響きの押韻論:押韻の「響き」の評価指標
こんばんは。Sagishiです。
今回は、押韻の「響き」の評価指標について書いていこうと思っています。また、そもそも私が「押韻」を研究・分析しようと思った動機について、これまであまりまとめて書いてこなかったので、そちらにも触れていきます。
1 押韻を研究する動機
なぜ私が「押韻」を研究というか、こうやって考えたり調べたりしているのかというと、動機は2つあります。
①ですが、もともと私の専門分野は「文学」です。特に「現代詩」が専門で、私自身「現代詩」を書きますし、詩集も出しています。
私は「音」をテーマにした詩を書くのですが、現代詩の世界で「音」を意識した詩、特に「押韻」を使う詩は極めてマイナーです。
なぜマイナーなのかと言うと、理由としては「押韻技法に興味・関心を持ち、押韻を使う作品を書くひとが少ない」、「そもそも詩歌文学における押韻技法が確立されていない」、「歴史的経緯から敬遠されている」などがあります。
現代詩の歴史には、過去(1947年頃とか1990年頃とか)に押韻定型詩に挑んだ詩人たちがいましたが、結果的には評価は芳しくありませんでした。「音を意識した詩は、技巧に走っていて感情がない」といった情緒的批判も多く、「音」について書くこと自体がタブー視された時期もありました。
しかしHIPHOPの登場により、「多音節押韻」が生まれ、「日本語の押韻」は飛躍的に発展しました。その成果を文学にも還元したい、というのが私の思いです。
続いて②ですが、確か2013年頃でしょうか。「押韻」をしているのに「響き」が生まれないケースや、逆に「押韻」をしていないのに「響き」が感じられるケースがある、ということに気づきました。
いつしか気づきは疑問に変わり、どうやって「響き」が生まれるのかに興味を持ちました。最初は「母音」だけで分析をしていましたが、次第に他の評価指標が必要だと確信を持ちました。
「押韻」による「響き」の仕組みを解明して、客観的な「響き」の評価指標を作りたいと私は考えています。そして評価指標は、なるべく個人の主観・感性に依存しない、客観的な指標になることを目指します。
2 響きの評価指標
「押韻」することはビートに乗せて行う、肉体的な感覚を伴うものです。自分がただラップをするだけなら、理論的な処理をする必要は基本的にありません。
しかし、いざ「押韻」を議論し、分析しようとするのであれば、すべてを感覚で済ませてしまうことは問題です。誰もが「そうだと思う」と了解を得られるような、生産的で建設的な議論になるような、「押韻」に関する客観的な『評価指標』を、私たちは持つべきです。
そのために、私は『押韻価』という単位を使おう、という提案を2017年頃からしています。
目的は、単語以上の音の連続体を「単位」として定義し、単位同士を比較・評価したい、ということです。
例えば下記のような例文があったとして、例文から押韻価を抽出します。
このように特定の文章群から、押韻を評価するための部位=『押韻価』を取り出し、次に押韻価AとBを比較して分析します。
2-1 音節
まず、押韻価AとBの発音と音節を見ていきます。
AB共に6モーラで構成されますが、音節を数えると、Aは5音節、Bは4音節です。日常会話において音節を意識することはあまりないでしょうが、Bの「ない」の部分は二重母音であり、1音節(重音節)になります。
音節数が異なっているため、その分「響き」が減少しています。
「音節が違うと響かなくなるの?」という疑問があると思います。ABの例の一部分を別の音に置き換えて、検証してみましょう。
もともとA[zi.man]とB[zi.kan]で音節が揃っていた部分を、A[zi.man]とB2[zi.ka.ku]に置き換えました。すると、ABよりAB2のほうが「響き」が減少します。
音節が異なると、「響き」が減少することが分かりますね。
2-2 子音の属性
次に、「子音の属性」を見ていきましょう。
上記には、子音の属性が書かれていますが、同じカテゴリーに属する子音は「子音ファミリー」という扱いになります。早い話、同じファミリーに属する子音でライムすると、響きがより得られます。
ABの例の一部分を別の音に置き換えて、検証してみましょう。
A[zi.man]とB[zi.kan]であったところを、A[zi.man]とB3[mi.kan]に置き換えました。元はABともに第1モーラは阻害音・有声音「z」でしたが、B3の第1モーラを共鳴音・有声音「m」に置き換えました。
発話すると、ABよりAB3のほうが「響き」が減少しています。
今度は、A[zi.man]とB4[si.kan]に置き換えました。元はABともに第1モーラは阻害音・有声音「z」でしたが、B4の第1モーラを阻害音・無声音「s」に置き換えました。
発話すると、ABよりAB4のほうが、わずかにですが「響き」が減少しています。同じ子音同士よりは、響きが弱くなっていますね。
よって、子音の属性が異なると「響き」が減少することが分かります。
2-3 アクセント曲線
次に、「アクセント曲線」を見ていきましょう。
日本語のアクセントを認識するために『曲線声調』を使います。曲線声調では、一般的に使われるアクセントが高い(H)か、低い(L)かという表現ではなく、アクセントが下降するか(F)、下降しないか(nF)という表現を使います。
この表現により、日本語のアクセントをより的確に抽象化して理解することができるようになります。単語・文節・文のアクセントが、どこまでnF(非下降)のアクセント区間なのか、どこからF(下降)の区間なのか、を理解します。アクセントがnFから開始される区間のことを「アクセント句」と呼びます。
Aにはアクセント句が1つですが、Bにはアクセント句が2つあります。Aは第1アクセント句の第5モーラで下降していますが、Bは第2アクセント句の第2モーラで下降しており、アクセント曲線が異なります。そのため、「響き」が減少しています。
本当にアクセント曲線が異なると「響き」が減少するのか、ABの例の一部分を別の音に置き換えて、検証してみましょう。
分かりやすくするため、ABのアクセント曲線の違いを、さらに大きくしてました。ABよりAB5のほうが「響き」が減少しています。
アクセント曲線が異なると、「響き」が減少することが分かります。
3 まとめ
現在の日本語ラップシーンでは、押韻の分析は「母音」だけを頼りに行われています。
しかし、本記事の通り、言葉同士の音の「響き」には、「音節」「子音の属性」「アクセント曲線」と、「母音」以外にも多くの要素が関連していることを示しました。
ぜひ、押韻分析をする際には、これらの要素を使ってみてください。今まで分からなかったことが、説明できるようになるかもしれません。
また、本記事に疑問点や疑義がある場合は、遠慮なくコメントをしてください。響きの評価指標は、まだまだ未完成です。
詩を書くひと。押韻の研究とかをしてる。(@sagishi0) https://yasumi-sha.booth.pm/