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第46回:概算要求と政府戦略のつながりを理解する。―概算要求前に予算を先取りする方法―

1.はじめに


8月末は国家予算策定プロセスの重要なタイミングです。各省庁が、次年度に実施する予算の見積もりを財務省に提示する概算要求の内容が公表されるからです。

民間サイドで政策に関わる人の中には、8月末の概算要求が出てから、関係する施策を読み込んで次の経営戦略を考えている人もいるのではないでしょうか。予算を活用するのは、法令を正しく理解することと同じぐらい、民間サイドで政策に関わる人にとって大事なことです。

予算を作るスケジュールや主な関係者、そして予算に民間サイドからどう影響を与えるかは第6回:国の予算のプロセスとスケジュールを理解するで解説したとおりです。一番のポイントは予算に反映されるべき内容は、概算要求のずっと前からわかるということ。概算要求には骨太の方針や新しい資本主義のグランドデザインと実行計画(成長戦略)などが大きく影響しているということを説明しました。

つまり民間サイドは、予算を獲得したければ概算要求の前に動き出さなければいけないということになりますし、骨太の方針や成長戦略の中身を見れば、次年度の予算要求のイメージをつかむこともできるようになるということです。

今回は、骨太の方針や成長戦略の文言から、次年度予算要求の内容を推察する方法についてです。

2.予算の目的


予算の本質は、金銭的なインセンティブを付けることで人々の行動を変化させることです。

わかりやすい例として、マイナポイントの予算があります。

これはマイナンバーカードを取得した人に対して、一定額のポイントを付与する仕組みで、2020年には2500億円の予算(2020年度予算)がついていました。

このマイナポイントがもらえる期間は2020年9月~2021年3月まででしたが、この間にマイナンバーカードを取得した人の割合は19.4%から28.3%に増えました。10%増です。

前年同月の推移を見てみると、14.0%→16.0%の2%増です。

もちろんこの増加率の変化には、さまざまな要因があると思われるので、予算があったからこんなに申込者が増えた、と断言することはできません。

でも、客観的にみれば、マイナポイントの付与という予算が、「ポイントをもらえるなら面倒だけどマイナンバーカードを取得しよう」と人々の行動を変化させる効果はあった可能性が高いといえるのではないでしょうか。

こどもが、テストでいい点を取ったらゲームを買ってやる、といわれて勉強を頑張ることに似ているでしょうか。金銭的なインセンティブは、人の行動を強制することなく変えることができるのです。

マイナポイントの事例は個人の行動に影響を与えたものですが、企業の行動変容を促す予算もあります。

例えば厚労省では受動喫煙を防止するために、新しく喫煙専用室を作る飲食店などに対して、費用の一部を助成する予算があります。

飲食店であれば、喫煙専用室を作る費用の2/3を国が面倒を見てくれる予算です。

この予算は別の政策ツールである法律とセットで運用されているものです。

望まない受動喫煙を防止するために、健康増進法という法律が平成30年に作られました。この法律では、原則飲食店では禁煙で喫煙専用室があればその中でだけ喫煙可、経営体力の乏しい小規模店舗は、特定の標識の掲示により、引き続き喫煙が可能な仕組みになっています。

法律はこのように強制的に人の行動を制限することができるわけですが、かといって、だれかれ構わず、なんでもかんでも法律で人の行動を制限してよいかというと、そんなことはないでしょう。法律は強制性が強いので、制限する人の行動を決めるにあたっては、慎重にならざるとえません。

受動喫煙を制限したいのであれば、どんな店舗でも一律に禁煙とすれば簡単ですが、禁煙にすることで廃業に追い込まれる店もあるかもしれませんし、中小の飲食店などには喫煙室をつくる経済的な余裕もない場合も多いでしょう。少なくとも法律ができた段階では、国民の中でそこまでの合意はとれていなかったのではないでしょうか。

そのような考えに基づいて、健康増進法では小規模店舗については、喫煙専用室の設置がなくとも店内での喫煙が引き続きできるよう、法律の適用をゆるくしているといえます。

そこで、この予算が役に立ちます。喫煙専用室を作るためのお金を一部国が出してくれれば費用の問題で喫煙専用室の増設に二の足を踏んでいた中小企業の経営者もこの予算があることで、喫煙専用室の設置に踏み切るかもしれません。

それによって受動喫煙をしたくない従業員が守られることになります。

マイナンバーカードにしても喫煙専用室の設置にしても、法律で強制すべき性質のものではありません。絶対にマイナンバーカードを取得しなさい、どんな店舗も一律禁煙にしなさい、ということには納得しない人もおおいはずです。そうはいっても、ある方向に社会を変えていきたい、という場合の手段として使われるのがこの予算というツールです。

それでは、3以降で予算(概算要求)がどのようにできているのか、詳しくみていきましょう。

(執筆:西川貴清 監修:千正康裕)
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