連載:メタル史 1980年⑨Angel Witch / Angel Witch
N.W.O.B.H.M.というムーブメントは改めて振り返ってみるとパンクムーブメントに近いところも多く、青田買いに近いもの、ただ荒々しいだけの作品も散見されました。そうした中で時代の評価を超え、名盤とされるアルバムだけが現在に残っている。このアルバムもそんな1枚です。
Angel Witchは1976年にロンドンで結成されます。中心人物はギター兼ボーカルのケビン・ヘイボーン。当初はギタリスト2名の4名体制でしたがギタリストが脱退し、トリオ編成でメンバーが安定。初期のN.W.O.B.H.M.の重要なコンピレーション、Metal For Muthasに曲を提供し知名度を高め、EMIと契約します。
この頃のUKロックシーンを少し振り返ってみましょう。1977年、ロンドンパンクムーブメントの象徴とも言えるSex Pistolsがデビューアルバムをリリースし、1978年にバンドは実質的に解散。パンクムーブメントはポストパンク、ニューウェーブへと拡散していきます。その中でN.W.O.B.H.M.も静かに盛り上がりを見せる。Heavy Metal Soundhouseのニール・ケイやSound誌のジェフ・クーンズのもとに様々な音源が届き、Neat Records、Heavy Metal Records、Ebony Recordsといった独立系レーベルが林立、N.W.O.B.H.M.系のコンピレーションアルバムが多数リリースされます。それらが話題となり、参加アーティストたちがより大きなレコード契約を獲得していく。最初にSaxonが国際的に流通するレーベルであるカレレ・レコードと契約し、続いてDef Leppardが1979年8月にフォノグラムと契約、Iron Maidenは1979年12月にEMIと契約します。さらにEMIは1980年にニール・ケイがコンパイルしたアルバム「Metal For Muthas」をリリース。これはデビューアルバムリリース前のIron Maidenが2曲提供。Angel Witchも「Baphomet」(もともと本作には未収録だけれど2000年バージョンの再発盤には収録)を提供しました。このコンピレーションに参加したバンドの英国ツアーで市場を試し、好評だったことからN.W.O.B.H.M.に商業的な機会を見出してAngel Witchとも契約します。
なお、「Muthas」というのは最近はほとんど見かけませんがメタラーを指すスラング。いわゆる「メタルヘッズ」とか「ヘッドバンガー」と同じような意味です。ちょっと語源が分かりませんが、Muthaとは英語で「醜くてデカい母ちゃん(お前の母ちゃん出べそ的な?)」という悪口、スラングだそう。ここから転じてクールなものを指すこともあるようですが、、、なぜこれがメタル愛好者と結びついたのかは謎です。綴りが同じだけで違う言葉なのだろうか。いずれにせよ、1980年ごろに「Muthas」と言う単語が出てきたら「メタル好き」という意味で使われています。
で、そんなMetal for MuthasはUKチャートで12位まで上昇。これが1980年2月のリリース。そして1980年4月にリリースされたIron Maidenのデビューアルバムは4位まで上昇。他にも今まで紹介したようなアルバムが次々とチャートインしてきます。期待の中でリリースされたAngel Witchのデビューシングル「Sweet Danger」は1週間だけ75位(当時のUKチャートの集計される最下位)ですぐに下落。後にギネスの「もっとも商業的に成功しなかったチャートアーティスト」に選ばれるなど商業的には期待外れ。シングル1枚にして契約を喪います。当時はケン・ヘイボーン(名前からしてケビンヘイボーンの親族?)がマネージャーを務めており、EMIとの契約に抵抗した、とも。捨てる神あれば拾う神ありで、契約を喪ったバンドは今度は(当時Motörheadも契約していた)Bronze Recordsと契約。デビューアルバムとなる本作をリリースします。
本作はリリース当初は商業的成功を収めることはできませんでしたが音楽的には高い評価を得て、その後のスラッシュメタルやドゥームメタル、エクストリームメタルに幅広い影響を与えたアルバムであり、N.W.O.B.H.M.の重要なアルバムの1枚とされています。Angel Witch自体も活動を断続的に継続、途中かなり長い活動休止期間を挟みましたが2009年からは安定して活動を続けています。2000年代後半にこうしたベテランバンドが再評価された、N.W.O.B.H.M.などのマニアックな名盤に再び陽が当たるようになったのはストリーミングサービスやYouTubeなどで昔の音源にアクセスしやすくなったのもあるのでしょう。それまでは時々再発されるCDやLPしか音源に触れる手段がなく流通量が少なかったので。
※はじめて当連載に来ていただいた方は序文からどうぞ。
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