どちらが支えられているのだろう〜精神0を観て〜
ーゼロに身を置くー
あれもしたい、これもほしいと思う、その気持ちは大事にしなきゃいけない。でも現実には思うようにいかないことも多い。空も飛べないし、雨も降る。
でも週に1回だけ、その日だけは「思うようにいかない」という気持ちを0にする。その日だけは「ただ生きてるだけ、それだけでいい」って思う日を作ってみる。
そうすると、例え食べたかった食事じゃなくても「食べられてるだけでいいか」と思える。病気で食べられないこともあるけど、今日は食べられてる。突然殴られて怒りが湧いても、「この痛みは生きてるからなんだなぁ」と思える。
そういう、“いま”に目を向けて、生きている自分を感じて、環境の恵みに目を向けてみると、自然と感謝が生まれてくる。その感謝が自分を気持ちよくさせてくれるよ、と。
これは「精神0」という映画で、山本昌知医師が長年診てきた患者さんに伝えた話です。
こういうとても大事な人生哲学を、決してドラマティックで演技的な喋り方じゃない、岡山弁で淡々と、ボソボソした声で、何だったら眠そうに話す様子は、「話を聴いてくれるおじいちゃん」みたいな佇まいなんだけど、でもその言葉や態度の裏に、精神医としての芯の太い意図があって。
とても聡明で慈愛に満ちているけど、同時に不完全さも兼ね備えていて、自分の矛盾も相手の矛盾も、どんな面もジャッジせず、受け容れ、信じ、ひとりの人間として向き合った相手に言葉を尽くす。
画面を通して観ているだけで、まるで私が話を聴いてもらったかのような安心感に包まれたんですよ。
ベルリン国際映画祭をはじめ世界で絶賛された『精神』(08年)の主人公の一人である山本昌知医師が、82歳にして突然「引退」することになった。山本のモットーは「病気ではなく人を看る」「本人の話に耳を傾ける」「人薬(ひとぐすり)」。様々な生きにくさを抱えた人々が孤独を感じることなく地域で暮らしていける方法を長年模索し続けてきた。彼を慕い、「生命線」のようにして生きてきた患者たちは戸惑いを隠せない。引退した山本を待っていたのは妻・芳子さんと二人の新しい生活だった…。精神医療に捧げた人生のその後を、深い慈しみと尊敬の念をもって描き出す。
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ここからは、まだ観てない人には不必要な情報を与える可能性がありありなので、
今から観る予定の人は、どうぞ観てから読んでください。
そして観た人と感想をシェアしあいたい映画だったので、
気が向いたらコメントください♡
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映画の途中から、はっきり語られるわけではないけど、病気になっている奥様(以下、芳子さん)を介護しながら暮らしている山本医師(以下、先生)の様子が映されます。
先生は82歳。芳子さんとは中学の同級生だから、お2人はもう70年のおつきあいです。
芳子さんは、歩いたり食べたりトイレに自分で行ったりはできるけど、心と頭がすっかり子供に戻ってしまい、生活を自立的に行うことは難しくなっていました。
その姿はまさに少女そのもので、ニコニコしてて、高く可愛い声で先生のことを「あなた」と呼んで、時折淑女に戻られる様子でした。学生時代は、芳子さんの方が圧倒的に優秀で、勉強のできない先生のことを「大丈夫なのかしら?」って思ってた話とか、記憶にはない昔に撮った写真を監督に見せてくれたりします。
介護といっても先生もご高齢だし、多分、衣食住の全般は芳子さんに任せきりだったのでしょう。お客様にお茶を出すこともままならない様子が映されます。
カメラを撮ってる想田監督もさぞや手を出したい気持ちに駆られただろうな。そしてこれはカメラに映っていない日も、毎日行われている日常なんだよねぇ。。。と思って気が遠くなりましたよ。
でもね、でもね、それは透けて見える老老介護の現実とか、社会的問題とか言ってしまいたくない。「大事なことはそんなんじゃない」(つい岡村ちゃんが出ちゃう)
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映画の最後に、ご夫婦でご先祖のお墓参りに行かれるシーンがあります。春のお彼岸なんだろな。
そこは整備された墓地じゃなくって、若者でも悪路感のある石の階段を老夫婦2人が乗り越えるシーンがあってね。
画面越しにヒヤヒヤ、ヒヤヒヤしましたよ。「監督、撮ってばかりいないで、手を出して!」とか心の中で言っちゃう。
でも、映画が終わってみたら、「監督、よくぞよくぞ。あそこで手を出さずカメラを回し続けてくれたもんです。本当にありがとうございます!」としか言えない、凄みのあるシーンでした。
お墓参りを済まし、ご夫婦が手を繋きながら坂道を上って車に向かうシーンがあってね。
腰を曲げた芳子さんと、大きな先生の背中。芳子さんが小さいのか、先生が大きいのか分からないけど。芳子さんの前後不覚の言葉、それをゆるい返事を返し、息を切らしながら歩く先生。先生のむっちりした手と芳子さんの小さい手。
