なぜメタルアーティストは高齢化しているのか ー メタルは「大人の音楽」に
メタルアーティストの高齢化、メタルファンの高齢化という話をちょくちょく目と耳にします。先日もこんな記事がありました。
この記事が良くまとまっていて問題点が分かりやすいので、ここで最後に問いかけられた
という部分。これはラウドパークのヘッドライナーでも言われていましたよね。ヘッドライナーに若手を据えられない、若手にすると集客が落ちる、的な話。だからヘッドライナーが枯渇してきたということが少なくとも10年ぐらい前から言われていた問題な気がします。「またSlayerがヘッドライナー」問題と言ってもいい(別にSlayerが不人気とか悪いわけではなく、他にヘッドライナーがいなかったのでSlayerが立て続けにヘッドライナーになった問題)。この問題について、改めて今の僕なりに考えを書こうと思って記事を書き始めたんですが、書いているうちにあることに気が付きました。それは
「メタルアーティストやメタルファンが高齢化していることって、悪いことなんだろうか?」
ということ。いや、別に誰も「悪い」とハッキリ言わないんですが、それによる問題点って「若い人が聴かなくなる=長期的に見るとシーンが縮小する」って懸念ですよね。これ、本当にそうなのかなと。
見方を変えると、「メタルは若者の音楽、若いうちしかできないし、聞かない」と思われていたのが違った、ということですよね。今や実態として「メタルは大人の音楽」である。それは「年を重ねても演奏できるし、聞くだけの魅力がある」音楽だと言えます。高齢化が特に進んでいる、ということは「ベテランアーティストが活躍し続けている」「ファンもメタラーであり続けている」ということなんじゃないか。むしろこの2点はメタルという音楽ジャンルの特長とも言えるんじゃないか、と思ったんですよ。だから、メタルシーンを活性化させるには「若者のファンを増やす」より「30代、40代のメタラーを増やす」方がいいんじゃないか、と今僕は思っています。
まず、「なぜメタルが特に高齢化しているのか」という最初の問いに対する考えをまとめます。
1.「メタル」が高齢化の筆頭
最初の記事は「ラウドロック」と括っているけれど、特に高齢化しているのは「ラウドロック」の中の「メタルアーティスト」である。メタルは何度か大きく音像が変わっていて(だからそれらをひっくるめる「ラウドロック」なる造語が必要になった)、それぞれ客層が違う。「ラウドロック」の中で一番集客があるのが「メタル」なので、結果として高齢化している(※「ラウドロック」と「メタル」については長くなるのでまた別記事で)。
2.「メタル」は伝統芸能化
メタルは「型」の音楽となり、落語や歌舞伎のように(短期間で)伝統芸能化し「名人芸」が貴ばれる。だから新世代が出てきても人気の序列が維持される。こうしたリスナーの期待に応えるように、メタルシーンには創作意欲が盛んなベテランが多い。「名人芸」を披露し続けるベテランの存在がメタルシーンを支えている。
3.新世代はマニア向け
新世代は「型破り」を行うことで新規性をアピールするが、それがどんどん過激な方向に行っている。エクストリームメタルやメタルコアはいわば「めちゃくちゃ辛いカレー」や「苦いビール」みたいなもので、すでに愛好している人向けであり初心者向けではない。そのため商業的に大きなムーブメントになっていない。ファン層の世代交代は緩やかに起こっているが、そうした若いリスナーの入り口になっているのは最近のアーティストではなくベテランアーティストの80年代、90年代、00年代の「名盤」であることが多い。だからベテランアーティストを頂点とする人気のピラミッド構造が変わらない(むしろ強化される)。
4.メタルはある世代に結びついたライフスタイル
