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『君の膵臓がたべたい』から学ぶライト文芸攻略法!!
はじめに
住野よる先生の『君の膵臓をたべたい』は、若い読書層にかなりの影響力がある作品です。
毎日新聞の読書世論調査によれば、昨年につづき依然として高校1・2・3年生が好きな本に挙げている1〜2位が『キミスイ』です。
しかも、男女共に、です。
男女共に広く読まれているライト文芸『キミスイ』を構造解析することで、
魅力的なキャラクターが描かれるキャラクター小説としてのライト文芸の書き方を学んでいきましょう!
セントラルクエスチョンで惹きつける
まず『キミスイ』の魅力がタイトルにあることから述べていきましょう。
『君の膵臓をたべたい』という、衝撃的なタイトルと、桜の舞い散る淡い水彩画のような表紙絵の違和感は、それを見かけたものに以下のような疑問を投げかけます。
「膵臓をたべるって……どういうこと!?」
以下も読書世論調査からの引用になります(僕の構造解析では何度となく出しているデータですね)。
読者が本を選ぶ基準(読書世論調査)
1位 タイトル
2位 表紙
3位 原作本(アニメ化決定、映画化決定)
4位 話題作(10万部突破!100万部突破!)
5位 友人のすすめ
読者が「タイトル」と「表紙」で読む作品を選んでいることがわかります。
そして、『キミスイ』はこの両方を満たしています。
のみならず、『君の膵臓がたべたい』というタイトルは、物語のセントラルクエスチョン(中心的疑問)となっています。
セントラルクエスチョンは、物語(とキャラクターたち)を突き動かす原動力となります。
「犯人はだれ?」
「世界を救える?」
「王になれる?」
――商業的に成功している作品にはかならずこのセントラルクエスチョンが設定されています。
物語が向かうべき先を作者が指し示してくれているので、わかりやすい、伝わりやすい。
故に魅力を感じやすいのです。
「膵臓をたべたいってどういう意味?」という疑問によって、読者をラストまで惹きつけます。
これはすごいことではないでしょうか?
多くの創作初心者が、原稿のタイトルを「(仮)」と名付けています。
それなのに、『キミスイ』は読者が本文を読み始めるその前から、読み手の興味を惹きつけ、物語の向かうべき先を示しています。
ぜひあなたも自作品のタイトルは死ぬほど考えましょう!
キャラクター
ここでは『君の膵臓をたべたい』に登場するキャラクターを一度おさらいしておきましょう。
『キミスイ』は実写映画化・アニメ映画化もされ、コミック化なども展開し、各種のメディアミックスで一定以上の成功を収めています。
『キミスイ』のどこに、そのようにメディアミックスされるポテンシャルがあったのでしょうか?
それは、セカイ系で描かれたキャラクター小説=ライト文芸であるからです。
大体、名前の方が先行する。名前というか、概念かな。
まあ、ライトノベルのイラストのようなもんだ。ビジュアル化される前に既に概念は存在している——名は体を表すとか言うけど
『化物語』忍野メメ
上記に引用したセリフは、『化物語』上巻にて語られるセリフです。
西尾維新さんは、ライトノベルにおける「アーキタイプキャラクター」を意識されていた「フシ」があることが察せられる記述です。
「アーキタイプキャラクター」とは、ライト文芸で描かれる「まんが・アニメ的な記号」としてキャラクターのことです。
この「まんが・アニメ的な記号として描かれるキャラクターの小説」こそが「ライト文芸」であるといえます。
『君の膵臓をたべたい』は、「普通」「繊細」「ライバル」という三種類の「アーキタイプ(記号)」で描かれたライト文芸であるといえます。
また、『キミスイ』は主人公とヒロインのセリフ劇で八割構成されています。
魅力的なキャラクターを通じて、読み手に物語の「魅力」を伝えていることがわかります。
以下にそれぞれのキャラクターアーキタイプで分析していきましょう。
志賀春樹(しが・はるき)/普通
「でも僕自身は、他の誰かに興味を持たれるような人間じゃない」
本作の主人公・春樹は本編中ではほとんど本名を明かしません。
よって、『君の膵臓をたべたい』のオチを求めて後ろから読んでも、オチがわからないように書かれています。
(アイラ・レヴィンの『死の接吻』を彷彿とさせます)
春樹は本が好きで、地味な存在です。
ライト文芸では、多くの場合、主人公は読者が感情移入しやすい庶民的で、きわめて普通の感覚を持った人間である必要があります。
また、底辺属性(ニート、スクールカースト最下位)であると、なおのこと良い。
主人公が「普通」である必要性は以下のnoteでも解説しています。
要約してご説明すると、表紙を飾る美少女/美少年の引き立て役として、主人公は「普通」である必要があります。
『キミスイ』では、クラスでも人気者(有名)なヒロインに対して、春樹は徹底的に地味(無名)に描かれます。
「君は僕とは反対の人だから、僕が思いそうにないことを、君が思っているだろうなと」
上記は本編中、ヒロインの桜良との会話で春樹が話すセリフです。
意図的に対比して描いていることがわかります。
では、なぜ「普通(無名)」の主人公が、「美少女(有名)」と「特別な関係」になることができるのでしょうか?
