命のバトン
ある70代の男性のお話です。末期癌で余命(残された命の期間)があと数日となった頃、県外に暮らす娘さんやお孫さんたちも実家に帰ってきました。せっかく帰省したというのに、小学生のお孫さんたちはいとこたちとゲームに夢中です。娘さんも子どもたちに、おじいさんのことを話そうとはせず、遊ばせていました。このような状況の中では、「おじいさんのために、今、何ができるのか」子どもたちが気付くことはできません。
しばらくして、私はお孫さんたちに声をかけ、おじいさんが置かれている状況について話をしました。
私は3つの大切なことをお孫さんたちへ伝えました。一つ目は、おじいさんはこれまで一生懸命治療を頑張ってきたけれど、もう治らない病気であること。二つ目は、おじいさんは限られた命であること。三つ目は、だから今、おじいさんのそばにいて、いっぱい「いい時間」を過ごそうということです。このように、例えばお父さんやお母さんが、がんと闘った末に、最後の時を家で療養することになった時も、私は子どもさんに同じことを話します。
お孫さんたちは私の目をじっと見つめ、話を真剣に聴いていました。彼らは何も好んでゲームばかりしていたのではなく、おじいさんの家に帰ってきたものの、何が起こっているのか誰も話してくれず、寝たきりのおじいさんに何をしてあげれば良いのかわからなかったのです。
翌日診療に伺うと、おじいさんの枕元には「じいじ、ファイト!」とペンで大きく書かれたお孫さんたちからのメッセージが置いてありました。みんなベッドの近くでおじいさんに寄り添い、見守るようにして遊んでいました。
孫が祖父を見送るという、家族の歴史として当たり前の過程であっても、子どもには話してもわからない、伝えるのは酷だ、と事実を伝えないことが多いのではないでしょうか。死に向き合うことはつらいことですが、死をタブー視すると、そのことは触れてはならないものになってしまい、その時の記憶が残らなくなることすらあります。子どもなりに想い悩み、旅立とうとする祖父に何かできることはないかと一生懸命考えるはずです。あの時に何もしてあげられなかったと後悔させないためにも、しっかりと祖父の死に向き合えるよう、大人が手助けしてあげましょう。
大人だけでなく、どんなに小さい子どもでも、家族一緒になって「命のバトン」をつなぎ、尊い「いのち」をしっかりと受けとめることが大切だと思います。