リトライ⑤[いとしのエイミー]
徳島の山奥から、大阪の都会に出てきて、2年が経とうとしていた。2010年夏、僕は梅田が気にいって、週末夜の梅田が好きすぎてその近くに住んでいた。
ある日、友人のニックと「サム&デイブ」のクラブに入場しようとして、セキュリティのガードマンに停められる。なんと彼はサンダルを履いていたのだ。
「ノーシューズ、ノーインター」
入口にそう書かれている。2人は仕方なしに外に出て靴を探すことにした。
夜中の1時を過ぎていた。こんな時間に靴を売っている所などある訳がなく、コンビニで黒い大きな靴下を買った。そしてニックはサンダルの上からその靴下を履いてみた。
形は変だが、ブーツに見えなくもない。これでもう一度列に並び、今度はガードマンを誤魔化し、中に入る事が出来た。
クラブのフロアは、靴でも滑りやすい。ニックはサンダルの上に、靴下を履いただけなので、何度も尻餅をついていた。
週末バカ騒ぎの為に、生きていた僕が、運命の人と出会うことになる。「サム&デイブ」のクラブで、話かけて仲良くなったエイミーという女性である。
イスラエルから1人で、日本にやってきて、貿易の仕事をしているという。クラブで出会い意気投合し、結ばれた。
それから何週間かして、同じクラブで再会する。
「Hi(やあ)」
と僕から声をかけた。エイミーはヒールをツカツカツカと音を立て、歩き寄ってハグをした。そして左手でいきなり僕の股間を掴み、
「You are not excited me(私に興奮してないのね)」
と言って、なんと右手でおもいっきり頬を叩かれた。パチーンと音がして倒れそうになる僕を背に彼女は、またヒールをツカツカと歩き去ってしまう。
それからまた何週間かして、彼女を見かけた。僕は手に持っていたハイネケンのボトルを飲み干し、パンツの中に仕込んだ。
「Hey Amy!(やぁ、エイミー)」
と大げさに近づき、ハグをした。そして彼女は左手でまた俺の息子を掴んできた。
「Oh! you are fucking hard on!」
とエイミーは顔を赤らめた。そして、一緒に酒を飲み、身体を重ねるようにして踊った。そして大音量のトランスミュージックが鳴り響く中、いろんな話をした。
「SかMか、どっち?」
こんな野暮な会話にもなった。日本で言うS とは、sadist サディスト、加虐性愛者の意味であるが、イスラエルをはじめ、ほとんどの外国でこれらは通じない。
彼らに言わせればSはSlaves 奴隷であり、MがMaster 主人なので、意味は逆になる。
「Mというか、攻められるのが好きなので、S、え〜っと、Slaves 奴隷になりたい」
と答えると、エイミーは人目を憚らず、大爆笑して、崩れ落ち、床を叩いて叫んだ。
「こんなバカな男は見たことない」
と僕の首を掴みホテルへ行こうと言い出した。
夜中の2時である、兎我野町をうろついて、まず2人はコンビニでロープを探した。そんな物は売っていない、しかし、エイミーはサランラップを2本買った。
ホテルに入り、僕は服を全て脱いで、足先からそのサランラップでぐるぐる巻きにされる。
手は気をつけの姿勢で、まっすぐ伸ばされ、手のひらが、腰骨とくっついている。まるで魚市場に並んだ、マグロのような状態だ。
さっきまで笑顔だったエイミーは、悪酔いしているのか、悲しい目をして、
「Do you love me? (私のこと好き)」
と聞いてきた。突然のことに戸惑いながら僕は、
「オ、オフ、オフコース!」
と答えるのが精一杯であった。しかし、彼女は何が気に入らなかったのか、僕を残して帰ってしまう。遠くでツカツカツカとヒールの足音が聞こえた。
翌朝、金縛りにあった感覚で、目が覚めた。ガリバー旅行記の小人族に、捕まった主人公の様である。
手も足も出ないとは、こういう事かと自虐的になりながらも、どうやらベットから転げ落ちた。
そして壁を使って、なんとか立ち上がった僕は、ペンギンのような状態で、部屋のドアノブを見つけた。そしてラップで巻かれたお尻をそのドアノブに、何度も挫けそうになりながら、お尻をドアノブに擦り付け、サランラップを破くことに成功する。
今でこそ笑い話だが、当時はそうとう焦っていた。これだけは言わせてもらう。
「エイミー、素敵な夜をありがとう」
完
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