看取りの文化
桜の季節になると、以前研修に訪れた台湾の方々から聞いた「最期の一息」という言葉を思い出します。近年、在宅医療は日本のみならず、台湾でも広がりを見せています。現在の台湾の高齢化率は12%程度で、28%の日本ほどではありませんが、なんと2050年には台湾が日本を上回ると予想されています。世界一の高齢化率である日本をはるかに上回るスピードで高齢化が進むため、台湾にとって高齢化対策は喫緊の課題なのです。
しかし、台湾ではまだ在宅医療サービスが普及しておらず、日本のように介護保険の制度もありません。それでも、急速な高齢化がもたらす医療や介護、福祉の課題を解決する鍵は在宅医療であると考える人たちは、日本の在宅医療に非常に興味を持ち、積極的に学ぼうとしています。私も依頼を受け、台湾で講演をしたり、台湾からは医師や看護師、介護職が研修のために何度も私たちの法人に来訪されました。
病院での看取り率は日本では約8割と世界一位の高率であるのに対し、台湾は現在4割台で、住み慣れた場所と病院での看取り率はほぼ同じです。しかし、昨今では病院で最期を迎える人が増えてきており、台湾でも自宅や施設での看取りは減少する傾向のようです。
冒頭の「最期の一息」というのは、台湾の看取りの習慣を表す言葉だそうです。亡くなる最期の一息(瞬間)を家で迎える、そのため亡くなる直前に救急車で自宅に戻って亡くなることも良しとしているというのです。この習慣の是非はともかく、これがまさに台湾の看取りの文化なのだろうと思います。
一方で、沖縄のある離島では、高齢者の多くが病院ではなく自宅で看取られるそうです。 「この島では、老衰で亡くなると大往生できたと赤飯を炊いてお祝いするんですよ」と地元の方が教えてくれました。在宅医療が普及しているとは言えない地域に自宅での看取りが根付いている理由のひとつは、「天寿を全うした死を肯定的に受け入れる」というこの島に脈々と受け継がれてきた文化ではないかと考えます。
それぞれの地域や民族には特有の「看取りの文化」があります。そして、その文化は時代と共に移り変わっていくものだと思います。超高齢化が進み、死亡者がかつてないほど増加する「多死社会」を迎える日本では、今後このような住民と医療従事者双方の意識改革が必要になってくるのではないかと思います。多死社会を迎える日本は今、時代に合わせて「看取りの文化」を醸成すべき時にきているのではないでしょうか。