒を睨みつけていた。

 彼女が動き出した瞬間、一瞬、ゾワッと全身の毛が逆立つような恐怖を感じた。

 なぜなら、彼女の手には、短刀が握られていたからである。

 それをどうするの。

 私は、助けに感謝しつつも、目の前で繰り広げられる血祭りに、言葉を発することができなかった。

 彼女は、殴り掛かってくる男に対して、感情一つ傾けることなく、無慈悲に、虫ケラを潰すように、圧倒的な暴力を振りかざした。

 殴り掛かってくる男の腕から流れる血がボトボト大量に床に散乱する。

 短刀のため、骨を切り落とすほどの威力は無いため、骨一つで繋がった状態で、男たちは出血部分を抑えて苦しんでいる。

 返り血を浴びた友人は、その目を背けることなく、彼女を凝視している。

 うめき声をあげながら、横たわる男たちに、彼女は、治癒のために液体を傷口に垂らし、腕の傷口が再生したかと思いきや、もう一度、刃を振りかざす。

 思わず、その残酷さに目を瞑りたくなる。

 いつまで続けるのかと、男たちの叫び声が枯れるほど、耳にその声が染み付いた程度のときに、彼女は、ようやく言葉を発した。

「あなた達、も、いいわよ。」

「え」

 私が、言葉を返すと、彼女は、その血に塗れた短刀を私に差し出す。

「あなた達もヤラれたんでしょう?ヤリ返さなくていいの?」

 彼女はそう言い、言葉を続ける。

「何時間ヤラれたの?何回、ヤラれたの?」

 彼女は、淡々と私に質問をする。

「えっと」

 私は、彼女の質問攻めと、圧迫感に慌てて答えそうになる。


「そこまでだ。レイ」

 その声ともに、遅れて足音が聞こえる。

 外光が差し込む扉からは、一人の男が立っていた。

「はい。」

 レイと呼ばれた彼女は、私に差し出した短刀を引っ込めると、男の登場に頭を下げた。

「あーあ。またやりすぎだよ。レイちゃん」

 男に続いて、この部屋に入り込んできた、長身の男子生徒は、目の前の惨状に笑った。

 この惨劇を見た男の反応に、驚きながらも私たちの視線は、レイという女子生徒を止めた男子生徒に向く。

「ひとまず、ここは片付けておくから場所を移そう」

 男子生徒はそう優しく語りかけると、私達を彼らの本拠地に案内した。

 旧校舎の体育館倉庫を出ると、私たち3人は、そのまま校舎の中を歩き、ある部屋に招かれた。

 そこは、かつて、生徒会室だった場所。

 私たち1年生は、話だけ聞いていて、訪れたことが未だなかった場所。

 ゆっくりと、その重々しい扉を開けると、椅子やソファ、机に数人がくつろいでいる様子が目に入った。

 法衣を上だけ脱いで、上半身裸で筋トレしている坊主の人の横には、赤毛に犬のしっぽがある獣人がタバコを吸っていて、羽を生やした女子生徒たちは数人が集まって、ゆったりとトランプをして、それぞれが好きなように自分たちの時間を過ごしていた。

