姉はうつ病でした [Ghetto Ghetto Liner Note]
0. おやすみ、また明日
ぼくには姉がいます。姉はうつ病でした。
何度も自殺未遂をしたり、薬を飲みすぎたりしていました。
彼女には十九歳の頃、彼氏ができました。
彼はある夜、姉と長電話をして
「おやすみ、また明日」と言って電話を切りました。
それが姉が、最期に聞いた彼の言葉です。
姉と電話を切って、朝を待たずに彼は自殺しました。
借金が理由だったそうです。
親御さんは裕福な方だったそうですが
彼はお父さんに頭をさげて
お金を工面することができなかったのだそうです。
姉の心はそこから、さらに病んでゆきました。
ぼくはまだ、あの薄暗い家の空気を覚えています。
眠れば悪夢を見て、起きては悪夢のような日々。
喉の渇きと、手首の傷と、向精神薬や安定剤の持つ死のにおい。
思い出のあちらこちらに、血がこびりついている気がします。
また明日、という約束はまだ守られないままです。
1. はじめに
Ghetto Ghettoを聞いてくださった皆様。
はじめまして。制作に携わりました、作詞家のNOAと申します。
普段は小説を書いたり、曲を作ったり、作詞提供をしたりしています。
今回はGhetto Ghettoの説明という形で
こうした文章を書かせていただくことになり
貴重な機会をくださったWHITE JAMのお三方に感謝します。
ここから先は
・WHITE JAMの超鬼マニアコアファン (ジャムチョオニマコファ)
・死にたい系のひと (にた系)
・死にたい系のひとが友達にいるひと (にた友)
・これから死にたい系のひとと出会う予定のある人 (に定)
※( ) 内は略称
だけが読んでいただければいいです。
それ以外の方も読んでいただいてもいいのですが
実はこの文章は、ここから先、けっこう長いのです!
なので、できる限り
読みやすいように書くつもりではいますが
読んでくださる方も、やすみやすみ
目を休めてあげながら読んでくださいね。
では、はじめましょう。
2. ねえ、マニー
Ghettoとは、いったいなんなのでしょう?
ここでいうGhettoとは、ある特定の人種が住む貧民街のことを指します。
いわゆる、スラム街、のことです。
ぼくの生まれた家は、そんなに貧しいというわけではなかったのですが
それでも借金取りから電話が来るために
家の固定電話に一切出ないという、そんな苦しい時期もありました。
しかもぼくは、社会に上手に馴染むことができず
三十歳までほぼ無職で過ごしました。
なので親はけっこう大変だったとおもいます。
グレてみたり、うつになってみたり、遊び歩いてみたり。
そんな子どもでしたから。
ぼくはいつも疑問に思っていました。
世の中は、お金がたいせつだと言います。
けれど、愛はお金じゃ買えないと言います。
ぼくの同級生の可愛くて、下ネタが大嫌いだった女の子は
借金を背負って、風俗嬢になりました。
ぼくの友達のクズの人は、お金のことでいつも揉めています。
ぼくの書く作品は一万円で売れたり
時には五十万円以上で売れたり
もしくは無料で誰かに受け渡されたりもします。
世間では、お金のためにみんな正しさを飲み込んで
誰かのいいなりになっています。
ほんとうのこたえはどこにあるのでしょうか?
ねえ、マニー。
お前はどれだけ偉いのかな。
愛よりも偉いのかな。
みんな、お前のために人を踏み台にしたり
嫌な気持ちで仕事をしたり
人を殺したりするやつまで出てきているよ。
ねえ、マニー。
ほんとうのこと、ってなんなのかな。
この答えに答えられる人は、まだいないようです。
ふと顔を向けると、窓の外では艶やかな桜が
春の陽気の下で、花の美しさを人々に提供していました。
たった一円のお金すらも、必要とせずに。
3. タイムトラベル三十錠
そうは言っても、姉の彼ばかりを責めるわけにはいきません。
ぼくも何度も自殺未遂を繰り返したのですから。
ぼくの左腕には、裏表にバーコードのようにびっしりと傷がついています。
いつかバーコードリーダーでよみこんで、ぼくの値段をはかってみようと思っています。
けっこう、高価いんじゃないか知ら。もしかすると。
ともかく、そうしてバーコードを増やしていた頃
(ちなみにこの頃にWHITE JAMとも出会いました)
ぼくはある事件を起こしました。
その日、テレビからは名探偵コナンが流れていて
ぼくは、お酒を飲んでいました。
今ではお酒はぼくを楽しくしてくれる、陽気なアイテムですが
当時は単に脳を麻痺させるための、そのためだけのものでした。
嫌なニュースからチャンネルを変える
リモコンのようなものです。
ですがその日は、飲んでも飲んでも
悲しみや、自分を責める声が止むことはありませんでした。
なのでぼくは、さらに睡眠薬をかじりはじめたのです。
コナンを見ながら、ぽりぽり
ぽりぽり、ぽりぽり
歪んだ意識の奥で、深いリバーブのかかった声。
「真実はいつもひとつ」
コナンくん、それってほんとう?