メタルは単なる音楽ジャンルを越えてライフスタイルになっている。それゆえに年齢を重ねてもメタルを聴き続けるリスナーが多い。アーティストと共にファンも年を取る。同時に、社会背景としてメタルやラウドロックの主要なリスナー層である欧米の白人の人口構成(年齢中央値)が上がっている。40代以上が人口に占める割合が高い。結果として一番人口が大きい世代に「メタルファン」が残っていて、アーティストと共に年齢を重ねている。特定の世代に結びついた文化という見方ができる。
この辺りが「高齢化している理由」でしょうか。個人的にはやがて世代交代はしていくと思いますが、同時に「トリビュートバンド」が一定数出てくるような気がします。「クラシックな名曲」となっている80年代、90年代の曲をカバーするバンド。すでにメタルシーンではカバーアルバムのリリースラッシュによってそうした流れが起きつつありますが、もっと「アイアンメイデンのコピーバンド)」とか「ブラックサバスのコピーバンド」とか、特定のバンドに特化したバンドが出てきてフェスの常連になっていく。そうした専用のステージが出来たり、専用のフェスが出来ていくかもしれません。ちなみにこうしたバンドはすでにいくつか出ていて、たとえばアイアンメイデンのコピーバンドのThe Iron Maidens(全部女性のメンバー)。
他、ラウドロックではありませんがピンクフロイドのコピーバンド「Brit Floyd」はライブで人気。あとは若手アーティストがYouTube等で「(過去の名曲を)歌ってみた」動画で知名度を上げることも多くあります。例。メタルが伝統芸能化し、「型」が重視されるという特性はクラシック音楽に類似しているので、こうした「過去の名曲を演奏する」「(作曲者より)演奏者の比重が大きくなっていく」ことがいち早く起きていくと思いますね。
さて、以上で本記事の骨子は終わりです。下記は思ったことをつらつらと。
もう少し最初の結論を、いくつかの要素で補足しておきます。まず、メタルシーンは時代時代で大きく音像が変わった。だいたい70年代、80年代、90年代、00年代で大きなムーブメントが起き、それぞれファン層も異なっています。いわゆる80年代が第一次HMブームで、90年代はグランジオルタナ。ここの間で音像が変化してファン層も大きく入れ替わった。音像だけでなくテーマも変わり、ファンタジーや”ロックスター”としてのキャラクター性が強いアーティストが80年代までの主流だったのに比べ、90年代になると等身大で内面をさらけ出すようなアーティストが増えます。ただ、そうした90年代のアーティストは瞬間風速が大きかった分失速も速かった。2010年代からはメタルフェスティバルが盛り上がり、ストリーミングサービスで旧譜が新譜より聞かれるようになって、ベテランアーティストの再評価、旧譜・名盤の再評価が高まってきた。そこで70年代、80年代のバンドの復権が起きているのが現在です。90年代的な「内面の吐露、激情の吐露」系のバンドは活動を続けていくのがしんどかったのも一因かもしれませんね。そんなに自己開示していくとすり減るし、スターとして成功していく中で「激情の咆哮」も嘘くさくなっていく。むしろ「若者の音楽としてのラウドロック」というのは90年代的なものかもしれません。70年代、80年代のメタルは冷静に見れば「演奏が上手く、きちんと製品化された高品質な音楽であった」ものがほとんど。それがどれだけ激しい表現を伴ったとしても(デスメタルとか)、基本的にはプロフェッショナルでコンセプトが考えられたものです。
もともとどんな音楽形式にも”様式”がありますが、ヘヴィメタルはその様式が強い、ファッションやライフスタイルまで含めたものです。それゆえに様式美が生まれ、落語や歌舞伎のように「大衆芸能かつ伝統芸能」に短期間で成り上がっていった。もはやメタルは「伝統芸能」という側面があります。落語界だと真打はベテランだし、年を取っていることに違和感がない。メタルも同じ構造。このように伝統芸能化しているから、大物、ベテラン、いわば「人間国宝」みたいなベテランがヘッドライナーなのは「伝統芸能」的なピラミッドがきちんと機能しているから。「型」が重視される音楽なので、「先人を否定し、新しいものを作る」より「ベテランをリスペクトする、”ヘッドライナーの○○に影響を受けました!”というスタンスでヘッドライナーを立てる方が受け入れられやすい」ということがある。特にメタルというジャンルは「誰に影響を受けたか」が重視される気がするので、そこでよく名前が挙げられるバンドはいくつかに集約される(=それが今のヘッドライナークラスになっている)一因だと思います。
