ひき肉の中のネギがダメだった、あの子にごめんって言いたかった。

もう何年も前のことです。
とても世話焼きで、いつもにこにこしている、明るいお友達がいました。
色白もち肌が綺麗で、人当たりも柔らかくて。
LINEでとりとめのないやり取りを楽しんだり、ちょっとしたプレゼントを贈り合ったり、仲良くしてもらっていたなと思います。

もらっていた、と過去形なのは、彼女とはもうすっかり疎遠だからです。
喧嘩をしたわけでもなく、ただ潮が引くように離れていった私と彼女。
時が過ぎ、私と彼女の共通項はどんどん失われ、今では彼女がどこで何をしているのかも分からなくなってしまいました。

すっかり忘れていた彼女のことを思い出したのは、先日あるワークショップに参加したことがきっかけです。

「常識を考え直すワークショップ」

求人サイトなどインターネットメディアを運営している会社、リブセンスが主催するもので、本来は社員向けのものに特別に参加させていただきました。(リブセンスの皆さま、貴重な機会をありがとうございました)

ファシリテーターを務めるのは、ファシリテーションやマネジメントの研究や実践を行っている株式会社MIMIGURI。
先日、代表の安斎勇樹さんが京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之さんと共著で書かれた『問いのデザイン』が「HRアワード2021」書籍部門で最優秀賞を受賞したばかりということもあり、注目度の高い企業です。
以前から、書籍やウェブ上の記事を拝見していて気になっていたので、実際にワークショップを体験させてもらえた今回の機会は、私にとってとても幸運でした。

開催されたワークショップのテーマは「発達障害について考えること」

自閉症、アスペルガー症候群、注意欠如・多動性障害(ADHD)、学習障害、チック障害、吃音(症)などの特性について学び、意見を交わすことが目的です。

※発達障害についての国の規定は、こちら↓をご参照ください。

こう書くと何だか難しそうに聞こえるのですが、そこは今まで何度もワークショップを開催してきたリブセンスとMMIMIGURIの流石のノウハウです。

発達障害のそれぞれの特性を、何だかぷにぷにした可愛い感じのキャラクターに当てはめ、それについてグループワークで話し合うというスタイルでの進行で、ほのぼのしながら学ぶことができました。

※キャラクターのビジュアルは、規則の関係でオープンにすることができません。カードゲームでコミュニケーションを学ぶ「こまった課?」などを展開する株式会社デジタル・アド・サービスのデザインによるものだということです。ゆるい感じのパンダとかカラフルなポップコーンみたいなやつとかがいました。どの子も可愛いのです。

まず教えていただいたのが「ニューロダイバーシティ」という言葉。

ニューロ=脳・神経
ダイバーシティ=多様性

人には「脳や神経に由来する特性」があり、その特性は人によって「多様である」ことを指し示してくれる言葉だと解釈しました。

「しかし、ニューロダイバーシティについて、私達が答えを知っているというわけではありません」

そうことわったのは、ワークショップの進行を行うファシリテーターさんです。

「みなさんより一歩先を行く学習者である、というスタンスです。私達も答えを探している途中です」

そして、私にとって難しかったのが、以下の指示です。

「参加者はグループワークに分かれてもらいます。そこで大切なのは「グループ内で共感しあうこと」ではありません。『この意見が分からない』と感じたら、その「分からなさ」に目を向けるようにしてください」 

……!?

共感は目的ではない……

わからなさに……めをむける……

????

誰かと意見がぶつかった時、私がまず心がけるのが、相手を理解しようとすることです。そしてそれは、相手に共感したいと思うからこそです。同意したい、と思ってしまうからです。

でも、どうやら今回のワークショップで必要なのはそれではないようです。
どうしよう、大丈夫かな私。

不安なまま取り組んだグループワーク。
私の参加したグループは4人編成で、「満員電車」「賑わっている居酒屋」など、様々なシチュエーションが描かれたイラストを眺めながら、それぞれの苦手分野について話していきます。

私、周りに人がいると集中できないんです……
自分は逆です! 静かな空間が苦手です。
自分の言葉が纏まらなくて、真っ白になっちゃうことがあります。
知らない場所に行かなきゃいけないとき、時間や道のりが心配で下見することもあります。

活発に意見を交わしながら意外だったのが、みんなそれぞれ苦手分野があるんだということ。
私は普段から粗忽者なことを自覚していて、一方で周りの方々の優秀っぷりに打ちのめされることが多いのですが、なんとグループの皆さんにも苦手なことがあるのだというのです。
そして、それを工夫によって克服したり、克服できなかったりしているとのこと。

え……みんな……ポンコツなの?
私達お揃いだね、きゅん……♡


同じグループの皆さんには失礼すぎる感想ですが(そしてワークの進め方は超有能であり、皆さん全くポンコツではありませんでしたが)、それでも悩んだり上手く行かないことがあるのは私だけではないのだ、という不思議な感動がありました。

