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『別れた友達に急に優しくなる女』

【登場人物】

サトミ(29)アパレルの販売店員
ヒロコ(28)サトミの友達・営業職
アキ(28)サトミの友達・デザイナー

○それぞれの家・リビング・内(夕)

日曜日の夕方。

仲の良い女友達3人がリモートで飲み会をしている。

サトミ「アキの輝かしい未来への旅立ちに……かんぱ〜い!」
ヒロコ「かんぱ〜い!」
アキ「乾杯……」

ぐびぐび飲んでいくサトミとヒロコ。

アキは2人に比べてテンションが低く、ビールに軽く口をつけるぐらい。

アキ「ふぅ……」
ヒロコ「ちょっと、アキ。いつまで沈んでるの」
アキ「え……?あぁ、ごめんね、ヒロコ」
サトミ「まぁ、いきなり切り替えるのも難しいよね」
アキ「ありがとう、サトミ。頑張ってはいるんだけどね」
ヒロコ「な〜に?まだ未練があるっていうの?」
アキ「そんなんじゃないけどさ。でも、やっぱり……ね」
ヒロコ「逆によかったんだって!あんな男は、結婚してからも問題がいっぱい出てくるに決まってるんだから。早めに終わって正解」
アキ「う、うん」
サトミ「親に挨拶して式場の下見までしたのに。予約の段階で、君とは結婚できないだなんて酷いよね〜」
ヒロコ「そう!最低よ!だから一人になってよかったの。そんなクズ男と別れることができたんだから。むしろ、おめでとうって感じよ。おめでとう!」

やけにテンション高くアキを励ますヒロコ。

アキ「ふふっ。ありがとう。正直たくさん傷ついたし、まだ痛みはあるけど。こうして2人がいてくれてよかった」
ヒロコ「もーうっ!当たり前じゃん!うちら大学のときからの仲良し三人組!何があっても味方だし、支えるんだからね!ファイトー!」

拳を作って応援する。

サトミ「そうそう。今日でごちゃごちゃ言うのはおしまい。思いっきり盛り上がっちゃおう!」

ビールの缶を掲げる。

アキ「ほんとにありがとう」
ヒロコ「でも、あれよ。愚痴りたいことあったら遠慮なく言ってよ。私もサトミもなんでも聞いちゃうから」
サトミ「うん!遠慮なくどーぞ!」
アキ「大丈夫。あ、ごめん。私ちょっとトイレ行ってくるね」
ヒロコ「いってらっしゃーい!それまで場を温めておくからねー!いえーい!」

笑顔で画面から消えるアキ。

ニコニコしているヒロコと普通の態度のサトミ。

ヒロコ「いや〜でも、まさか結婚を前にして別れるなんてねぇ〜」

そう言って美味そうにビールを飲む。

サトミ「うん」
ヒロコ「相当ショックだったはずだから、私たちで癒してあげないと。まずはアレかな?元彼の悪口を引き出して、身体の中からウミを出してあげたほうがいいかな?」
サトミ「ん?うん」

笑顔のヒロコが再び美味そうにビールを飲む。

ヒロコ「それとも、私たちが本当は元彼のことをいけすかない奴だと思ってたことを打ち明けたほうが……」
サトミ「あんたってさ」
ヒロコ「ん?なに?」
サトミ「すごくいきいきするよね。友達が別れると」
ヒロコ「え?そんなことないって。ただ私はアキを励まそうとしてるだけで」
サトミ「別れて嬉しいんでしょ」
ヒロコ「え!?やだ、ちょっとそんなわけないじゃん!めっちゃ悲しいし悔しいよー」

再びビールをぐびりと呷り、気持ちよさそうにぷはぁっと息をはく。

サトミ「いや、絶対に嘘でしょ!友達のことを心配してる人間の飲み方じゃない」
ヒロコ「そんなことないって」
サトミ「私、覚えてるんだからね」
ヒロコ「覚えてる?なにが?」
サトミ「アキが付き合い始めたとき、仕事帰りに私たち2人だけで飲んだでしょ」
ヒロコ「そんなことあったっけ?」
サトミ「なんであいつばっかりすぐいい男捕まえんの!何が年収1000万よ!イケメンがなんだ!消えうせろーー!って、歯軋りしながら、ビール飲んでたの忘れてないから」
ヒロコ「あ、そうだっけ?」
サトミ「そのあんたが優しく接するなんておかしいもん。ね、本当は嬉しいんでしょ?ざまあみろとか思ってんでしょ」
ヒロコ「そんなこと思ってるわけ……」
サトミ「正直に言いなよ。今、いないし」
ヒロコ「いや、別に……」
サトミ「うれし……?」
ヒロコ「……」
サトミ「アキには内緒にしておくから」
ヒロコ「内緒に?それは絶対……?」
サトミ「絶対」
ヒロコ「そっか……」
サトミ「で、本当は、うれ……」
ヒロコ「……しいよ!めっちゃ嬉しいし、ざまあみさらせよ!もうね、最高。今日ほど美味いビールはないもの。別れたことにかんぱーい!ごちそうさまでーす!」

