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日本語の完全韻の定義(2025年暫定版)
こんばんは。Sagishiです。
今回は、日本語の「完全韻」(Perfect rhyme)について、その定義と具体的事例をまとめた記事を書きます。2025年初頭の暫定版になります。
前回の記事から、定義を大きく変更しました。
1 日本語の完全韻の定義
現在のわたしが考える、日本語の「完全韻」の定義は下記です。
① アクセント句の最初の母音が同じ
② 最初の母音に後続する特殊モーラあるいは音節がすべて同じ(ある場合)
③ 最初の母音に先行する子音が異なる
④ アクセント句のイントネーションが同じ
*アクセント句…非下降調アクセントから始まる、最大1つの「下降調」を持つ韻律単位のこと。おおよそ語あるいは文節に相当する単位。
上記の定義は、「伝統的な英詩の完全韻の定義」を参考に構成しました。また、さらに「完全韻」を細かく定義するため、フランス語の「豊穣韻」の定義を参考に、以下のような付加的定義を置きます。
⑤ アクセント句末からの文節音(音素)の一致数で区分けする
・1文節音の一致は「不足」(Pauvre)
・2文節音の一致は「充分」(Suffisante)
・3文節音の一致は「豊穣」(Riche)
・4文節音以上の一致は「獅子」(Léonine/Richissime)
この定義に従って、具体例を列挙します。
1モーラ句のケース
・1モーラ句のケース
蚊 ka
歯 ha
1モーラ句を、今回の定義では「完全韻」に含めました。
ただ応和する文節音(音素)が1つだけのため「響き」のレベルが低く、カテゴリーは「不足・完全韻」(Pauvre-Perfect rhyme)に該当します。
2モーラ句のケース
・2モーラ句のケース
缶 ka]n
班 ha]n
糧 kate
果て hate
*]記号は、イントネーションの「下降」を意味する。
2モーラ句からは、④「アクセント句のイントネーションが同じ」をより意識する必要があります。ここでいう「イントネーション」とは、日本語の上昇調・下降調などのアクセントを意味します。(本記事で表記するイントネーションは、現代日本語東京方言に準拠します)
「糧/果て」ペアは、どちらもイントネーションに下降調がなく(いわゆる平板型アクセント)、同一のイントネーションのため「完全韻」です。
しかし、例えば「糧/縦」のようなペアだと、「糧」は平板型アクセントであり(kate)、「縦」は下降調が含まれる頭高型アクセント(ta]te)であるため、同一のイントネーションではないです。よって、「糧/縦」は「完全韻」ではない、という扱いをします。
このようにイントネーションが異なるrhymeペアは、「不完全韻」の一種の「不調韻」(Unintonated rhyme)としてカテゴライズします。「高校kȯokȯo/長江cʸȯ]okȯo」なども「不調韻」になります。
なお、「缶/班」のように2文節音(音素)が揃うペアは「充分・完全韻」(Suffisante-Perfect rhyme)、「糧/果て」のように3文節音が揃うペアは「豊穣・完全韻」(Riche-Perfect rhyme)にカテゴライズします。
音節とモーラに関する注意(例外事例集1)
・完全韻にならない事例①(音節数に差異があるケース)
愛 a]ı
舞い mai
ネイル neıru
滅入る mei]ru
平気 heıkʸi
寝息 neikʸi
試算 sʸsan
持参 zʸisan
わたしが想定する「完全韻」の定義では、「愛/舞い」のペアは韻を踏んでいないことになります。まずイントネーションが違います。「愛」は頭高アクセントで、「舞い」は平板型アクセントです。かつ「愛」は1音節で、「舞い」は2音節です。「愛」の「イ」は直前の「ア」の音節に従属しており、卓立した音節ではないです。他方、「舞い」の「イ」は卓立した音節です。よって、このペアは押韻関係にはなりません。
上記の話をより分かりやすく例示しましょう。「ネイル/滅入る」のペアですが、「ネイル」は2音節で、「滅入る」は3音節です。「ネイル」の「イ」は「ネ」の音節に従属しており、結果的に「ネール」とも発音できます。他方、「滅入る」の「イ」は音節が卓立しており、「メール」とは発音できません。「イ」をはっきりと発音する必要があります。このように、同じ「イ」でも、語によって音節が卓立しているケースとしていないケースがあり、その違いを正確に見分けなければ、日本語の正確なrhymeペアを構成することはできないです。
この音節の卓立性の差は、語の構成要素やイントネーションによって変化します。「平気/寝息」のペアは、イントネーションはどちらも平板型アクセントですが、「平気」は2音節で、「寝息」は3音節です。これは「平/気」と「寝/息」という語の構成要素の違いによって、「ヘイ」と「ネ/イ」という差が生じています。
また、イントネーションによって音節の卓立性が変化する事例としては、「相川a]ıkawa/相川ai]kawa」があります。前者の「相川」は頭高アクセントが影響して「アイ」が1音節になっていますが、後者の「相川」は中高アクセントが影響して「ア/イ」の2音節になっています。
