新しい音楽頒布会 Vol.2 Rina Sawayama/Hold The Girl
夏も終わり、台風とともに秋が来ました。今週はメタル系はあまり大きいリリースはなく凪。先週までMegadeth,Blind Guardian,Ozzy Osbourneと大物が続いていましたからね。今週おススメのアルバムはこちらです。
今週の目玉:Rina Sawayama / Hold The Girl
UKで活躍する日本人SSW、サワヤマリナのニューアルバム。1990年、新潟で生まれ、4歳の時に家族の転勤でロンドンに転居。それ以来UKで活動を続けていますが純粋な日本人。日本語も話せます。日本文化にも触れており宇多田ヒカルや椎名林檎などの1990年代J-POPを聞いて育ったそう。J-POPとUK音楽シーンの音像を融合させた独特な音楽を奏でています。いそうでいなかったアーティスト。
本作が3作目のアルバムで、UK3位、アイルランド5位、オーストラリア12位、日本36位と世界各地でチャートイン。なお、今週のUK1位は韓国のブラックピンクが獲得したようで、イーストアジアのアーティストが1位、3位に入るという週になりました。RINA SAWAYAMA本人が「イーストアジアの歴史的な週だ」とツィートしています。
女性であり、移民(UK在住の日本人)でもある彼女はその視点から描かれた曲が多く、「少数派の意思表明としての音楽(芸術)」を体現する存在。
前作「SAWAYAMA(2020)」に収録されたアジア人、日本人という先入観で見られることに対する抗議をうたった「STFU!」。この中で彼女は「Like the First Time,Please」と歌います。「初めてのように(先入観なく接してください)、お願い」。
UKを代表する音楽賞であるマーキュリー賞、ブリットアワードの2大賞は「UK国籍を持っていること」がエントリー資格であるため、RINA SAWAYAMAはエントリーされず。それに対する疑問の声を2020年にSNSに公開し、ハッシュタグ「#SawayamaIsBritish」は大きな波紋を呼びます。その結果、この2つの賞のエントリー基準に「UK国籍であること」が除外されました。本作がエントリーされるか注目されるところです。また、エルトンジョンはこの活動にいち早く賛同の声を上げ、デュエット曲を発表しています。
もともと音楽的にも評価が高いアーティストでしたが、こうした活動を通じて「少数派の代弁者」「主張する音楽家」としてのイメージを手にしたRINA SAWAYAMA。本作からは女性の解放をうたう「Hold The Girl」が最初のシングルとしてリリースされました。「家」に捕らわれた女性がそこから抜け出していく。
ここで描かれているのは女性だけでなく男性もともに踊っているところも意図を感じます。男女で対立しても仕方がない(人類が滅びる)。男性の中にある女性性もあるわけで、既存の価値観からの脱却、「家」からの女性の解放をディスコ調のサウンドに乗せて高らかに歌い上げます。
本作の特長はアッパーでディスコ調なこと。音だけ聞くとかなりキャッチーです。そこに、J-POP的な「ちょっとしたコードの転調を含む、複雑なボーカルライン」が乗る。もともとUSに比べればUKの曲はメロディアスといういかボーカルメロディの起伏が激しく日本の音楽シーンに近いのですが、その中でもかなりJ-POP的な音作りに接近しています。Hold The Girlの最初の出だしなんか宇多田ヒカルの新譜にかなり近い。宇多田ヒカルも現在ロンドン在住なので当然の帰結なのかもしれませんが、UKの音楽シーンにおける存在感で言えばRINAの方が大きいですからこうしたJ-POPの手法を取り入れたサウンドがUKの中でインパクトを与えたということでしょう。
他にもJ-POPっぽいメロディを持った曲がいくつかあり、MVが作られた曲はどれもみなそうした色を持っています。「Hurricanes」という曲は高音で畳みかけるようなサビが連続する。この「明らかに歌っていてきつそうなボーカルライン」って、考えてみるとJ-POP的な気がします。
こちらの「This Hell」もJ-POP的な「カラオケで歌えるメロディ」がある佳曲。なお、「この地獄をあなたと共に生きよう」的な表現があるのですが、そこで相手方として出てくるのがアジア系でも白人でもなく黒人。こういうところは意図を感じます。
アルバム全体として言えば1曲目はオープニングで2曲目、3曲目とJ-POPにも通じるメロディアスな曲が続き、中盤は今のUK音楽シーンのとがった感じというか緊迫感がある曲調。J-POP感は薄れます。後半、「Hurricanes」からまたメロディアスになり、移民の物語と思われる「Send My Love To John」へと続く。そして高らかに歌い上げる「To Be Alive」で幕を閉じます。「To Be Alive」はちょっとMISIA的ですね。
他にいくつか面白い曲を。今のUKのポストパンクムーブメントと連動したようなサウンドが面白い「Frankenstein」。フランケンシュタインは愛を探した怪物で、ただ一人の種である自分の相手を作ってもらおうと創造主たる博士に迫るがその願いはかなわず消えていく物語。この曲ではそれをモチーフに「もう怪物にはなりたくない」と愛を求める気持ちを歌っています。この曲は今のUKの音楽シーンならではの音像だと思います。
こちらはイントロが少しエスニックな「Your Age」。途中からは今のUKっぽいR&Bなメロディにニューメタルを混ぜたような音像に。ニューメタル的な音像を取り入れるのはUSではPoppyを筆頭に2019年ぐらいから静かなブームになっていますね。
