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「何も言えねえ!」

 ある日、「腰痛で寝たきりとなり、床ずれがある患者さん宅に訪問してほしい」とケアマネジャーから依頼がありました。
 その男性は奥さんと二人暮らしで、訪問するといきなり「何しに来た!早く帰れ!」と怒鳴られました。お酒の匂いもプンプンしており、朝から焼酎を飲むのが日課のようでした。私は「腰痛で動くのがつらそうですね。右足に床ずれができていると聞きました。ちょっと診させてください。」と言うと渋々足を出してくれました。床ずれはそれほどひどくはなく、簡単な処置をし、腰痛緩和のため体のポジションを調整しました。
 家族から酒をやめるように説得してほしいと頼まれ、「朝から酒を飲むのはやめたらどうか」と言うと、「わしは88歳まで好きなように生きてきた。このままやりたいことをして死にたい。酒を飲んで何が悪い。文句を言うなら帰れ!」と再び一撃されました。それでも何とか採血はさせてもらえました。
 次回の訪問時も、「また来たのか!」とご立腹の様子でした。また朝から酒を飲んでるようで顔を真っ赤にしています。「今日は先日診させていただいた床ずれの処置に来ました」と言うと、渋々中に入れてくれました。さて、血液検査の結果ですが、あれほどお酒を飲んでいるにもかかわらず、全く異常がなかったのです。お酒が影響する肝臓機能も正常でした。本人は得意げに、「そうやろう。わしもそう思とった。文句あるか!わしは酒をやめんぞ!」と上機嫌です。「わしはちょっと前まで好きな釣りやゴルフをしていたが、腰が痛くなったのでやめた。これまで十分やりたいことをやったので、いつ死んでもええ。死ぬまで酒を飲みたい!」とのこと。
 家族は酒をちょっとでも控えさせたいとの希望でしたが、酒が特に本人に悪さもしてない状況ですし、私もこれがこの人の生き方なのだと感じてきました。医療者はついつい医療を優先しがちですが、医療が生活の邪魔をしてはいけないですね。これ以上、「何も言えねえ!」でした。
 その後、酒を飲むことを受け入れた私を本人も受け入れ、世間話から人生についてまで、さまざまな話をするようになりました。今は本人も私の訪問を毎回楽しみに待ってくれています。腰痛も良くなり、支えを持ってなんとか歩けるようにもなりました。先日は、「先生が来るのを待っていたのに遅かったぞ!」と、またうれしい一撃をくらいました。    
 こうしてまたひとつ、患者さんから大切なことを教えられる毎日です。

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