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連載:メタル史 1985年⑨Sacrilege / Behind the Realms of Madness 情報編

Sacrilege(サクリレージュ、サクリレッジ)はUKのクロスオーバースラッシュ/クラストコアバンドで、いわゆる「80年代メタル特集」などではあまり名前を見た記憶がありません。僕自身、今回メタル史を振り返っていく中で初めて知ったバンド。RYMで2000件以上のVoteがあり、平均点数3.7越え。マイナーなサブジャンルですが、クラストパンクとスラッシュメタル/デスメタルが融合したStenchcoreというジャンルがあり、その中で代表的な名盤とされています。そもそもクラストパンク(クラストコア)というジャンル自体、アナーコパンク(社会・政治的なテーマを持ったバンド)とD-Beat(メタル由来の激しいドラミング、Dischargeスタイルのビート)が融合したもので、メタル寄りのハードコアパンク。その中でStenchcoreというのはさらにメタル寄りというか、歌詞のテーマが社会・政治的に限らず悪魔とか魔術とか、いわゆるメタル的なもの。また、音楽性的にドゥームメタルの影響も出てきています。歌詞にも音楽性にもヘヴィメタルの要素が強め。本作はより細かく言えばStenchcoreに分類されます。

Sacrilegeはイギリスはバーミンガム、Black SabbathJudas Priestと同じ街で1984年に結成されました。結成時のメンバーはLynda ”Tam” Simpson (ボーカル)、Damian Thompson (ギター)、Tony May(ベース)、Liam Pickering(ドラム)。の4名。特筆すべき特徴として、ボーカルが女性です。エクストリームメタルにおける女性ボーカルのパイオニア。もちろん、Girlschoolなどメタル界に女性アーティストはいましたが、これだけエクストリームな表現をする女性シンガーは初だったんじゃないでしょうか。ハードコア界にはすでにいたのかな。こうしたメタル界への女性の進出はUKの方が早かったですね。USではまだこの頃いないんじゃないかな。「ロックの歌姫」はいましたが、USのメタル界、エクストリームメタル界にはほとんどいないと思われます。知っている方がいたら教えてください。

さて、Sacrilegeは結成後、やがてドラマーをAndy Baker (ドラム)に変更。Thompson(ギター)とBaker(ドラム)はもともとバンドメイトで、Sacrilage以外のバンドを一緒にやっていて、デモも2本リリースしてました。ThompsonとBakerはSacrilege結成直前はThe Varukersというバンド(1979年結成で、1980年代初頭におけるUKパンクの中のD-Beat系バンドの中では著名)に在籍。「Led to the Slaughter(1984)」と「Another Religion Another War(1984)」という2枚のEPを残しています。

Thompsonが先に脱退しSacrilegeを結成、あとからBakerも合流した形ですね。このラインナップで本作をレコーディングします。

1980年代のSacrilege、なんだか背景がGlam Metalっぽい
こっちの方が多分普段の恰好
左端はファン? バンドメンバー以外の人
出典
ライブではこんな感じ
出典

本作はD-Beat、メタルとハードコアの融合の最前線で活動するアーティスト達から生まれた作品。音楽的にもハードコアの要素が強いですが、特徴として歌詞がアナーコパンク的な社会・政治風刺のメッセージを指輪物語(ロードオブザリングス)と絡めて、ファンタジックに描いたこと。「Shadow from Mordor(モルドールの影)」なんて曲まであります。モルドール、は指輪物語に出てくる架空の国名ですね。ハードコア側からメタル(や70年代ハードロック、RainbowとかUriah Heepとか)へのアプローチ。単純に、メタルや70年代ハードロックも好きだったんでしょうね。こうした歌詞はアンダーグラウンド・パンク界では当時前例のないことで、彼らの初期のアルバム3枚すべてに引き継がれています。

このアルバムは、UKではブリストルを拠点とするレーベル、Children of the Revolution(COR)レコード(ティム・ベネットが運営するアンダーグラウンド・クロスオーバー・パンク/メタル・バンドを専門とする小規模インディーズ・レーベル)から。USではプスモート・レコードからリリースされました(限定版のブルー・ビニール盤50枚は、現在では貴重なコレクターズ・アイテムとなっている)。当時のアンダーグラウンドパンクとしてはそこそこ成功を収め、推定7000枚を売り上げた(そしてバンドはより多くの聴衆やレーベルの注目を集めた)とされています。それ以来、このアルバムはアンダーグラウンドのパンクメタル界でゲームチェンジャーとして広く認知されるようになり、様々な再発盤やブートレグを経て世界中で何千枚も売れ、数多くのバンドに影響を与えました。影響を明言しているのは後のメタル界で成功を収めるBolt Throwerや、Napalm Deathなどですね。3rd時点でSacrilegeに在籍していたギタリスト(兼ベーシスト)Frank HealyはNapalm Deathの創設メンバーでもあります(すぐに脱退し、後任がビル・スティア)。また、クラストコアとメタルを融合したHellbastardDeviated Instinctといったフォロワーも生みました。

本作は、1985年7月にバーミンガムのRich Bitch Studiosで録音されました。このスタジオは、当時多くのアンダーグラウンドバンドが利用していたことで知られています。後に、Napalm Deathもデビューアルバムをここでレコーディングしています。Sacrilege的な音を出したかったという説も。プロデューサーはMike Ivoryという人ですが、このアルバム以外ではあまり名前を見ません。

最近のSacrilege
彼らの公式Facebookより

バンドは1989年に3枚目のアルバムをリリースした後ひっそりと活動休止に。この間、ギターのトンプソンとボーカルのシンプソンはパートナー関係にあり、二人の娘がいます(この二人がバンドのすべての作詞作曲を手掛けている)。バンド自体は解散しておらず、休止中とのことですが、2014年に新譜のレコーディングが開始されたと告知があったものの結局リリースされず。ただ、ライブ活動は断続的に行っており、最新ライブは2023年。音源については現在も未発表曲集などが定期的にリリースされています。いつか新譜が出る、、、のかもしれません。ただ、そもそも3作目「Turn Back Trilobite(1989)」の時点でパンク/スラッシュメタルのルーツから離れ、フォークの要素を加えたドゥームメタルの音楽的方向性へと向かっていて、これは当時の同世代のバンドではほとんど前例のないことでした。常に「時代を先取りしすぎた」バンドでしたね。もし新譜が出るとしても、過去とはほとんど連続性がないものになるのかも。いずれにせよ、メタル界における特異点的な稀有なバンド。

※はじめて当連載に来ていただいた方は序文からどうぞ。



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1980年から2009年までの30年間のメタル史を時系列で追っていきます。各年10枚のアルバムを選び、計300枚でメタル史を俯瞰することを…

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