日本語の「ん」「っ」「ー」の韻の扱いについて(長短韻と重音節韻)
こんばんは。Sagishiです。
以下のようなツイートを教えてもらったので、日本語の「ん」「っ」「ー」の韻の扱いについて、網羅的な記事を書こうと思いました。
過去にも以下の記事などで、上記のような疑問についての考え方は述べていますが、今回の記事はそれに特化させた内容になります。
果たして「ん」「っ」「ー」はどう扱えばいいのか、書いていきます。
1 日本語の特殊モーラとは何か
まず前提として、日本語には単独で音節を構成できないような音(モーラ)が存在しています。そういう音を「特殊モーラ」と呼びます。
上記で示した3モーラ語の中間の音(モーラ)「ん」「っ」「ー」「い」「く」は、自立して音節を構成していません。学問的に言うと、「音節核が存在しない音」だと言えます。
より細かく言うと、「カン/ト」「カ/ット」「カー/ト」「カイ/ト」「カ/クト」のように、中間の音(モーラ)がその前後の音に付属するような状態になっています。
上記のように、単独で音節を構成しない音を「特殊モーラ」と呼びます。また、特殊モーラを含む2モーラ音節のことを言語学では「重音節」と呼び、特殊モーラを含まない1モーラ音節は「軽音節」と呼ばれます。
2 異なる特殊モーラペアの韻/重音節韻
日本語のrhymeを構成するとき、特殊モーラを別の特殊モーラで置換しても、rhymeとして充分な「響き」のレベルを維持できます。
「カン/ト」「カ/ット」「カー/ト」「カイ/ト」「カ/クト」を順番に発音したとき、日本語のrhymeとして充分な「響き」が出ていることが分かると思います。
このような「異なる特殊モーラペアによるrhymeスタイル」を、重音節同士によるrhymeという意味で、わたしは「重音節韻」と呼んでいます。
さて本当に「特殊モーラを置き換えても響く」のか、他の例を出して確認してみましょう。
どうでしょうか。おそらく「響き」があると感じるはずです。
ただし、「重音節韻」よりいわゆる完全韻のほうが「響き」が出ます。
特殊モーラ要素まで揃っているAGペアのほうが、ABペアよりも「響き」が出ているはずです。
つまり「重音節韻」というのは基本的に、「完全韻」より「響き」は下位になるrhymeスタイルだといえます。(イントネーションや子音の影響も受けるため、必ず重音節韻が完全韻に劣後するわけではないです)
このような観点から言えば、先のひとのツイートにあった疑問「韻の中の「ん」「っ」「ー」の扱いは?そのまま踏む?踏まなくてもいい?」に対する答えとしては、より「響き」が出るrhymeを構成したいなら、特殊モーラまで揃えたほうが良い、という回答になりますね。
よく「ん」「っ」「ー」は無視して良いみたいな話がありますが、厳密に言うと無視はできません。なぜなら「ん」「っ」「ー」も、rhymeの「響き」に影響する要素だからです。
※ちなみになぜ別の音で置換しているのに「響き」が出るのか、そしてわたしたちはそう感じるのかについては、完全に科学的な論証がされているわけではありません。先に「感じるはずです」と言っているように、あくまで体感レベルの話ではあるので、わたしの論評が必ず正しいというわけではありません。充分そこはご留意ください。ただおそらく、統計的な調査にかければ、わたしの主張がおおむね正しいことが証明されるだろう、とは思っています。その理由も、おそらく特殊モーラ(非音節核要素)がrhymeの「響き」あるいは認知の中心核ではないから、それを同じ要素で置換しても、rhymeの「響き」が出るように感じるのだ、と推測はしています。
3 特殊モーラ有無ペアの韻/長短韻
「重音節韻」以外にも、同じように特殊モーラを活用したrhymeスタイルが存在します。それは、重音節(特殊モーラ有りの音節)と軽音節(特殊モーラ無しの音節)のペアによるrhymeスタイルです。これをわたしは「長短韻」と呼んでいます。次のようなペアが「長短韻」です。