傷ついたディスクを再生した時のように
シーンはブラックアウトして飛び
次に気がついた時には、ぼくは三日後の未来にいました。
みなさんは、タイムトラベルをしたことがありますか?
ぼくはあります。三十錠の睡眠薬によって。
もう二度としたくありませんけど。
霞んだ景色が徐々にクリアになっていくと
目の前で母が泣きじゃくっていました。
傘がないのに、突然の雨に出くわしてしまったような気分。
見た目は大人、中身は子ども。
名探偵じゃないぼくには、世の中の謎がとけませんでした。
どうやったら普通に暮らしていけるのだろうか。
どうやったらこの苦しみから解き放たれるのだろうか。
なぜぼくは死にたくて、なぜぼくはこんなに寂しいのだろうか。
真実はいつもひとつ、とコナンみたいに
正解を出してみたいなあと
睡眠薬で呆けた頭で
そんなことをぼんやり思っていた気がします。
白茶けた薬剤の作る幻覚の底で眠り続けたぼくは
どちらかといえば、眠りの小五郎といったところでしたが。
4. がっかりはげ
さて、この章でのぼくは
音楽をやりはじめて随分と経ち、自殺願望からも
すこし距離をとれるようになっていました。
それでも、重たい足をひきずるようにして
生きづらい街を狂ったように走り抜けていたのには
変わりなかったような気もしますけれど。
そんな時
ぼくはとあるおっさんと打ち合わせをしました。
内弁慶のぼくは
にこにこ、へえへえと返事をしていました。
おっしゃる通りでごぜえます、お代官様。へえ、へえ。
そうやって、揉み手をしてね。
そんなぼくの態度に
おっさんはいい気分になったのか
調子にのって、こんなことを言い出したのです。
「いやあ、がっかりだよ。
周りがお前は天才だって言うから楽しみにしてたのに
この程度の枚数のチケットも売れないんだから」
その頃、ぼくらはワンマンライブを前にして
三百枚のチケットを売るために、苦心惨憺していました。
ぼくはむっつりと押し黙って
おっさんの顔をぶん殴らないようにすることだけに
じっと集中しました。何も言い返すことすらできず。
息苦しいほど、悔しかった。
黒ギャル好きのおっさんめ。
でもこの黒ギャル大好きおじさんに限らず
こういうことを言う人って、実はいがいと多いのです。
動員数、フォロワー数、貯金額、収入、学歴、身長体重年齢
この世の中には、数字が溢れています。
ものの価値がわからない人がおおいからです。
そのひとたちは、数字がないと、価値を計れないのです。
そういうばかな人たちは
きみに言います。
フォロワー何人? 偏差値はいくつ? 収入は?
そのスニーカー、いくら?
でも気にすることはありませんよ。
古着屋で千円だったスニーカーでも
きみが気に入っていたら、それは価値があるのです。
収入が少なくとも、きみは付き合う価値のある人です。
ぼくは偏差値なんて、はかったことすらありません。
けっきょく
あのワンマンのチケットは完売しませんでした。
チケットは完売しませんでしたが、いいワンマンでした。
誰がなんと言おうと、ぼくには才能があるし
ぼくの才能をどう使うかは、ぼくが決めます。
あのワンマンは興行的にどうかはしりませんが
ぼく的には成功でした。
こうして宣伝もせず、ギャラも貰わずに
曲の説明文をこつこつと書いているように
ぼくの才能は、金儲けのためにあるのではないのです。
もちろん、食べていくだけのお金は
ぼくだって稼ぎます。
次の作品を作るための資金も必要です。
でもそれは
ただ必要というだけで
決してぼくの価値そのものではないのです。
数字でしかものの価値をはかれないひとたちには
きっとわからないでしょうけれど。
いいんです。
わからなくても。
幼い子どもにはわからなくとも
一足す一は二、という事実は変わらないのですから。
たとえ数字で表せなくとも
ばかな人たちに理解ができなくとも
きみには、きちんと価値があるのですよ。
数字にできないというのはもしかしたら
測れないほど高い、ということもあるかもしれないじゃないですか。
いや、ほとんどがそうなのじゃないか知ら。
ベジータの戦闘力をはかった
キュイやザーボンやフリーザのスカウターみたいに
彼らのスカウターは壊れてしまっているのかも。
どう思います?
ね。
5. もうひとつのサビ
コロナ禍で、ふりかかるわざわいは
何も熱だけではありません。
学校で友達に会えない
仕事がなくなった
そりのあわない家族とずっといなきゃいけない
ライブにもなかなか行けなくなってしまった
みなさんにもいろいろと、あるのではないでしょうか?
