日本語の押韻論:長短韻の問題、リズム単位(等時性)の重要性
こんばんは。Sagishiです。
今日は、わたしが日本語の不完全韻の1つとして独自にカテゴライズしている「長短韻」に、問題があることに気づいたので記事にします。
1 日本語の不完全韻
わたしは日本語の不完全韻には「重音節韻」「長短韻」「撥音韻」、またややイレギュラーなスタイルとして「語感踏み」があると考えています。
◆重音節韻
⇒重音節の非音節核の要素が異なる押韻。
(例)カート/カント/カット/カイト
◆長短韻
⇒軽音節と重音節が対応する押韻。
(例)サラダ/散乱弾
◆撥音韻
⇒重音節の撥音のみ対応する押韻。
(例)案/韻/運/円/恩
特に「重音節韻」と「長短韻」は、日本語ラップにおいて広く実践的に使われている押韻形式ですが、これまで明確に定義化がされたことがありませんでした。これを日本語の押韻形式として定義できたことは有意義かつ生産的なことで、とても良かったと、わたしは考えていました。
2 長短韻の問題点への気づき
しかし先日、Genaktionさんという非常にUSのHIPHOPに造詣が深いかたと会話させていただいたときに、「サラダ→散乱弾は無しというか正攻法ではない」「6音に対して3音余計な音が入っているという評価」「テクニークの一種だが、この辺を「踏める」とまとめられちゃうとなんだかなという漠然とした違和感を日本語のラップ界隈には覚えていました」と指摘され、わたしは少し驚きました。
つまり「長短韻」にあまり肯定的な評価ではなかったのです。
Genaktionさんは英語話者ですので、「長短韻」をAdditive rhymeのように評価いただけるとわたしは想像していたのですが外れていました。この原因がどこにあるのかをしばらく考えて、ふと先日「リズム単位の問題ではないか」と閃きました。
例えば、下記のようなAdditiveなmulti-rhymeがあるとします。
A:gray agree [gréɪ.ə.gríː]
B:break the speed [bréɪk.ðə.spíːd]
見ての通り、Bには第1音節と第3音節に尾子音(coda)がありますが、Aにはありません。このように尾子音のある音節とない音節が対応する押韻は、英語ではAdditive rhyme(加法韻)とカテゴライズされています。
なので、わたしは以下の例は日本語版のAdditive rhymeだと考えていました。Dには第1~3音節に尾子音がありますが、Cにはないです。
C:サラダ [sa.ra.da]
D:散乱弾 [san.ran.dan]
そして、ABCDはすべて3音節です。これだけ見ると、ABの関係とCDの関係はほとんど同じに見えます。しかし、実際には違いました。
3 等時性の違い
日本語と英語は、等時性(リズムの単位)に違いがあります。日本語の等時性の単位はモーラであり、英語はストレスです。
Bは音節を構成する要素として尾子音があるので、Aよりも傾向としては音節の時間長は長くなります。しかし、英語はストレスからストレスへの時間が心理的に等しい言語性質であるため、尾子音の有無による音節の時間長の差というのは、ほとんど意識されないです。
しかし、日本語はモーラ同士の間隔が心理的に等しい言語性質であるため、CとDはそれぞれ3モーラと6モーラであり、時間長が等しくないということになります。
A:gray agree [gréɪ.ə.gríː]
B:break the speed [bréɪk.ðə.spíːd]
C:サラダ [sa.ra.da]
D:散乱弾 [san.ran.dan]
なので、ABの関係とCDの関係は等価ではないですし、「6音に対して3音余計な音が入っている」という意見は、かなり正鵠だといえます。
音節とIPAによる音声表記には、等時性に関する情報が書かれていないこともあり、わたしは「Additive rhyme」と「長短韻」が類縁関係だと思い込んでいましたが、実際にはこの両者は質的に異なるものだといえます。
4 まとめ:重音節韻>長短韻
日本語ラップにおいては、リズム単位を意図的に操作することで、重音節韻と長短韻はある種の等価な押韻形式・手法に見えます。
しかし、本質的には重音節韻のほうが長短韻よりも押韻としては正確性の高いスタイルだといえます。なぜなら重音節韻は時間長が揃っていますが、長短韻は時間長が揃っていないのですから。
これは非常に重要な気づきです。押韻において言語の基礎たる等時性を意識することは、必須だと今後は言えるようになるからです。
またそうなると、英語においては以下のようなケースが想定できるということになります。
A:gray agree [gréɪ․ə․gríː]
B:break the speed [bréɪk․ðə․spíːd]
A:gray agree [gréɪ․ə․gríː]
E:slay sea [stéɪ․síː]
ABはともにストレスからストレスのあいだに非ストレス音節が置かれるペアで、AEは非ストレス音節が置かれるものと置かれないものというペアです。
直感的には音節数に差があるので、AEは押韻として不適当なペアになるように思えますが、英語はストレスからストレスの間隔が等しくなるので、これでも成立する、ということにならないでしょうか。
ここは英語の母語話者に確認が必要ですが、非常に面白い観点だと感じています。