「うん?また、新入りか?」

 私達が部屋に入ったことに気づいて、赤毛の獣人がこちらを振り向く。

「あ、めずらしい。猫耳?」

 羽を生やした女子生徒たちは、私達についている耳に気づいて、こちらに近寄ってくる。

 何も臆することなく、興味津々で、私は耳を触られる。


「やめなさい。あなたたち」

 レイと呼ばれていた女子生徒は、私達に興味津々で近づいていた羽つきの子たちに話しかけると、そのまま、生徒会長の机と思われる場所の横に控えた。

 遅れて、私達に話しかけてくれた男子生徒が、椅子に座ると、そこにいた全員が黙って、その男子生徒の開口を待った。

 私達もその雰囲気に気圧され、冷や汗が流れる。

 横にいたシズクの私の手を握る手に力が入るのを感じた。

「体の調子はどうだ?レイからもらった治癒薬は聞いたか?」

 男の問いかけに対し、私はシズクの外傷があった場所と、自分の外傷があった場所を目視する。

「ありがとうございます。痛みは無くなりました。痣も消えたようです」

 私は質問に対して、礼を述べてからそう答える。

 先程、惨劇に笑みを浮かべていた男はお気楽そうに言う。

「君たちが飲まされていた薬の影響なんだけど、そのうち抜けるはずだけど、しばらくかかると思うから、もし、体調が悪くなったら言ってね」

「はい。気をつけます」

「こいつら、何かあったのか?」

 赤髪の獣人は、体調を気遣った男に割り込んで質問をする。

「1年生、襲われてたんだ。多分、A組の奴らだと思う」

 あー、なるほど。と納得した顔で、赤髪の獣人は頷く。

「どうせ奴の手下だろう。躾がなってないクズが」

 法衣に身を包み直した男は、ぼそっとつぶやく。

「僕達は、協力者を集めている。このシステムを作り上げたものを打倒するために」

 リーダー格と思われる男が話し始める。

「君たちが、遭遇した被害は、全体の中のほんの一部だ。競争原理の仕組みが敷かれたこの学校は、残念ながら、今の状態を許容している。優秀な人材を作り出すために、力の行使という絶大な権力を各層に分配している。

