うるさい人間について
なんてクソみたいな嘘は死んでも吐かないが、とにかくうるさい人は喋り声に留まらず動作の殆どもうるさい。
子どもが感情のアピールの為にやる分には微笑ましいが、いい大人が場をわきまえずペチャクチャと矢継ぎ早に喋っていると耳を引きちぎり心臓に停止命令を出したくなる。
品のあるナシなんて簡単に判別できないだろうが、あのような人間に私は否応なく『下品』の烙印を連打する。
集団内において、声と態度のデカさが立場に大きく関わるような環境に身を置いていたのだろう。あるいは、何かをアピールし続けないと気が済まないのか。
一応書いておくが、この問題に男女の垣根などない。当人ら同士での伝達という目的以上の声量を不必要に捻り出すのに性別の差などない。
『いつ聞いても同じような不愉快な笑い声』みたいな人もいるが、いかにも『記号的』に感じる。そしてなんとなく不気味にすら思える。
そんな私も一度はBARにでも入ってみたいが、きっと萎縮して借りてきたカナブンのようになってしまうだろう。飲食店は『半個室』ぐらいの程々がいい。
静かな人間がいい。
『私って愉快でしょ〜❓』みたいなアピールいらん。勝手に私がそう受け取ってるだけかもしれんが。
頭の中ってのはただでさえ煩わしくてやかましいのだ。そこに他人のペチャクチャが紛れ込んだらワケがわからなくなる。
自分の意識に集中していたいのだ。しないと、私がどこかへ流されてしまう。
精神治療の第一歩は『ここは安全であり、危害を加える可能性のある人物が居ない』という条件の確保からだろう。
幸運にも今の私に危険は『ほぼ』ない――が、小うるさい人間を見るとどうしようもなく不愉快になるのだ。
やな性格だよね、まったく。
ま、図々しく歳を重ねるより、より柔らかく、よりユーモアのある人間を目指したいね。
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