また、何度か書いているようにラウドロックシーンの縮小自体は人口動態もあると思います。若者が減っている。逆に、「メタルシーン」、ひいてはメタルフェスティバルが盛況(”メタル”色が強いフェス、たとえばドイツのWackenなどはチケットの売れ行きがめちゃくちゃよくてすぐソールドアウトです。逆にラウドロック色が強いダウンロードなどは苦戦)。これは狭義の「ラウドロック」=いわばグランジムーブメント~NuMetalを起点としたような音楽は「若者」色が強く、年を経るにつれてファンが聞かなくなったのでしょう。メタルはそうではなかった。年を重ねても聞くに堪える音楽だった。
また、思うのはもともと”若者”ってそんなにはっきりしたものではないんですよね。何度か書いていますが「若者」ってマーケティングセグメントであり、1955年ぐらいから、ロックンロールの台頭によって出てきた分類なんですね。それまでは「子供」と「大人」だった。子供服、大人服はあったけれど、「若者向けのファッション」とか「若者向けの音楽」みたいなものはなかったんです。「未成熟の大人」とか「大人びた子供」はいたけれど、「若者」という特定の文化はなかった。だから「若者向け」というのは曖昧なんです。で、ファッションとかで言われる「若者をつかむとブームになる」はすでに今の時代に即していないんじゃないか。今や「30代後半~40代」ぐらいがトレンドセッターな気がします。人口も多いし、勢いもある。かつては「若者文化が先を走り、それをミドル層が受け入れた」のが逆転している気もする。少なくとも音楽で言えば若者も旧譜を聴いているわけで、ミドル層、30代や40代、50代が聞いてきた音楽を魅力的に感じる10代、20代が多くなっている気がします。「10代、20代だけのもの」は、少なくとも音楽では非主流である。だから、僕は1リスナーの立場ですが、仮にメタルの未来というものを考えるなら「若者が少ない」ことはそんなに嘆くことじゃなく、むしろ30代、40代の人たちにいかにメタルを知ってもらうかが重要なのだと思います。
多分、メタルのファン層そのものは一定の割合で若者も入ってきている。だけれど、若者が最初にメタルに触れるのはベテランバンドの過去の作品であることが多い気がします。僕が選んでいる「13歳~22歳までのメタル入門」も同じ視点に立って選んでいる。「入門」と考えたときに2010年代以降のバンドはなかなか選出しづらい。なぜなら「過去の過激音楽」を踏まえたうえで「より新しい過激さ」を求めているからで、要は「めちゃくちゃ辛いカレー」とか「めちゃくちゃ苦いビール」みたいになっている。入門編ではなく愛好家向け。そうでない一般向けのバンドも存在するが、そうなると過去のバンドに類似してきます。先ほど言ったようにメタルは「型」が確立されつつあるので、その「型」にはまっていれば「そもそもその型を生み出したオリジネイターの魅力」になかなか勝てない。結局「ある程度過去の名盤を聴き終えた愛好家向けの新譜」になりがち。だから、「同時代の若者」があこがれるような若手ミュージシャンはメタルシーンからはなかなか生まれてきません。
また、「13歳~22歳までのメタル入門」シリーズを書いてみて改めて気が付いたんですが、そもそもメタルアーティストで25歳以下に大成した人って少ないんですね。やっぱり脂が乗ってくるのは20代後半~30代、そして今や40代、50代で創作意欲がピークのアーティストがたくさんいます。そういう「大人が本気で作り、本気で楽しんでいる音楽」としてのメタルシーンが続いていけば、勝手に若者は入って来るんじゃないかなぁ、という気もしています。