ぼくはそんな誰かのことを考える時
あの時のことを思い出します。
苦しみが迫ってきていた頃
血の匂いのする思い出の中の、薄暗い家。
くるしいよね。
頭がぼうっとして、うまく考えられないのに
嫌な言葉だけが聞こえるね。
ぼくはあの頃
支えにしていたある先輩の言葉があって
それは、こんな言葉でした。
「暗いトンネルを抜けた先には、かならず光が待ってる」
この言葉は、ぼくの杖代わりでした。
そして今、はっきりと言えます。
これは綺麗事なんかではなく、真実だと。
姉は今は結婚して、幸せに暮らしています。
ぼくはこうして、言葉を書いて、面白おかしく暮らしています。
苦しみは永遠じゃないんです。
また別の日には、とある社長さんとお話をする機会があって
その方はその時、大きなビジネスをされていました。
それは失敗すれば一文無しになるほどの、大きな大きな賭けで
ぼくは、その方に質問をしました。
「もし、その事業に失敗して、一文無しになったらどうしますか?」
ぼくっていやなこどもですね。
そんな不吉なことをいうなんて。
でも社長さんはそんなぼくにも
微笑みながらこう答えてくださいました。
「友達に頭をさげて居候させてもらって
またじっくりチャンスを待つよ。
死ななきゃ何度でもやり直せるからね」
ぼくはこの言葉を
姉の死んでしまった彼氏に聞かせてあげたかったです。
でもそれは難しいから
今こうして、あなたに向けて書いています。
まだ死んでいない、生きているあなたへ。
さて、実はGhetto Ghettoのサビは
本当はもう少し、違う歌詞でした。
その歌詞もここに載せておきましょう。
きっと誰かの役に立つでしょうから。
「Ghetto Ghetto
また誰かが電車に飛び込んだ あーあ
優しさも愛情も努力も、稼げないなら意味ない?
浮浪者が笑ってるよ
Ghetto Ghetto
また誰かが首に縄かけてるよ
きみが生きることで救われる誰かがいるっていうのに
金がなきゃ息もできない?」
何もなくとも、路上で笑って暮らす浮浪者がいる。
家や恋人があっても、みずから死んでしまう人もいる。
人の生き死にはわからないものです。
みんな、様々な事情がある。運命もある。
何が正しいかは、ぼくもわからない。
けれど
死に損なったぼくには
こうして、こんな奇跡が起きています。
死に損なった経験をみなさんにお話して
何かの役に立てていただけるかもしれない。
WHITE JAMの歌声を通して
誰かの苦しみを少し減らせるかもしれない。
奇跡だな、と思います。
死にたかったあの夜から、十四年後の奇跡。
ぼくの未来は、ぼくが決めます。
ぼくの未来はもっと面白く、さらに素晴らしいものになっていきます。
ぼくは自然に死ぬまで、これからもずっと生きてゆくから。
ねえ、マニー。
たしかに、きみは大事だ。
きみがいなくちゃ、今の世の中、息さえしづらい。
でも、きみがいなくなっても
ぼくは笑って暮らすよ。
友達や家族や近所のひとたちと助け合って
ありがとうって感謝して、笑って暮らす。
ねえ、マニー。
きみに愛されるためだって言っても
誰かを蹴落としたり、騙したりしたくないんだ。
今はそれが正しいって世の中だけど
ぼくはそれは正しくないっておもうんだよ。
ねえ、マニー。
下ばかり向いてちゃ、浮浪者に笑われるよな。
今、これを読んでいるきみへ。
あたまのなかできみをいじめる声が聞こえても、無視してくださいね。
わたしはそれはいらない、と拒否するんですよ。
決してその声に耳をかたむけてはいけませんよ。
ぼくにもその声は聞こえています。
でもさいきんは、そんなネガティブはいらない!
と突っぱねているので
ぼくを応援する声ばかりが、大きくなり
いじわるな声はちいさくなってきました。
Ghetto Ghettoを聞いたあなたに
輝かしい未来が訪れますように。
それがぼくの願いです。
それから、今、死んでしまいたいひとへ
あなたが死に損なって
誰かにこうして話をする奇跡が起きますように。
ぼくはそう願っています。
年をとって笑い皺の増えたあなたが
今のあなたのような若者に、こう耳打ちする未来を。
「じつはわたしも、昔ね...」
通ったトンネルが暗ければ暗いほど
そこを抜けたあなたは、まばゆい光になれるのですから。
あとがき
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
今、世の中はとても暗い。
だからこそ、この曲がおまじないのようになるといいなと
思っています。
かねがなきゃいきもできなーいぜー!
と笑いながら歌って、笑い飛ばしてください。
歌を歌うことは、息を吸って、吐くことです。
歌えているということは、息ができているということなのです。
歌ってください。笑ってください。息をしてください。
こんな風に。
「まったく、かねがなきゃいきもできないぜ!
今、息してるけど!」
まだGhetto Ghettoをお聞きじゃなく、ご興味のある方はこちらから↓