CQ(セントラルクエスチョン)について
物語の定義が「主体がある時間を経験して変化すること」という前提で話を進めると、大きくは、スタートとゴールでどういう変化があったかという話になり、何がどう変化したかということが意味をもちます。
基本的には、物語は最終的にどうなったかということを見届けるもので、それがはっきりする瞬間をクライマックスという言い方をします。
クライマックスとは、物語の序盤で振られたある種の「期待」みたいみたいなものへの着地(アンサー)であり、この「期待」が発生する瞬間というか、クライマックスに対応するものをCQ(セントラルクエスチョン)と呼んでいます。
CQとは例えば、「果たして迷宮の謎は解けるのか?」とか「果たして二人は無事に結ばれることができるのか?」のように、物語がどう進んでいくのか、その道標となり、クライマックスを暗示するものです。
つまり、CQの結末がはっきりする瞬間がクライマックスで、このCQ→クライマックスに至る変化が「ストーリー」そのものということになります。
私はこのCQがストーリーメソード的にいうと最重要概念、最重要スキルと思っていて、以後、基本的にはCQをベースに全てを説明するといっても過言ではありません。
CQはwikipediaなんかによると、「主体が成し遂げなければいけない目的」というような書き方もされていますが、つまり受け手には「果たして主体は目的を達成できるだろうか?」という形で提示され、基本的にはこれを見届けるべくストーリーは進んでいくということになります。
逆にいうと、このCQに魅力を感じなければ最後までみたいと思わないですし、映画の予告編などは、基本的にこのCQを提示して、それを見たいと思わせるのが最も重要な目的と言えます。
だからCQに魅力を感じないと、その物語に入っていこうとは思わないですし、当然クライマックスまで辿り着いてもらえるはずもありません。
さらに言えば、つまらないとチャンネルを変えてしまう的な感じで、今の時代、最初に心を掴めないと受け手はすぐに離れていってしまうので、できるだけ早くこのCQを提示して、最後まで見たいと思わせることが何より重要です。