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アイロンパーマのヒーローⅡ[新聞配達]
我が家のガンバリウーマンである姉貴が新聞配達を始めた話を書こうと思う。
人に頼まれると断われないのが、うちのオカンである。真冬の新聞配達など成り手がいない。おまけに購読率90%を誇る徳島新聞であればまだましだ。
残り10%の新聞配達なんて、このバブル絶頂の時代に、誰もやろうとはしなかった。そんな仕事を、オカンの知り合いの知り合いという、新聞屋さんが泣きついてきた。
恐らくだが、全ての知り合いに、断わられ続け、
「誰でもいいから紹介してくれ」
と粘った結果、オカンに指名が回って来たのだ。流石にオカンも1人では心細かったのか、姉貴と僕を交代で連れて行くことにした。
朝5時に起き、自転車に乗って近くの新聞屋さんまで行く。新聞と広告が山のように積まれており、配る部数の新聞に、一部ずつ広告を挟む。
また雨の日は一部ごとに、ビニール袋を入れるのが前準備だ。自転車の前と後ろに大量の新聞を積み分けて走った。
僕が小学5年の頃だったと思う。とても寒くて非常に眠かった記憶がある。最初は僕と姉貴が2日に1回、交代でやっていた。しかし僕が、
「眠くて、辛くて、起きられない」
という理由で徐々に出番が少なくなり、最終的には行かなくなった。
その僕の代わりに姉貴はオカンと共にフル出場することになる。
最初の2〜3年は冬の間だけだったと思う。
姉貴が高校に入るころには通年でしかも1人で配るようになっていた。
あの阪神淡路大震災の地震の時も姉貴は自転車に乗って新聞を配っていた。電信柱と電線が大きく揺れて恐ろしかったという話を聞いたことがある。
ちなみにこの地震の時、僕と弟は布団の中で当たり前のように寝ていた。僕はあまりの揺れの強さに、飛び起き、机の下に隠れた。そして隣で寝ている弟に
「起きろ!地震だ!」
と叫んだが、彼は全く起きる気配がなかった。その日の朝、学校は地震の話で一色なのに、クラスに1人か2人だけ
「寝ていて地震に気づかなかった」
と話題についていけない子がいた。多分、弟はそんな中の1人だったと思う。
続
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