そう言ってビールをぐびぐびと飲む。

サトミ「やっぱそうじゃん!」
ヒロコ「友達の別れ話ほど美味しくビールを飲めるときはないんだって。別れは最高のツマミじゃからのぉ。へへへへ」
サトミ「最低。アキのこと、ずっと妬んでたんでしょ」
ヒロコ「そう!大学のときから何かと言えば、アキばっかモテてさ〜。そんなに可愛いかっての。見る目がないんだよ、男のほうがさ」
サトミ「そんな風に思ってんだ」
ヒロコ「だってしょうがないじゃない。遠くの人間より、近くの人間の幸せのほうが妬ましいんだから」
サトミ「そっか〜……。じゃあ、私が別れたときも、さぞ嬉しかったんでしょうね」
ヒロコ「ん……?」
サトミ「私の別れ話をツマミに美味しくお酒を飲んだんでしょ?」
ヒロコ「そ、そんなことはないってば〜」

誤魔化しながらも、ふふッと思い出し笑いをしてビールを飲む。

サトミ「嘘つけ!それ絶対にはしゃいでた人間の反応じゃん!」
ヒロコ「も〜疑わないでよ。だって、私たち仲良し3人組なんだよ?」
サトミ「そのあんたがついさっき言ってたの。『友達の別れ話は最高のツマミ』だって」
ヒロコ「いや、でも証拠なんてな……」
アキ「証拠ならある!」

アキがぬっとリモートに入ってくる。

ヒロコ「え!?」
アキ「話は全て聞かせてもらったから」
ヒロコ「と、トイレにいってたんじゃ?」
アキ「あなたの本性を暴くために隠れていただけ。ずいぶんと好き勝手言ってくれたよね」
ヒロコ「な、なんでそんなこと!?」
サトミ「うすうす気づいてはいたの。アキが別れる度に機嫌が良いんだもん。だったら、私が別れたときも同じなんだろうな〜って。でも、確証がなかったから。アキに隠れて話を聞いてもらうよう頼んだの」
ヒロコ「えーー!何それ。罠じゃん」
アキ「とっても嬉しそうだったよね?この前、サトミが彼氏と別れたときも。瓶ビールをらっぱ飲みしてたもんね」
サトミ「どんだけはしゃいでんだよ!」
ヒロコ「違う!違う!」
サトミ「何が違うわけ!?私たちが別れるたびにそうだったんでしょ?大学の時から、これまでずっと」
ヒロコ「べ、別に〜……」
アキ「もうシラを切るのはやめて!」
サトミ「認めなよ、私の別れも嬉しかったってことを」
ヒロコ「そ、そんなことない!」
サトミ「もう無理よ。これだけの醜態を見せられたら、アキの発言のほうが、真実味あるもの」
ヒロコ「いや、ほんとに。信じて。私は友達の不幸を嬉しく思ったり、喜んだりする人間じゃない」

真っ直ぐな瞳で画面を見つめてくる。

サトミ「はあ!?なんで、この状況でそんな嘘つけるの」
ヒロコ「サトミ、私を信じて」
サトミ「信じられない」
ヒロコ「信じて!」

ヒロコ、さらにキラキラと目を輝かせる。

サトミ「やめて、その綺麗な目!」
ヒロコ「私を疑ってもいい!でも、この目を信じて!この目だけは真実を語ってるの!」

ぐいぐいと視線のアップを画面に押しつけてくる。

サトミ「だから無理だって!」
ヒロコ「無理じゃない!この目が真実なの!」
サトミ「あんたの悪事はもう暴かれたの!」
アキ「観念して自分の罪を認めなさい!」
ヒロコ「認めない!だって私こそが真実だから!真実オブ真実!私の存在そのものが真実!そう……私が真実」
サトミ「真実真実うるさーい!友達が別れて喜んでたのが真実でしょ!」