アルバムを流して聞いているとけっこう耳に残るのがこちらのSend My Love To John。それまでディスコ調、クラブ調のサウンドだったのが急にアコースティックになるので落差があります。歌詞は移民の親が自分が国を離れて出てきた記憶と、(おそらく差別された結果として)道を踏み外してしまった息子に贈る祈りや愛の言葉という物語。
アルバム全体としては主義主張やアーティスト性がしっかりとありつつ、全体としてはかなりアッパーなポップサウンド。力強い抜け感があり、一皮むけた感覚があります。おススメ。
なお、日本ではAvex Traxと契約しており、最近のAvexはメディアとのタイアップよりフェスへの出演、ライブ活動に力を入れている印象。あとはSNSでしょうか。サマソニに出演したし、来年には来日公演も決まっているということで今作をきっかけに日本での存在感も増していく気がします。ちなみに本国での所属はDirty Hit。このレーベルにはほかにThe 1975、Wolf Alice、beabadoobee、Pale Wavesらが所属しています。
おススメ1:Little Big Town/Mr.Sun
USのカントリーポップバンド、リトルビッグタウンの8作目。1998年から活動するベテランの快作。エバーグリーンなポップスで、音作りも明朗かつオーガニックなバンドサウンドです。しっかりと引っ掛かりや熱量が感じられ、アルバムを通して聞くとライブを観たような満足感を得られます。最後までしっかりと良曲と熱が込められたアルバム。夏の終わり、秋の始まりにフィットする1枚。
おススメ2:The Devil Wears Prada/Color Decay
USのメタルコアバンド、デヴィルウェアーザズプラダ(プラダを着た悪魔)の8作目。ハードコアの荒々しさ、フレッシュさ、新鮮さを余すことなく詰め込んだ作品で、メタルというよりハードコア的なサウンドながらしっかりメタルの構築美やメロディもあり、大衆性もあるという見事なバランスの作品。ポストハードコア寄りですね。こういうジャンルってさじ加減が難しいんですがこれは繊細なバランスの上に成り立った良作だと思います。辛口で知られるRYMのユーザーレビューも3.49と高め(この後レビュー数が増えていけばもうちょっと減るかもしれませんが)。基本的にこういうメロディアスなメタルコアってあまりRYMの評価は上がらないんですが(もっと極端なものが好まれる)、そこでも一定の評価を得られるクオリティ。1曲目からかっこよさに耳が驚きます。今週はほかにもDestrageやElectric Callboyのニューアルバムといってメタルコア界隈の注目のリリースがあったんですが、その中ではこのアルバムに一番耳を惹かれました。サウンドの荒々しさが効いてくるんですよね。クリスチャンメタルコアと呼ばれるジャンルらしく、歌詞は神や聖なるものに対するものが多い様子。この曲もそうした「内面の力」「聖なるもの」といったテーマが扱われています。鼓舞するような力強さがあるのはそのテーマ性もあるのかも。サウンドの攻撃性はありますが、いわば牧師の説教みたいな内容を歌っているのでどこか前向きです。
おススメ3:Lillian Axe/From Womb to Tomb
リリアンアクス、90年代メタラーにとっては懐かしい名前でしょう。ニューオーリンズ出身ながら90年代初頭はLAで活動し、LAメタル(グラムメタル)の一派にとらえられたこともあるバンド。実態としてはUSパワーメタルとプログレを併せ持ったような音楽性で、独特なメロディセンスを持っています。活動をずっと続けていたようで本作は10年ぶり、10作目のスタジオアルバム。一聴して思ったのは「SAVATAGEみたいだな」という感覚。いや、もちろんそれぞれ特色があるんですが、ああいうUSパワーメタル+プログレメタル的な雰囲気があるんですよね。ドラマ性もあるし。ちょっと大味で力業(その分わかりやすい)ドラマなのもUS感。Shadow GallaryとかSpock's Beardとかにも通じるところがあります。USプログレメタルというとドリームシアターが真っ先に浮かびますが、違う流れのプログレ。Fates Warning~Queensrÿche、Savatageの流れというべきか。W.A.S.P.もCrimson Idolだけはこっちの系統ですね。ああいう世界観が好きな人はぜひ聞いてみてほしい1枚。タイトルは「子宮から墓石まで」ということで「ゆりかごから墓場」とほぼ同じですね。誕生から死(というかアセンション=高次元への移行、という意味なので死か転生を意味していると思われる)を描いたコンセプトアルバム。けっこうわかりやすくシーンが音で描かれます。
おまけ:Holy Dragons/Jörmungandr - The Serpent of the World
B級メタル感がありますが、その筋の方には堪らない1品。カザフスタンで1995年から活動するベテランバンド、ホーリードラゴンズの新譜。コンスタントに活動を続けておりアルバムも多数出しています。ボーカルがいかにもB級的な金切り声なんですが、随所にメタル愛を感じるんですよね。メイデン的なリフやメロディのアプローチも出てくるし、ニヤリとしてしまうシーンが多数。メタルが盛んではないであろう土地でずっと活動を続けている凄みを感じます。続けるということは大変なことで、本当に好きでないと続かないと思うんですよね。バンドで食べていけるわけでもないだろうし。かなりのメタルマニアであろうメンバーのこだわりが詰まった1枚。プロダクションも(当然、粗はあるものの)予想外に良好です。
以上、今週のおすすめアルバムでした。Rina SawayamaとHoly Dragonsを同時におススメしている記事は世界中でここだけでしょう(そりゃそうだろ)。両方好きになる人がどれだけいるかわかりませんが、世の中にはいろいろな音楽があり、それぞれの物語があります。それでは良いミュージックライフを。