「サ/ラ/ダ」は3モーラ3軽音節による語で、「サン/ラン/ダン」は6モーラ3重音節による語です。このようにモーラ数に差があっても、音節数が揃っていれば、発音の仕方によっては、rhymeとして充分な「響き」が得られます。
普通の日常語のイントネーションで「サラダ/散乱弾」と発音すると、まぁrhymeとしてはあまり効果的ではないですが、発音の仕方を工夫すれば、効果的にrhymeとして利用できます。前述の「重音節韻」もそうですが、「長短韻」は日本語のHIPHOPでよく利用されています。
発音の仕方を工夫する必要がある、という制約があるため、「長短韻」は基本的には「重音節韻」に劣後するか、あるいは同等の「響き」が出るrhymeスタイルだと言えます。
先ほども書いた、いわゆる「ん」「っ」「ー」は無視して良いみたいな話は、この「長短韻」が存在するために、そういう風に言うひともいるのだと思います。
ただ実際のところ「長短韻」も特殊モーラを活用したスタイルですので、厳密には無視できません。
たとえば「まさか/サラダ」と「まさか/散乱弾」だと、後者のほうが当然「響き」は減衰しますし、異なる音のように聞こえます。フロウや発音の仕方によってその減衰のレベルを調整することができるので、一見「ん」「っ」「ー」を無視できるように思えますが、実際には調整しないとrhymeとして効果的でなくなる可能性があります。ここは注意が必要でしょう。
4 まとめ
ここまで、日本語の特殊モーラがどういうものなのかを説明し、そして特殊モーラを活用したrhymeスタイルの説明をしてきました。
「重音節韻」や「長短韻」といったrhymeスタイルは、これまでの日本語ラップの歴史において、明確に定義されて来なかったものですので、すぐに馴染めないかもしれませんが、科学的・客観的に日本語の言語構造を捉えると、この2つのrhymeスタイルを定義できるはずだ、というのがわたしの主張になります。
先のツイートにて「宗派による」というような意見が出てきているのは、特殊モーラの扱いをどうするのか、どう評価するのか、という揺れから来るものだと思います。
例えば、特殊モーラを使うrhymeを「汚い」と評価するような価値観もあるでしょうし、むしろ大胆に使ったほうが表現の幅が出るのだ、と評価するような価値観もあるでしょう。
わたしはどれが良いとか悪いとかそういう話をするつもりはないです。そこは、各々の表現者が考えて実践すべきものでしょう。ただ「ん」「っ」「ー」といった特殊モーラが、rhymeの「響き」に関わる要因だということは、この記事を通して伝えたいと思います。
おまけ
ここからはおまけです。めちゃくちゃ細かい個人的なメモを書いていくので読まなくて良いです。
ここまで「重音節韻」と「長短韻」の説明をしてきましたが、肝心の日本語の「完全韻」の定義が、実は定まっていません。たぶん本気で説明しようとすると多くの壁にぶち当たると思います。困ったものです。
わたしもこれまで何度か説明を試みていますが、現在は2023年の記事からかなり考えも変化しています。たぶんそのうちやれるとは思ってはいますが、もはや趣味の領域。
また、この記事では話がややこしくなるのであえて触れませんでしたが、「3モーラ音節(超重音節)も重音節韻として扱うんですか?」とか、そういう指摘もあるかもしれませんね。詳細は省きますが、おおむねそうです。
また「長短韻」とは逆の特性をもつ「混節韻」(モーラ数が同じだけど音節数が違う)とか、「語感踏み」(母音とモーラあるいは音節数が異なるペア)とか、まだ自分の中でよく整理できていなかったり、作用機序の説明ができなかったりするようなrhymeスタイルも存在します。困ったものです。
あと「日本語の二重母音や無声化母音ってどういう場合に起きるの?」とか、「イントネーションが変わると音節も変わっちゃうの?」とか、「撥音単独でも音節を構成する場合ってありますよね?」とか、「u母音の音節の卓立性は低いから、無声化音節と非無声化音節ペアでも響きが出ますよね?」とか、無限に細かい話ができるので、困ったものです。
まぁ、このあたりの話はおいおいということで。