主人公を魅力的にする技術については、後述します。
※有料部分の末尾に『君の膵臓をたべたい』のシーン数分析シートをつけてあります。本一冊あたりどのくらいの場面数、ページ数で構成されているのか、ぜひ自作と見比べてみてください。
山内桜良(やまうち・さくら)/繊細
「私は、君のことに興味があるって言ってるの」
明朗快活で底抜けに明るいヒロインです。
そんな彼女は「繊細」というアーキタイプです。
明るいキャラクターなのに、なんで「繊細」なんだよ? と思われる方もいらっしゃるでしょう。
ここがラブストーリーを書けるかかけないかの境界です!
『君の膵臓をたべたい』を読んで、桜良を「明るいキャラクター」だと捉えている人は、ラブストーリーを書くのがムズカシイと思います!
彼女を「繊細」なキャラクターに分類している理由。
それはサブテキストです。
彼女は明るく振る舞いますが、それは「つらい」「悲しい」という感情をひた隠すためです。
親御さんに「お金がほしい」と直接言うことは……恥ずかしいですよね?
なのであなたは「最近お昼を抜いている」「どうしてもほしいものがあるんだよなあ」と言って匂わせたことはありませんか!?
これがサブテキストです。
桜良は膵臓の病気で「死ぬこと」が確定しています。
彼女には未来がありません。
そんな彼女が話す言葉ひとつひとつにはサブテキストがあります。
読者は、そんな桜良のサブテキストの二重性を知りながら読み込んでいきます。
つまり、誰よりも読者は桜良に感情移入していくのです。
よって、彼女の魅力はいや増します。
そして、「無理しなくていいよ」と言ってくれる優しい親友や家族ではなく、なぜ唐変木で鈍感で他人に無関心(に見える)春樹という、ごく普通の無名の男の子と共に残された時間を過ごそうとするのかというと、仮面でひた隠す「本音」に、彼が足を踏み入れてこない=詮索してこないからです。
事実、彼氏は「しつこい」がために桜良から嫌われてしまします……。
このように、傷つきやすい本心をひた隠し、主人公にそっと寄り添うキャラクター造形であるため、「繊細」と分類しています。
滝本恭子(たきもと・きょうこ)/ライバル
「あの子は、あんなんだけど、人一倍傷つきやすいの。
中途半端な気持ちであの子に近づくのはやめて」
恭子は桜良の親友です。
同時に、中学からの同級生である桜良を思うあまり、彼女との関係性を発展させていく春樹とは対立していきます。
のちほど、神話の法則に従って『キミスイ』の物語を構造解析しますが、彼女は「門番」として役割を担っています。
そして、主人公と敵対し、対立し、彼を否定する存在はライト文芸のアーキタイプでは「ライバル」となります。
ライバルは、「嫌なヤツ」として登場するため、キャラクターを魅力的にしやすいアーキタイプでもあります。
物語のラスト、春樹と恭子は和解します。このラストに物語としての満足度を覚えるのは、キャラクターが変化しているからです。
嫌なヤツ→親友
――という変化曲線(キャラクターアーク)を描くので、ストーリーのうねりを感じ、変化を語っているので、物語を読んで意味性を感じられる。
ニートが、ニートのまま、いっさいの成長もすることなく、ニートのままでいつづける……そんななんの変化もしない物語を「面白い」と感じることはできるでしょうか?
……ムズカシイでしょう!
物語としての満足度は、キャラクターの変化にあります。
春樹も恭子も、桜良と接していく過程で「変化」する。
そんな「変化」の象徴が恭子というキャラクターです。
主人公・ヒロイン以上に、恭子の存在はとても重要なのです。
※以下からはネタバレを含みますので、くれぐれも物語として『キミスイ』を体験したいという方は、ぜひ本編一読の後の読み進めてください。
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