このお二人の後ろ姿を見てふと、これはどちらが支えられているんだろう?って思ったんですよ。
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子供が今よりもう少し小さかった頃、自分の時間も持てないし、食べることから着るもの出すことすべて私に依存されている生活はとても大変で苦しいものではあって。ずっと何かしらの緊張感があって夜にはヘトヘトで疲れ果て寝落ちして。朝が来て今日も同じ一日だと思ったら嫌になっちゃって、なんだかんだずーっと鬱屈してました。
でも。あの頃支えられていたのは私の方。私は、子供たちのお世話をするということで、生きることを支えられていたんだと思うんです。
それは今も同じで。たまに疲れてやるせない時に限って「ママ、いつもありがとう」とか言ってくる、小さき弱き(でも強き)存在の、衣食住を私が支えているということは、むしろ私の人生を支えてもらっている。
病気とか障害とか老いとか未熟とか依存とか自立していないとか経済的問題とか稼いでないとかとかとか、自分の存在価値を無くしてしまう理由はいろいろあるかもしれないけど、その人が存在をしてくれているだけで周りが支えられるって、あると思う。居てるだけで価値があるって、あると思う。
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社会の中で「共生」していくことをテーマとして、60年代に精神病棟の鍵を開け、精神医療や社会福祉に力を入れて、病気ではなく人を診るをモットーに患者さんと向き合ってこられた山本先生。きっと救いきれなかった患者さんもたくさんいただろうし、医療の限界も幾度となく感じて来られただろう。
でも退任間際の先生からまだなお、患者さんへの責任感や精神医療者としての使命感がひしひしと感じられます。もしかしたらまだまだやりたかったことがいっぱいあったのかも知れないなぁとも見てとれます。
「人に尽くしに尽くして来られた人生だから、これからは奥様との日々を大切に、自分のことを大切に。先生の場合はそれをすごく努力しないとできないんだからね」って患者さんに言われて、
「(人に尽くすことが)中毒になってるからね」って先生が言ってたんですよね。
自分の給料は月10万だけ、使える時間は最大限患者さんに使って、向き合った人をジャッジせず、状況に抗わず、受け容れて生きて来た先生。
人と人が支え合える社会を目指して自分のできることをやってきた先生。
たくさんの患者さんの心の支えになって生きてきた先生。
利他に生きた人、偉大な先生。
でもだけど、
支えられていたのはきっと、先生も同じだったんだろうな。
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この映画のコピーが「A Love Story」です。
70年寄り添ったお二人は、長年の深い深い絆も見えるけど、付き合いたてのカップルのような初々しい感じもして、仲睦まじいステキなご夫婦です。
でも、同じような高齢夫婦のドキュメンタリー映画(例えば「あなたその川を渡らないで」とか「人生フルーツ」※どちらも素晴らしい映画です。泣けちゃう)、とはまた一味違う映画でした。
年老いて自分のこともままならない生活の中で、奥様の介護をするという状況は、客観的にみるとなかなかキツイだろうと思います。
だからこそ、先生こそが患者さんに伝えていた「0に身を置く」を意識して生きていらっしゃるのかも知れない。状況を受け容れて身を任せ、今生きていることを感じ、今まで支えてもらった芳子さんを、今度は自分が支えるという生きがいを感じていらっしゃるのかも知れない。
それでもどうしても大変な状況だから、芳子さんを介護する今の先生にも、物理的にも精神的にも支えてくれる存在はあるのだろうか。そこは少し気になりました。(続きを観たいよなぁ。)
これは愛の物語ではなくて(いや、そうなんだけど)、先生が長年取り組んでこられた「共生」の物語なんだと思いました。
夫婦の在り方、老いること、病んだ家族、支えること、支えられること、人生、死に向かう準備、そういうとても個人的で、でも普遍的な人間の物語なんだと。
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最後に。
奥様のご病気について先生が何か語ることはなく、きっと普通の人なら戸惑ったりイライラしたりするはずだけど、先生はいつもどんな芳子さんでも受け容れて、また医療者として観察しているような態度を取られていました。
でもたった一回だけ、先生が芳子さんとの日々の中での後悔をぽろっと語られます。
私にとっては、先生が白衣を脱いだ瞬間でした。もしかすると勝手に先生に白衣を着せていたのは私の方かもしれないけど。
でもホッとした。先生、人間だよね。良かったって思いました。
次に続く。
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