また無声化母音のパターンもあり、「試算/持参」のペアは「完全韻」ではありません。「試算」の「シ」は母音を発音しておらず、「持参」の「ジ」は母音を発音しているからです。これは例えば、喉仏に手を当てて、声帯の震えを確認すれば分かります。「試算」の「シ」を発音するときには声帯は振動しませんが、「持参」の「ジ」を発音するときには振動します。よって前者は母音がなくて後者は母音があるということになり、母音の有無の差があるのだから当然、このペアは「完全韻」の関係にはなりません。
これらの事例の違いは、発音の工夫によって誤魔化すこともできる微妙な差ですが、確かに「違う」と認識することが重要です。
このように一見「完全韻」に見えても、厳密には韻を踏んでいない事例というのは、日本語のrhymeではちょくちょく遭遇します。詳細はまた別途の記事で書きます。厄介ですが、まぁそういうものだと思ってください。
・実は完全韻になる事例
舌 sʸta
蔦 cta
逆に「舌/蔦」のようなペアは、わたしの定義だと「完全韻」の扱いになります。「舌」の「シ」は母音を発音しておらず、「蔦」の「ツ」も母音を発音していないから、「舌/蔦」のペアは母音「ア」だけのrhymeになっています。厄介ですが以下略。
ただし、似たような無声化の事例でも、以下のような事例は「完全韻」ではありません。
・完全韻にならない事例②(モーラ数に差異があるケース)
舌 sʸta
田 ta
上記は英語的な定義だと「完全韻」になるでしょうが、日本語だとそうはなりません。日本語の基礎韻律単位はモーラであるため、アクセント句の長さ(モーラ数)が揃わない事例は「完全韻」になりません。モーラ数が揃わないと、④の定義からも自然に逸脱します。
このような事例は、日本語的なSemirhyme(音節が余分な韻)と判断できるでしょう。これを「余剰韻」と定義し、「不完全韻」として扱います。
3~4モーラ句のケース
・3モーラ句のケース
アイス a]ıs
ライス ra]ıs
加担 katan
破綻 hatan
灯り akarʸi
測り hakarʸi
・4モーラ句のケース
白菜 haksaı
学祭 gaksaı
愛する aısu]ru
介する kaısu]ru
ひらめき çiramekʸi
きらめき kʸiramekʸi
3モーラ以上の句は、おおむね2モーラ句と状態が同じなため、特にこれといって加える説明はないですが、「加担/破綻」のように4文節音以上が揃うrhymeは、「獅子・完全韻」(Léonine-Perfect rhyme)にカテゴライズします。
アクセント句に関する注意(例外事例集2)
ただし、3モーラ以上になると、アクセント句の構造が複雑なケースが存在するため注意が必要です。例えば、以下のような事例は「完全韻」ではありません。
・アクセント句のモーラ数および音節数に差異があるケース
自販機 zʸiha]nkʸi
反旗 ha]nkʸi
上記の例だと、「自販機」は4モーラ3音節のアクセント句で、「反旗」は3モーラ2音節のアクセント句のため、句の長さが揃っていません。
このような事例は、英語的な定義だと完全韻になるケースもありますが、日本語はアクセント句の長さが異なると、自然とイントネーションも異なります。よって、これを「余剰韻」(Semirhyme)と判断し、「不完全韻」として扱います。
・アクセント句の数や句切れ位置が揃わない事例
黒い戸 kuro]i/to
フロイト furoito
また、日本語のアクセント句数が異なるペアもあり得ます。上記事例は分かりやすいものをあげていますが、「黒い/戸」は2つのアクセント句で構成されており、「フロイト」は1つのアクセント句で構成されています。
句の数が異なれば、当然イントネーションも異なるため「完全韻」にはなりません。このような事例を「混句韻」(Mosaic Accent-Phrases rhyme)と定義・判断し、「不完全韻」として扱います。
2 まとめ/日本語のライムタイプ一覧
ここまで日本語の「完全韻」の定義をまとめてきましたが、わたしの「完全韻」の定義は、古典的な英詩のrhyme(1音節のrhymeが標準的だった時代の定義)を基準に構成しているため、多音節韻が標準になっている現代的な感覚からは、一定の距離があります。そこは留意してください。
だいたい4モーラぐらいまでが、射程の範囲内という気はしています。あくまで感覚的な目安ですが。
そして、この新しい「完全韻」の定義をベースにして、日本語のライムタイプを総合的に整理・定義しました。詳細な説明はこの記事ではしませんが、おおむね以下のような日本語のライムタイプが定義できるでしょう。
・完全韻(Perfect rhyme)
・単音節韻(Monosyllabic rhyme)
・不足韻(Pauvre)
・充分韻(Suffisante)
・豊穣韻(Riche)
・多音節韻(Multisyllabic rhymes)
・豊穣韻(Riche)
・獅子韻(Léonine/Richissime)
・不完全韻(Imperfect rhyme)
・単音節韻(Monosyllabic rhyme)
・同音韻(Echo rhyme)
・家族韻(Family rhyme)
・標準韻(Assonance rhyme)
・重音節韻(Heavy-syllable rhyme)
・長短韻(Different Syllable-weights rhyme)
・不調韻(Unintonated rhyme)