一方で、「お揃いに見えたけど、お揃いじゃなかった」発見も。

例えば「オフィスで受けた電話で、お客様に叱られる」という場面。
嫌だよねー!!! という会話で盛り上がりつつも、徐々に浮かび上がってきた相違点がありました。

「皆の前で叱られるなんて嫌!」
「えっ、そっち?」
「えっ」
「えっ」
「私は、自分が叱られているよりも、同じ部屋で同僚が叱られている状況が嫌って意味だった……どうしてあげることもできないし、でも居たたまれない気持ちになるし……」
「そっち!?」

同じことを話しているようでも、実は喋っていると視点は全く違っていたことに気がつく。これも、ワークショップの醍醐味だそう。
確かに、共感だけでは辿り着くことのできない場所です。

そして、今回のワークショップで1番印象的だったのが「発達障害の特性の中で、最も理解できないもの」を選んで、掘り下げてみるターンです。

もしこんな特性があったら、どんなことが苦手かな?
どんな工夫をしたら、生活しやすくなるかな?

そんなことを考えながら、私達のグループが目を向けたのが「白い食べ物しか食べたくない」という特性。対応するカードには、白い肉まんのようなキャラが、白くて丸いお団子を手に持ち、大きく口を開けている様子が描かれています。

可愛い。抱っこしたい。
しかし、わからない。
なんの意味があるのだ。
なぜ白なんだ。

後からファシリテーターの方に補足していただいた内容によると、発達障害の方の中には、極端な偏食傾向がある人もおられるそう。味覚が過敏なため、野菜などの複雑な味わいよりも、シンプルな味のものを好むことがあり、その理由で白い食べ物を選ぶことがあるのだそうです。

それを聞きながら、ふと思い出したのが、冒頭で書いた友人のことです。
そうです、彼女は大変な偏食家でした。
注)彼女は発達障害ではありません。偏食傾向があったという話です。

○○○

お肉が全部ダメ。鶏も豚も牛もダメ。
魚も基本ダメ。身の赤い魚は特に無理。
野菜もキュウリ以外は無理。キャベツはいける時といけない時がある。

ご飯行こうよ〜と頻繁に声を掛けてくれる彼女でしたが、いざお店選びをするとなるとタブーが多く、なかなか決めることが出来ません。
「ご飯屋さん、あんまり知らないから……予約任せていい?」と言う彼女のLINEに、ここはどう? とお店のリンクをいくつか送るものの、肉と魚がNGなら大体のお店は行けないのです。
※彼女の場合は、アレルギーではなく食の好みの問題でした。

「てゆうか、普段何食べてるの? キュウリだけ?」
「うーん、焼きそばかな? 具は入れないで食べてるよ」
「えっ、じゃあ焼きそば屋さんにする?」

でも、いくらホットペッパーやぐるナビを駆使しても、具の入っていない焼きそばを出してくれるお店はありません。
頭を抱える私に、彼女は申し訳無さそうな顔をしています。

「好きなところ予約すればいいよ、私食べないで見てるから」
「そんな! 一緒にご飯行くなら、2人とも食べられるところにしようよ!」

とは言いつつも、お店は決まりません。
うーん……と悩む私。
心配そうに見守っていた彼女は、はっと何かに気づいた顔をして、笑顔を浮かべ、こう言いました。

「ひき肉! ひき肉なら、めちゃくちゃ細かく刻んであるやつなら食べられる!」
「やった! それだ!」

ひき肉と焼きそばなら食べられる彼女。
私が選んだのは、台湾ラーメンが食べられるお店でした。

これならいけそう! と喜ぶ彼女。
台湾ラーメンにおなじみのニラともやしは、私が代わりに食べるね! とはしゃぐ私。
ダメなら無理して食べなくていいから、と言って、2人でお店に出かけました。

4人がけのボックス席に通され、メニューを渡される私達。
普段ならメニューを広げ、あれこれ選ぶところですが今日は違います。
受け取ったメニューを開きもせず、台湾ラーメン2つお願いします! と高らかに告げる私と、頼もしそうに頷く彼女。
全ては順調なはずでした。

間もなく運ばれてきた台湾ラーメン。
正直、辛いものは苦手な私ですが、今日は彼女とご飯に来られたのだから、どれだけ辛くても食べよう! と箸を握りました。
いただきまーす、と声を揃え、最初のひと口を運んだ瞬間、彼女が寂しそうにぽつんと言いました。

「あ、これ私無理だ。ごめん」

ひき肉の中には、細かく刻まれたネギが入っていました。彼女は、ネギの香りのするものは食べられなかったのです。

「あ、そっか……麺は? 麺だけでも無理そう?」
「うん、ネギの匂いついてるし無理」
「そっか……」

私は嘘つきでした。
無理して食べなくていいよ、と言ったくせに。
彼女の言葉を聞いて、がっかりしてしまったのです。

ラーメンは辛く、なんとか自分の分を食べきりました。
勿体なくて、お店の方にも申し訳なく、彼女の分も貰うことにしました。
2杯目のラーメンを半分ほど食べて、もうお腹がいっぱいになってしまいました。