最後に、やはりメタルシーンで大きいのは「ベテランのメタルアーティストがバリバリ現役なバンドが多い」ということ。これも実はメタルシーンの特色かもしれないなぁと改めて思います。もちろんロックシーン全体を見ればベテランで元気なアーティスト(ブルーススプリングスティーン、ボブディラン、ポールマッカートニー等)はいますけれど、メタルシーンは特にそれがメインストリーム、ど真ん中に鎮座している。メタリカ、メイデンとか大ベテランなのにまだまだ創作意欲があるし、オジーやジューダスプリースト、スコーピオンズの新譜も攻めた内容です。その下の世代より普遍性と説得力のある作品を出しているから、これは凄い。伝統芸能としての「型」を名人がさらに先に進めている、その下の世代は自分たちなりの派生を生み出しているがまだその「名人芸」に及ばない、という構図に見えます。ただこれは数バンドの超人的なベテランアーティストたちによる属人的なものだとも思います。そうしたバンドたちは「あいつが頑張ってるなら負けてられんな」と切磋琢磨している印象もある。そういう世代が引退した後、空洞化するのか次の世代が同じような地位に就けるのかは現時点では正直分かりません。たぶん、客層自体が変わる。たとえばアイアンメイデンやメタリカが引退したら同時に新譜を聞かなくなる、フェスやライブからも引退する層が一定数いるだろうとは思います。ただ、こうしたアーティストの旧譜が聞けなくなるわけではない。そうした”古典”が聞き継がれ、演奏者の地位が上がっていくんじゃないか、というのは最初の方に書いた通りです。
もっと視点を拡げると、正直、将来的にメタルシーンが続いていくかは分かりません。先に述べた様な人口動態を見ると、年齢中心値はどんどん上がっていく。世界最大の音楽市場であるUSは多民族国家なので、その中でも黒人とラテン系の年齢中央値が低いだろうから、ヒップホップやラテン音楽がこれから若者音楽の中心になっていくだろうと思います。特に人口動態から見ればラテンが伸びていくと思う。USではラテン系の人口比率が増えていくし、それはつまり若者が多い(人口が増えている)ということなので。
先日の記事でも書いたけれど「私たちの世代は思っている以上に私たちだけのものなのだ」と感じるようになりました。たぶん、200年後のwiki(的なもの)には、ロックミュージックについて「20世紀、1950年ごろから1960年ごろに発生した英語圏を中心とする大衆音楽運動であり、主に英語を話す白人男性を中心に聞かれた。50年ほど若者文化に多大な影響を与えた。」といったような形で歴史の一つ、ある意味「その時代のある地域の大衆音楽(=民族音楽)」の一つとして記述されるのだろう、とも思います。メタルやパンクはその「ロックという民族音楽の中の一つ」として記述されるだろう。
急激になくなりはしないけれど、形は変わっていく。今の「ラウドロック」は「メタル」という呼び名に当てはまらないから「ラウドロック」になったように、その音像は変化していき、いつしか中心点が変わっていく。今のメタルシーンを牽引している世代が引退した後は今の「ラウドロック」、メタルコア勢が中心になっていくのだろう。その時はそうしたものが「メタル」として再定義されるのか、あるいはそこで呼び名としてのメタルも途絶えるのかは分からない。ただ、それまでフェス文化が継続するか分からないし(今回のコロナ禍はまさにそうした可能性を具現化するものだった)、まったく違う音楽体験が主流になっているかもしれません。
まぁ、なので現時点でメタルシーンの活性化のためには「大人のリスナーを増やす」ことだと思いますが、もっと広い視点で見れば「今のメタルシーンは今だけのものなので、楽しめるうちに全力で楽しみましょう」というのが僕の今考えていることですね。それでは良いミュージックライフを。