2号博士
2019年の8月。じいちゃんが死んだ。 最後に話したのが2ヶ月前でちょうど入院したときだった。 「働きすぎて倒れちゃったんだなぁ、この歳になってまで無理するもんじゃねえさ」 って笑いながら電話かけてきた。 20歳のとき、親と喧嘩をしてしまい縁を切られてから、血が繋がってる人とはじいちゃん以外に連絡をとっていなかった。 「今何やってんか?」 じいちゃんがそう聞いてきたので、大阪まで歩いたこと、仕事仲間に裏切られて金を取られたこと、新しい仕事が足場屋で面白いこと。 とにかく
まず書き始めに。 別に取ったとか、無くなったとかいう話ではないですよ? ちゃんと付いてます。 なにがって? それは……。 まぁ、置いといて。 みなさんは失恋したことはありますよね? 恋が実ったあとも、実る前も起こりうる失恋。 誰しもが体験したことあると思います。 したことが無い人は、とても幸運だと思います。羨ましいです。 僕はもちろんあります。ありまくりですよ。 付き合ってる人に別れるときに 『あなたのことよくわからなくなった』と言われるのナンバーワンですよ。
鬼門の3回目です。三日坊主なのでここらが正念場かも知れません。 そんなこんなで、今回は僕が中学時代の先輩から学んだことを書きたいと思います。 僕は基本的な発言がポジティブです(良いも悪いも含め)。 仕事でどんな無理難題を押し付けられても『なんとかなるの精神で考える』ことを念頭に今まで乗り切ってきました。 その『なんとかなる精神の考え』を教えてくれたといいますか、見て学ばせてくれた先輩に僕は中学時代に出会いました。 中学時代、僕はとてもとても廃れていたクズです。 廃れて
2回目ですね。 僕が本心を隠すのが当たり前になってしまったのは、小学生時代が原因だと思います。 僕は基本的に小学生の頃の話をするのが嫌いです。 したとしても、おじいちゃんやひいじいちゃんの話くらいで、どんな小学生時代を過ごしたかは多くは語りませんでした。 それはなぜか。 それは僕にとって小学生時代が一番辛いことが多かったからです。 今回はその多くは語らなかった話をしていこうと思います。 まず、僕の小学生時代の話で1番嫌だったことは。 友達が全員いなくなってしまったこ
というわけで1回目ですね。 最初に何を話そうかと考えたのですが、やはりこれかな?と。 24歳になったときですね。 優しくいるのが辛くなったんです。急に。 今まで出会った人たちは僕に言います。 「君は優しいね」って、初めてこの言葉を言われたときは嬉しかったです。 自分自身も僕は僕を『優しい人間』だと思います。 1度も他人を憎いと思ったことはないですし、妬んだことはないです。 助けを求められれば、出来ることをやってきました。 他人の為にできることをやる。 これを人生の中で
こんばんは。 2月で26歳になります。 最近、人生を振り返ってみて心情やら本心を言うことがないな。と思い始めた所存。 嘘はよく吐きます。 あたかも本心のように適当なことをべらべら喋りますし。 思ってもないことを普通に喋ります。 しかしながら、26歳になって本音で話したことがないのは如何なものかと思い始めたわけです。 とくに人間相手に本音を話したことがないんです。 今まで『ぐれち』というぬいぐるみに話していたのですが、その『ぐれち』はいなくなってしまいました。 すると