アキが勢いよくデスクを叩く。

アキ「言い逃れはやめなさい!自白したようなもんでしょ!」
ヒロコ「あー、もう!嬉しかったーーー!嬉しさのあまり、踊りながら家に帰りましたよ!」
サトミ「ついに本性をあらわしたな」
アキ「ほんと最低ね」
ヒロコ「だって、ムカつくに決まってんじゃん。彼氏なしのタイミングで、友達に恋人ができたら。そりゃ〜、別れ話なんて聞かされたときには、最高に……」

再びビールを飲もうとする。

サトミ「やめて!別れ話をツマミにしないで」
ヒロコ「じゃあさ、言わせてもらいますけど」
サトミ「なによ」
ヒロコ「あんたたちはどうなわけ?」
サトミ「どうって?」
アキ「なに?」
ヒロコ「私が別れたときは、嬉しいーーって思ったんじゃないの?ネタにして楽しんでいたんじゃないの?」
サトミ「……」
アキ「……」

サトミとアキがチラリと画面越しにお互いを見る。

サトミ「いやぁ……」
アキ「そんなこと言ってないし……」

同じタイミングで画面から目を逸らす。

ヒロコ「無理無理無理!そんな態度信じられないってば」
サトミ「私はあなたと違うし」
アキ「私だって」
ヒロコ「こっちだってね、証拠があるんだから」
サトミ「証拠?」
ヒロコ「去年の、年末の飲み会。私、トイレに立ったとき、スマホの録音アプリを起動させておいたんだ」
サトミ「え!?」
アキ「はぁ?」
ヒロコ「女の友情ほど信用できないものはないからねぇ。さて、あなたたちは私の別れ話をツマミにどんな美味しいお酒を飲んだのかしら〜?」

ヒロコがスマホのボイスレコーダーの画面をちらつかせ、再生しようとする。

サトミ「……わかった」
アキ「サトミ?」
サトミ「証拠をつかまれてたんなら仕方ない」
アキ「はぁ……そうね」
ヒロコ「ほら見なさいよ!あんたたちだって、私の別れ話で美味しくお酒を飲んでたんじゃない!」
サトミ「ごめん!飲みました!」
アキ「私も!ごめんなさい!」
ヒロコ「ふふふふふ……はははははは」

笑いながらヒロコが録音を再生すると、プレゼンの練習をしているヒロコの声。

サトミ「え……なにそれ?」
アキ「喋ってるの、私たちじゃない」
ヒロコ「これは、プレゼンの練習をしている私の声」
サトミ「どういうこと……?」
ヒロコ「隠し撮りなんかしてないってこと。2人を罠にはめ返しただけ」

そう言ってヒロコが再生を止める。

アキ「じゃあ、私たち、勝手に焦って、自白しちゃったんだ」
ヒロコ「正解!」
サトミ「うっわ、きたねぇーー」
ヒロコ「汚いのはあんたたちのほうでしょうが!」
アキ「いや……それは、違うかな」
ヒロコ「え?」
アキ「……汚いのは私たち3人とも。だって、友達の不幸を嬉しいと思ってたんだから」

3人とも画面の顔を見合わせて、フッと笑う。

サトミ「まぁ……確かに」
ヒロコ「(ポエムを読むように)どんなに仲の良い友達でも……いや、仲が良いからこそ幸せを妬むし、不幸は……とっても美味しい」
サトミ「いい感じに言わないで!あなたには特にその資格ないからね」
アキ「ねぇ、このままずっと独身だったら3人で同じ老人ホームでも入る?」
サトミ「それ、いいかも」
ヒロコ「でもさ、ホームで誰かが付き合って別れたりしたら、裏で祝杯あげちゃうんでしょ、お茶かなんかで」
アキ「それはもう性だから、仕方がない」
サトミ「じゃあ……あらためて乾杯しますか!」
ヒロコ「うん!仕切り直し」
アキ「私たちの友情も、ここから仕切り直しってことで」
サトミ「あ、それ、いいね!では、私たちの新たな友情を祝しまして……」
サトミ・ヒロコ・アキ「かんぱ〜い!」

美味しそうにビールを飲む3人。

アキ「どう、私の不幸の味は?」
サトミ・ヒロコ「サイコー!!」
アキ「やっぱ、ムカつくぅ!」

ビールの缶をぐしゃっと潰す。

〈終わり〉

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