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『 龍の魂を授かった娘(前半) 』

宵闇に、天より淡い乳白色の光が差し込んだ時――。
村で暮らす年ごろの娘が、龍の魂を身に宿すという伝説がある。
龍神様を祀り、昔から大切にしてきた、古き村の伝説……。どこにでもある民間伝承だが、実際にこの村では宵闇に不思議な光がゆらめくことが多々あることから、“若く美しい女性が身ごもるのは、龍神様の魂が宿った証”とまことしやかに囁かれていた。

村には誰よりも美しい白い肌を持つ娘がいた。雪のようでもあり、陶器のようでもあるその肌は、ぼんやりと光を放っているようにも見え、村人たちを魅了していた。
たいそう器量の良い娘で、とても心根の良い優しい娘でもあった。幼い頃に母を亡くし、父と二人で質素な暮らしをしていたが、父の稼業である小料理屋をよく手伝い、かいがいしく働く様は村の中でも評判だった。

年頃になると、遠方からも娘の評判を聞きつけて多くの若者が求婚に訪れたが、父想いの娘は「自分が嫁に行ってしまったら父を支えられる者がいなくなってしまう」と、縁談を断り続けていた。
娘が縁談を断る理由はそれだけではなかった。娘は信じていた。いつか自分にも最愛の男性が現れ、互いに深く愛し合って結ばれるという事を。それまでは父を支え続けようと心に決め、運命の男性が現れるのを密かに待っていたのだ。

そんな、ある晩のこと――。
土砂降りの中、ひとりの男性が小料理屋へやってきた。
男性は雨具を持っていなかったのか、見るからにずぶ濡れ……。まるで、川から上がってきたばかりのような姿を見て娘は大いに驚き、すぐに身体を拭くものと着替えを持ってきた。
そして「風邪を引かないよう」と男性の身体を濡らした雨水をせっせと拭い、着替えるよう促した。
男性はすっかり恐縮した様子で礼を言いながら、急な雨で参ってしまって雨宿りをさせてくれないか、と頼んだ。そして気まずそうに、「申し訳ないが、手持ちが無く、何も注文できないのだが・・・」と伏し目がちに呟いた。

「雨宿りならばいくらでもしていってくださいな」
娘がそう答えた瞬間、男性の腹の虫が「ぐぐぅ~」と鳴いた。

「あら、まぁ!」
娘は少し驚き、そして笑顔になって
「今日はお客様としてではなく、うちへ遊びにいらしたお友達という事にいたしましょう。お代は要りませんからお食事、召し上がっていってください」
と男性に夕飯をふるまった。

最初は恐縮して断っていた男性だったが、空腹に耐えきれず、出された夕飯をペロリとたいらげてしまった。そしてお礼に、と旅の話を沢山聞かせてくれた。
その話は、ずっと田舎に暮らす娘にとってはとても面白く興味深いもので、気が付けば娘は、男性とすっかり仲良くなっていた。
翌日、雨が引けるとともに帰っていった男性だったが、後日お礼を言いにやってきて、それからしばしば店を訪れるようになった。

ーつづくー


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