【エッセイ】夕暮れのマーライオン
(Stories At Twenty Vol. 1)
コロナ明けまもない頃、コース料理をご予約頂いた紳士淑女の老夫婦が薄らと額に汗をかきながらお店に入って来た。
「あら素敵なお店じゃない。いいとこでよかった。」と英語で話す初めて見るお二人に、僕はおしぼりとお水を出しながら声をかけた。
「どこからいらっしゃったのですか?」
「私たち香港から来たんです」「そして今、夕暮れのマーライオンを見て、ボートキーをゆっくり歩いて来たんです」
と僕が注いだグラスの水を飲み、おしぼりで手を拭きながら話してくれた。
私 「マーライオンに行かれたということは、初めてシンガポールにいらしたんですか?」
お客様「いえいえ、私たちはもう何度も来ているんですよ」
私「えーそうなねすね、私なんて長くシンガポールに住んでますが、もうマーライオンなんて、ぜんぜん見に行かないですよ(笑」
お客様「実は30年前に、彼にマーライオンの前でプロポーズされたんですよ。なので結婚記念日には毎年シンガポール来て、マーライオンを2人で見に来ているんですよ。でも今の場所とは違う場所にありましたけどね」
「コロナで国境が閉鎖され、こんなに長く何年も来れないとは思いもしなかった。そして歳を重ねるにつれ、足腰も弱くなりあと何度こうして来れることやら..」
と笑顔で話す二人がとても素敵でした。
お酒はあまり飲めないのですが、「白ワインをワイングラスで1杯づつ頂けますか?」という事で、僕はワインセラーに向かう。その最に厨房のシェフに、デザートのプレートには「結婚30周年おめでとう」と書いてねと小声で伝えた。
そしてコースが始まると、「日本食も久しぶりね」といろんな事を語っているようで、食事も楽しんで頂いているようなので、二人の大切な時間を邪魔しないように、サービスをさせて頂いた。
そしてコースの終盤のデザートがると、少し照れくさそうな感じではありましたが、満面の笑みで喜んでくださいました。
すると
「あなたはなんでマーライオン見に行かないんですか?」と聞いてきた。
私「もう何度行っても同じなんで...(笑」と即答してしまった。
お客様「私たちは1年に1回しか来てないのですが、毎回マーライオンの表情が違うんですよ」
お客様「悲しく見える時は、自分が辛く大変だったり、笑って見える時は、自分の心身が充実していたり、勇ましく見える時は、自分の事業が絶好調だったり、、」
「マーライオンの表情はその時の自分の心を反映しているんですよ」
「だからあなたもたまには行ってマーライオンの顔を見てください」と..
なるほど、二人にとっては30年一緒に歩んできた大切な場所なんだと、僕はなんか優しい気持ちになった。
帰る前に30年前に撮影したマーライオンの前で、ポーズを決める二人のセピア色の写真が歴史を感じました。
お二人に乾杯。