・余剰韻(Semirhyme)
・多音節韻(Multisyllabic rhymes)
・同音韻(Echo rhyme)
・家族韻(Family rhyme)
・標準韻(Assonance rhyme)
・重音節韻(Heavy-syllable rhyme)
・長短韻(Different Syllable-weights rhyme)
・不調韻(Unintonated rhyme)
・混節韻(Moasic syllables rhyme)
・混句韻(Mosaic Accent-phrases rhyme)
・語感踏み(Intonation-phrase sensory rhyme)
・余剰韻(Semirhyme)
・部分韻(Partial rhyme)
・その他分類(Other)
・強制韻(Forced rhyme)
・末消韻(Appocopated rhyme)
・混詞韻(Mosaic lexicon rhyme)
・子音韻(Consonance)
・単音節(Monosyllable)
・全子韻(Pararhyme/Full consonance)
・頭子韻(Onset-consonance)
・尾子韻/撥音韻(Coda-consonance/Half rhyme/Nasal rhyme)
・家族子韻(Family consonance)
・部分子韻(Partial consonance)
・多音節(Multisyllable)
・全子韻(Full consonance)
・頭子韻(Onset-consonance)
・尾子韻/撥音韻(Coda-consonance/Half rhyme/Nasal rhyme)
・家族子韻(Family consonance)
・部分子韻(Partial consonance)
だいぶ充実してきました。では、今回の記事はこのぐらいで。
(追記)
一応触れておきますが、日本語ラップにおいていわゆる「完踏み」と言われているものは、上記の定義でいうと「完全韻」「同音韻」「家族韻」「標準韻」「重音節韻」「長短韻」「不調韻」「混節韻」「混句韻」を、全部まとめて「同じもの=完踏み」としているぐらいの幅があります。
元々の「完踏み」の定義が「母音が同じに思えるなら他の要素はすべて無視」ぐらいのざっくりした定義だった、というのもあると思いますが、これまでの30年以上の日本語ラップの歴史で、あまり深く考察されていなかった領域に切り込めたのではないかな、と個人的には思います。
(追記2:2025/2/9)
質問があった事項について、いくつか追記をします。
Q:下降調って何?
A:日本語のイントネーションが下降するモーラを意味します。詳しい定義は、児玉望『曲線声調と日本語韻律構造』(2008)をベースにしています。また、教育ローマ字『日本語のトーン表記の方法を紹介します』(2021)を参照してください。
この理論(曲線声調理論)は、要するに、旧来の日本語イントネーション分析にクラシックに使われる段階声調理論(日本語を高いHと低いLで表現する方法)とは異なり、イントネーションが下降する(F=Fall)か下降しない(notFall=nFあるいはN)かに注目・表現する理論です。
日本語の押韻は、複数のアクセント句(文節)にまたがりがちなため、単純な高低イントネーションだけに着目すると、二段階の高低表記では全く分析が不可能でした。曲線声調理論は、この混乱の劇的な解決方法となったため、わたしの記事では、すべてこの理論を採用しています。
Q:なぜ「アクセント」ではなく「イントネーション」と書くのか
A:アクセントには「強調する」という意味がありますが、日本語には特定の音節が強調されるような明示的なルールはなく、実態と乖離することを恐れて、アクセントという言葉を基本的に使わないことにしています。
ただし、そうすると既存の言語学用語との共通性がなくなってしまうので、最低限の用語の統一性を意識して、いわゆる「下げ核」(次のモーラが下降調になるモーラ)のことを「アクセント核」とし、アクセント核が最大1つ含まれる韻律単位を「アクセント句」として、この場合にのみアクセントという用語を使うことにしています。
Q:イントネーションが同一かどうかの判定には、アクセント型(平板型や頭高型)を参照しているのか
A:記事の内容を分かりやすくするため、あえて平板型や頭高型という用語を使っていますが、この記事は現代日本語東京方言をベースにした理論体系にしているため、実際にはその語や句のどこに「下降調」があるかで、同じイントネーションなのかどうかを決めています。
Q:特殊モーラの定義とは?
A:この記事における特殊モーラの定義は、「音節核要素を持たないモーラ」のこととしています。なので、この記事における特殊モーラには、二重母音の後部要素や無声化母音を含みます。
Q:モーラ数の一致を完全韻の定義に含めたのはなぜか
A:日本語のアクセント句(AP)には、理論上の上限がないため、モーラ数の一致を定義に含めないと、「ユニバーサルスタジオジャパン/缶」のような、音数に大きな差があるペアも完全韻ということになってしまうからです。また、ペアの音数に差があるといわゆる句音調(日本語の語の最初に存在するイントネーションの初頭上昇調)を無視することになるため、これを揃える観点からも、モーラ数の一致を完全韻の定義に含めています。