作曲日記・新作の仕込み
来年発表する予定の曲を色々と鋭意作曲中です。今日は私の作曲の仕込みを少しご紹介します。
過去から現在まで、作曲家たちは他の作曲家の曲の一部を用いて自作を作曲するということを行なってきました。有名なのは変奏曲というジャンルで、他の作曲家が作った主題(旋律)から様々なヴァリエーションを作り出していくという手法です。もちろん、自作の主題で変奏曲を書いても良いのですが、よく知られた主題が変容されていく様子を聴くのは、興味深い経験です。現在は、著作権保護法が張り巡らされているため、同時代の作曲家の主題を用いることが大変難しく、変奏曲が大変流行した古典派やロマン派の時代に比べるとかなり廃れたジャンルでもあります。同時代の作曲家の創作からインスピレーションを受けることはたくさんありますが、現在は他の人が書いたものを不用意に触れないのです。ただ、著作権保護期間が終了している作曲家の作品で、現代でもしばしば用いられる主題もあります。有名なのはパガニーニのカプリス第24番でしょう。
変奏曲以外でいうと、ルネッサンス時代に頻繁に行われていた、流行歌(例えば『武装した人(L'homme armé)』)を定旋律として他の声部を書き加えてミサ曲を書いたり、20世紀後半に流行したコラージュの技法による音楽、また現代でも盛んに行われている「引用」を伴う音楽などがあります。いずれも「編曲」とは違った面白さがあります。
私もいくつかの作品で、他の作曲家の作品を引用したり、下敷きにして作曲したりしてきました。シューベルトの『12のレントラー D 790』、ベートーヴェンの『12のコントルタンツ WoO 14』、コレッリの『コンチェルト・グロッソ ヘ長調 Op. 6 No.9』、テレマンの『食卓の音楽 第1集』、雅楽『蘇莫者』の「破」、などを自作で用いてきました。
過去の作品と向かい合うのにはいくつか理由がありますが、いずれにしても私の音楽的思考の源流に遡っていくような興味深い発見があります。現在私が抱えている仕事の一つは、過去の音楽を観察することから始まるタイプの曲になる予定で、再び一人の作曲家に向き合っています。それはイギリス・テューダー朝時代の作曲家ウィリアム・バード(William Byrd, 1543?-1623)です。
バードは3曲のミサ曲がいずれも有名で、それぞれ3声、4声、5声部のために書かれています。20年以上前、私が日本でアマチュア合唱を楽しんでいた頃、3声のミサを少人数アンサンブルで歌って、コンテストを受けたことがありました。そんな経緯もあって、私にとって思い出深い作曲家です。
私が今回読もうと思ったのは、1589年に初版が出版されたバードのマドリガル集『雑多な性質の歌』(Songs of Sundry Natures)です。この曲集には14部12曲からなる3声の楽曲、9部5曲からなる4声の楽曲、12部10曲からなる5声の楽曲、10部7曲からなる6声の楽曲が収められています。部というのは、1曲の長い曲が2つ以上の部分に分かれていることがあり、主題も異なるのでそれぞれ独立した楽曲として数えられ、演奏されることもあるものです。
新作の作曲にあたって、これはと思った作品を分析しています。次の写真は4声のための『愛って男の子かしら?』(»Is love a boy?«)という曲の楽譜に色を塗っています。楽譜はコピーではなく、自分で書き起こしました。出版楽譜にはリハーサル用のピアノ・リダクションが入っていて邪魔なのと、書き起こした方が曲の詳細が頭に入ってくるので、長くない曲は書き写すことが多いです。昔から勉強したい曲があると、書き写すことをよくしていました。意外と作曲家の頭の中に潜り込んでいくような経験ができて、次に何が来るか分かるようになることがあります。この傾向は長い曲の時の方が顕著ですが、最近は長い曲の書き写しはしなくなりました。余談ですが、これまで書き写した曲の中で一番長い楽譜はモートン・フェルドマンの『サミュエル・ベケットのために』です。
書き写した楽譜に色ペンで書き込んでいきます。通常の対位法楽曲の分析、和声分析と主題(主唱と答唱)の確認は、私の今回の創作に関係がないのでしません。この曲から抽出しているのは、1) 3拍以上伸ばすロングトーン、2) 曲中で最も短い音価である八分音符、3) 一つの音節に複数の音が当てられてスラーが書かれている箇所の抑揚、4) 2声部以上が同時に同じ歌詞を歌う箇所の特定と同じ歌詞を歌っている声部の数、5) 音のユニゾンが起こっている箇所、6) 1オクターブ以上の音域にまたがる跳躍音程(休符を挟む場合も含む)です。主な目標は楽曲の密度の変遷を感覚的に納得することです。まだ始めていませんが、別の曲ではこれとは異なる特徴に注目して分析する可能性があります。
どのような編成のどのような楽曲が作曲される予定か、現時点では申し上げられませんが、私が過去の作品を下敷きにした作品を書く際の、最初の頃の作業をほんの少しご紹介いたしました。
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