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最期の入浴

在宅で療養する患者さんにとって、入浴は食べることに次ぐ楽しみの一つだと思います。訪問入浴のサービスでは、寝たきりの方でも自宅で気持ちよく湯船につかり、体を洗ってもらえます。その一連の手順や手際の良さは必見で見事としか言い様がありません。


 以前、百歳の方が、当院に紹介されてきました。その理由は、主治医から入浴の許可がおりなかったからだそうです。確かに、入浴中は、血圧や室温の変化により体調の急変があり得るため、十分に気をつける必要はあると思います。しかし、ご本人の「お風呂に入りたい」という希望をいかに叶えるかを考えるのも私たちの役割です。ご本人は高齢で寝たきりですが、意思表示がしっかりでき、新聞も毎日読むほどでした。訪問診療の時に、私は「入浴していいですよ」とお話し、ご希望通り訪問入浴を体験されました。ご本人は、ゆったりと湯船につかりながら、リクエストした歌を訪問入浴担当者が歌うのをとても楽しみにしておられました。


 こうして穏やかな日々を過ごされていましたが、老衰で徐々に食事がとれなくなり、皆で話し合っていたとおり、ご自宅で看取ることになりました。私たちは診療や看護で毎日訪問し、多職種の方と共にご家族も含めての看取りのサポートを続けました。いつ亡くなってもおかしくないという状態となった時、ご家族から「先生、今日はお風呂の日です。本人はいつも楽しみにしていました。最期にお風呂に入れてあげたいのですが…」と尋ねられました。私は入浴中に亡くなる可能性が頭をよぎり、一瞬躊躇しましたが、「いいですよ。ただ、入浴中に呼吸が止まることもあります。」と話したところ、ご家族は笑顔で頷かれました。訪問入浴業者の方に連絡すると、「先生、亡くなるかもしれないことを納得して入浴を希望されるのなら、精一杯協力させていただきます。最期に入浴を希望されるなんて入浴業者冥利に尽きます。」と言われたのです。そして、ご家族に見守られながら、気持ち良く入浴をされました。お気に入りの歌を優しく歌ってもらいながら。その入浴業者さんとは、その後亡くなる前の訪問入浴を多く経験しました。連絡するときに、私はこう伝えるのです。「最期の入浴、お願いできますか?」


 医師として、リスクがあることをすべて禁じていくのか。よく話し合った上で、患者さん本人の最期の望みを叶えるために動くのか。皆さんは、どのような最期を迎えたいですか?

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