 君たちC組の生徒のように、被害者が出ないように行動する自警団が僕達の組織だ。

 僕達は、この醜い競争を終わらせようと思ってる。君たちのように、意図的に蔑まれるものがいなくなるように。」

 そして、男は、座っていた椅子を立ち上がり、私達の目の前に来ると、手を差し出してこう言う。

「一緒に、手伝ってくれないか?」

 私は、その誘いに恐る恐る承諾する。

 男の手を握り返すと、男はニッコリと笑った。

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 最初、レイが行った惨劇を目にしたときは、内心驚いた。

 血まみれの男たちと、怯える1年生達。

 治癒薬を使えば、治癒はできるんだろうけど、やりすぎだ。

 一生懸命言葉の限りを尽くして、彼女たちの不安を払拭するように、猫耳を生やした女子生徒に語りかけた。

 そして、一番、意志がはっきりしているシズクと呼ばれる女子生徒を中心に話しかけ、なんとか合意まで辿り着くことができた。

 シズクの手を握る。

 周りの仲間たちが笑って、こちらを伺っているのが伝わる。

 なんとか、声が震えないように気を遣いながら、続けて答える。

「血まみれの服装じゃ、居心地悪いだろうから、一旦、シャワーを浴びてくるといい」

 同じく血まみれのレイの方に相槌を打つと、レイが反応した。

「あなたたち、案内するわ。付いてきて」

 レイはそういうと、新しく入った新入りを連れて、部屋を後にした。

 僕は、彼女たちが部屋から出ていくのを確認したあと、自室に戻るために、続けて、部屋を出ようとする。

「おい、シド。覗きか?」

 赤毛の獣人・ジンがククっと笑いながら、冗談を言う。

 僕は睨みつけて、答える。

「部屋に戻るだけだ」

 それから、生徒会室に併設された生徒会長室に戻り、前に拾ったベッドに横たわり、あの場では堪えていた溜息をつく。

 うまくやれていただろうか。手元にある小説の表紙を見て、感情が淀む。

 目を瞑り、2年前の光景を思い浮かべる。

 まだ、こんな事態になる前、もう少し、平穏があった頃の話。

 昔から、本を読むことが好きだった。

 僕を現実とは違う別の世界へ連れて行ってくれる気がして。


 ずっと本を読むことが好きだった僕が小説を初めて書いた。


 小説を書いてみて良かったことがある。

 それは、自分と向き合えたことだ。


 小説を書く行為は、自分と向き合う時間を与えるとともに、限界も知らず知らずのうちに、無自覚に与えられる。

 セルフレーティングをしながらも、自分が残酷描写を書けなかった。

 あまりそういう類の本に触れてこなかったことも一因として、考えられるが、言い訳を考えれば、たくさん出てくる。

 いずれにしても、それは、自分の限界に気づいた瞬間だった。


 耳にかかっていた、固有のフィルター機能が薄れ始め、次第に先生の必死に説明する声と黒板に書き記す音が次第に僕の耳にも聞こえてくる。

 僕は、授業中、そんなモノ思いにふけり、少し、寂しい気持ちになった。

 周りの学生に気づかれないように、静かにそっと、ため息をつき、窓を眺めていた視線をずらす。

 そしてしばらく、周りの学生の背中を眺めて、僕は再び脳内世界に没頭し始める。

 僕が僕という一人称を使うのにも、理由がある。

 端的に言うと、一歩引いて、自分を眺めたいからだ。

 学校生活の忙しさからは、一歩引いた位置で、自分が何のために、今の行動をしているのか。その視点は、考えさせてくれる。


 僕が俺という一人称を使わないのは、決して、周囲の人に俺と言ってマウントを取りたくないからだ。

 先生は、公的な場では、私を使えという。

 私のほうが、相手に失礼な印象を与えることが無いそうだ。


 自分が使ったテクニックや、こだわりの言葉遣いについて、思いを馳せていると、先生の話が僕の思考の時間に割り込んでくる。

 といっても、原因はすぐに思いつく。進路面談だ。

 ちょうど7月で、僕が直面している進路面談のせいで、その不安感に当たるものが、僕の思考を妨げている。


 先生は私という言葉を使いながらも、人の進路について、あーだこーだ、持論を述べ、ズケズケと人の領域に踏み込んでくる。

 やれ、保育と介護は大変、文系は将来が無い。

 理系は職が豊富。

 先生は、先生しかやったことがないのに、持論を偉そうに語る。


 世の中には自分のキャリアで悩む人がいると聞く。

 今まで、会社で決められたことをすれば良かったものが、急に自分のやりたいことと、マッチしてるかと聞かれるようになった。

 上司が急かさなくても、職場がマッチしていれば、仕事をするようになるからだ。

 今、適材適所を踏まえた、人事の効率化が進んでいるそうだ。

 おそらく、自分の足りないこと、必要なことを聞かれる。

 そして、この質問をされて、困る人がたくさんいる。

 自分のことは自分がよくわかっているはずなのに、答えられない人が多い。

 そして、困った末に、一つの結論にたどり着く。

 お神の顔色をうかがうことだ。世の中には、目先の利益を求めて、そこに安心を求める人は大勢いる。


 僕は、先週似たような、圧迫感を体験した。

 3者面談だ。

 3者面談とは、3者(先生、両親)に囲まれ、選択を迫られる儀式のことだ。

 多くの友人が、その飛び交う視線に悩み、圧迫感に晒されている。


 世の中にはある法則がある。

 うまく行ってることを善。うまく行っていないことを悪という法則だ。

 これは産業革命以降発達した、近代社会特有の現象に過ぎないが、社会契約がその場ですぐに成り立つことが契機になっている。

 故に、その場で約束、または成果が求められる。

 よって、この世界はやることをやっていれば、文句を言われない法則も、自然発生で成立する。


 僕達、学生が求められる話題といえば、

 ちゃんと、勉強し、ちゃんと、運動をし、ちゃんと、恋愛をすることだ。

 そうすれば、結果として、両親に安心してもらえる。


 でも、考えても見てほしい。

 文武両道の人が稀なように、勉強をしながら、恋愛をするのも難しいことに。

 頭の占有率は有限である。

 そして、本を読むのには集中力がいる。

 同じように、恋愛にも集中力がいる。

 故に、どちらも現実するのは難しい。

 これが、勉強に置き換われば、集中力がいる読書や恋愛は、ささっと楽しめる娯楽にスグに、その座をとって代わられてしまう。

 好きな読書を続けるには、恋愛を諦める。

 恋愛をするためには、好きな読書を諦める。

 なんて、非情な選択なんだ。

 例えれば、そんな選択を彼らは、僕に求めている。

 自分には出来もしないことを、当たり前に求めてくる。

 その完璧主義は、なにか異常性を感じざる負えない。

 僕は溜息をついた。

 世界は、なんて複雑に絡み合っているんだ。と。

 もっとシンプルに、単純明快な法則で結びついていればいいのに。

 そういえば、次回作を考えなくてはいけない。

 こんなつまらない生活など、早く終わらせて、プロットを書かなくては。


 気持ちよく、思考を広げていると、机にバンと音を立てて、叫ぶ声があった。

「ちょっと、話聞いてる??もう授業終わったよ?」

 甘い香りがする。

 自分の机に本を叩きつけた本人の顔を見上げる。

 僕は声の主を、ちらっと見て、また机に視線を下げる。

 知っている。君が何にムカついてるのか。

 そして、君が、僕の想像の範囲をたやすく超えてくることも知っている。

 もう一度顔を上げて、その眩しい笑顔を見て、僕は後悔する。


 どうして、君を好きになってしまったのか。と。

 僕は、過去を回想し、現実へ戻る。

 そこには、何も知らない頃の僕ではなく、現実を知ってしまった鏡に映る自分がいた。

 先程まで、横になっていたベッドを見下ろす。

 君が僕の隣に居た頃のことを思い出す。

 死を覚悟したあの日に書き残した小説「フラット」の文字と、瞼の裏には彼女の笑顔が思い浮かぶ。


 君を忘れた日はない。この世界の隅々まで君を探すことをもう一度、誓うよ。

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寂しくなる。哀しくなる。愛おしくなる

シズクが目を覚ましたとき、耳から聞こえたのは友達の断末魔だった。 意識が戻り、ゆっくりと目を開けると、ひんやりとした地面の感覚と、身動きの…

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