冷えたスープの中で、台湾ラーメンが浮かんでいます。
他に食べられるものないかな、と探したメニューの中にも、彼女が食べられるものはありませんでした。
お店に到着するまでは、あんなに楽しかったのに。
彼女はぷつりと黙り込んで、下を向いてしまいました。
麺をすする私と彼女の間で、会話は途切れがちになっていきます。
なぜあの時あんなに悲しかったのか、自分でもよくわかりません。
無理しなくていいよって、私があの子に言ったのに。

そんなことが何度か続いて、私達は少しづつ誘い合うことが減っていきました。
いいえ、これは2つ目の嘘です。
私が、彼女に対して、オープンな気持ちになることが出来なくなっていったのです。

実は彼女には、人間関係において少し視野の狭いところがありました。
人の好き嫌いが激しく、一度も喋ったことのない相手でも、嫌いだと思えば陰口を言うところがありました。
趣味や休日の過ごし方の話を聞いても盛り上がらず、誰かの噂話の方が好きなのだろうなと思うこともありました。

でも、それでも良かったのです。
彼女は、新しい環境で中々周りと打ち解けられなかった私に、最初に声をかけてくれた人でした。
元気なの? 何かあったら話聞くよ? と、こまめにLINEをくれる優しくて面倒見のいい人でした。
私が落ち込んだ時に、一生懸命励ましてくれる人でした。
彼女の良いところを、私は沢山知っていました。

それなのに、あの時私は思ったのです。
何だか付き合いづらいなあ、と。
あの子のご飯の偏食さと、考え方の偏りって、何だか似てるなあ、と。
もっとリラックスして一緒にいられる人と遊びたいなあ、と。
少しづつ、ゆっくりと、私は彼女と距離をとるようになっていきました。

○○○

今回のワークショップでは、発達障害は病気ではなく、脳や神経の特性であることが最初に強調されていました。
この「特性」というワードと、「偏食」についての知識を得たことが私の中で結びつき、数年ぶりに彼女の顔が浮かびました。

そして、とんでもない間違いをしていたことに気が付きました。

彼女の偏食であるという「特性」を、彼女の「性格」として受け止めてしまっていたのです。

ワークショップ内では、自分の「苦手なこと」を発表しました。

私は、方向音痴です。
私は、1人になる時間がないと苦しくなってしまいます。
私は、集中すると他のことができなくなってしまいます。

これは私が今まで何度も克服しようとし、そして乗り越えられなかったことです。この3つのタスクに注意を払うと、他のことが疎かになってしまい、かえって大きなミスをしてしまうこともあります。頑張って、何とか人に迷惑をかけないようにしようと思うのですが、そうすると非常に疲れてしまいます。

これを、
君は怠け者なんだね、とか。
君は性格が悪いんだね、とか。
君は自分さえ良ければいいんだね、とか。
そんな風に言われてしまったら。
きっと、そこで感じるのは、淡い絶望なんだと思います。

今日のワークショップで言うならば、私の方向音痴は私の脳の特性です。
私が1人の時間を愛するのは、私の脳の特性です。
私が集中し過ぎてしまうのは、私の脳の特性です。
私の性格とは、関係ないのです。

彼女がお肉を食べられないのは、彼女の味覚の特性です。
キュウリしか食べられないのは、彼女の味覚の特性です。
ネギが入ったひき肉が食べられないのは、彼女の味覚の特性です。
彼女の性格とは、関係ないのです。

申し訳無さそうにしていた、彼女の顔が浮かびます。
もっと違った付き合い方があったはずなのに、私はそれを探すことを放棄していました。
「一緒にご飯行こうよ!」と誘ってくれたのは彼女の方でした。
あの時、どんな気持ちだったのでしょうか。
「ごめん、食べられない」と言った時、悲しそうにしていました。
あの時、どんな思いだったのでしょうか。

○○○

ワークショップの最後に出てきた言葉に、「遠い他者について想像する」というものがありました。
理解できる距離まで近付くのではなく、遠い「あなた」のことを、遠いままで想像すること。
「その気持ち分かります!」ではなく「あなたはそうなんですね」という相槌を手に入れること。

不思議です。
発達障害について学ぶはずが、いつの間にか自分について学んでいました。
でも、相手の「特性」と「性格」を分けて考えること、これはニューロダイバーシティに必要な見方な気がします。

ワークショップは全部で3回。
まだ1回目が終わったばかりです。
この後、どんな学びが待っているのでしょうか。
願わくば、「分からなくても怖くない」そんな自分が見つかりますように。

そして、もう連絡先も分からない彼女と、いつか一緒に具なしの焼きそばを食べる未来があったらいいな、と思います。
意外と美味しいね、とか言いながら。

あっ、違った。
あんまり美味しくないじゃん、でも良いわけですよね。
同じ焼きそばを食べながら、美味しいと言う彼女と、美味しくないという私が、一緒に笑えていたらいいな、と思います。


<了>










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