1.IRON MAIDEN / 2 Minutes To Midnight
洋楽の歌詞の邦訳を通じて、いろいろな世界を観ていこうと思います。第1回目はIRON MAIDENの「2 Minutes To Midnight」を。この曲のモチーフは世界終末時計で、「MIDNIGHT」とは人類の破滅のこと。世界終末時計は日本への原子爆弾投下から2年後、核戦争への恐怖が高まり、危険性を可視化して訴えるために冷戦時代初期の1947年にアメリカの科学誌『原子力科学者会報』(Bulletin of the Atomic Scientists) の表紙絵として誕生したものです。以後、同誌は定期的に「時刻」の修正を行っており、人類滅亡の危険性が高まれば分針は進められ、逆に危険性が下がれば分針が戻されます。1989年10月号からは、核兵器からの脅威のみならず、気候変動による環境破壊や生命科学の負の側面による脅威なども考慮して、針の動きが決定されているそうです。
それでは早速歌詞を訳していきましょう。
2 Minutes To Midnight / IRON MAIDEN
金のために殺すのか、打ちのめしたくて撃つのか
いや、俺たちには理由なんか必要ないんだ
黄金のガチョウ※はすでに野に放されたから
狩りが終わることはない
※黄金のガチョウ=グリム童話の「黄金のガチョウ(Die goldene Gans)」に出てくる、金色に輝くダチョウ。欲に駆られてダチョウを奪おうとすると体がくっついてしまい、次々と欲に駆られた人たちが行列になってしまう。
傷つけられた誇りがいまだに心の中で燃えている
これは見せかけだけの血塗られた反抗だ
俺の銃は多くの楽しみのため
生き地獄を愛するために
殺人者の血が流れているのか悪魔の子種か
魅了、運命、苦痛
再び戦争に行く、血は自由の錆
あなたは私の魂のために祈ってくれないのか?
真夜中(終末)まであと二分
破滅への脅威となる両手
真夜中二分前
胎児(未来)を胎内で(生まれてくる前に)殺すために
盲目の男が叫ぶ
”怪物(人間)を放て!
信じぬものに思い知らせてやる”
火炎弾で炎に包まれた人間が悲鳴を上げ
ベルゼン(ナチの収容所があった場所)の饗宴は最高潮
大虐殺の理由は彼らの肉を切り肉汁を舐めること
俺たちは戦闘機械の顎にオイルを差し
自分たちの赤ん坊たちを餌として与える
●★繰り返し
死体袋と二つに引き裂かれた子供たちの小さなぼろ切れ
そして最後まで正義を訴えていた人々のゼリー状の脳
狂人たちの言葉遊びで俺たちは踊らされたようだ
より優れた銃を作るため多くの人を飢えさせるなんて
●★繰り返し
真夜中
真夜中
真夜中
それは一晩中
真夜中、一晩中
■解説
この曲は1984年の彼らの5枚目のアルバム、「Powerslave」の二曲目に収められた曲で、シングルカットもされました。ブルース(Vo)が加入して3枚目のアルバムで、ブルース/スミスのコンビもこなれてきた頃(メイデンの作曲の変遷については「作曲者でみるIRON MAIDENの歴史」も参照)。この曲の作詞はブルースでしょう。ブルース・ディッキンソンと言う人は才能あふれる人で飛行機のプロパイロット、フェンシングの英国代表、小説家など様々な顔を持っています。プロの小説家としてデビューしているだけあって言葉遣いが独特。ダブルミーニングや比喩などが駆使されており、多義的に解釈できる内容になっています。初めの方に出てくる「The golden goose is on the loose」あたりは言葉遊びの要素もありつつ、Golden Gooseというグリム童話のモチーフを持ってきて多重な意味を畳みこんでいる。ブリッジの「The glamour, the fortune, the pain」というフレーズもなかなかすごい。単語の羅列で、「魅了、幸運、痛み」なのですが、戦場における兵士の心理の変化を端的に言い表しているようにも思います。血や暴力に酔い(良くも悪くも正気ではいられない)、幸運にも生き延びることができ、そして負傷して痛みを感じる。そこから次のフレーズの「Go to war again」は、負傷兵が再び戦場に戻っていくとも受け取れる。短い単語の積み重ねながら物語性を感じます。もっとも、そうした多義的に取れる文章の書き方なので、「どうとでも取れる難解さ」もありますが。
コーラスの最後「To kill the unborn in the womb」はなかなか猟奇的なフレーズ。直訳すると「胎内の胎児を殺すために」です。「(まだ生まれていない=)未来の可能性まで殺す」みたいな意味なんですが、このワードのチョイスは怪奇趣味的で確信犯でしょう。「womb」を朗々と歌い上げるのが痺れるポイント。単語だけ直訳すると「子宮」ですからね。
2番に出てくるフレーズ「“Let the creatures out We’ll show the unbelievers”」は、creaturesという単語の選び方が鋭い。creaturesはもともとは創造主(絶対神)=Creatorの作った者たちであり、創造物すべて=生物すべて、で人間も含まれます。「クリーチャー」というと「怪物」といったニュアンスもありますが、そこに人間も含まれる。ここではanimalやbeastのような人間以外の「獣」でもなく、人間も含んだ怪物的なもの、人間の中にある怪物的なものを「creatures」という単語を選ぶことで感じさせています。実際、戦争をするのは人間ですから。
3番の「The body bags and little rags of children torn in two」も面白いフレーズです。bagsとragsの語呂合わせもそうですし、「children torn in two」は「二つに引き裂かれた子供たち」。物理的なものとも心理的なものとも取れ、社会が分断され、どちらかに属さざるを得なくなる恐怖も感じます。次の「And the jellied brains」も猟奇的ですね。これは一つ前のアルバム「Piece of Mind」のジャケットでゼリー状の脳のような料理をメンバーが囲んでいるというモチーフがあったのを連想させます。怪奇趣味フレーズⅡ。
最後の「It’s all night」はちょっと意味が分かりません。なんなのだろう。単に掛け声ですかね。一晩中真夜中(終末)、と言われても、、、。「夜明けは来ない(ずっと夜)」みたいなニュアンスなのでしょうか。実際に曲を聴くと「all night」って語呂がいいから言っているだけな気もします。ここまでは語呂や響きを大切にしつつも意味をつなげてきましたが、曲の最後だからノリを重視したんでしょうかね。
この曲がリリースされた1984年の終末時計は実は「3分前」でした。「2分前」というのは1952年、アメリカ合衆国とソ連が水爆実験に成功した年ですね。1984年時点では「2分前」がもっとも危機的状況だった。その後しばらく分数が伸びていましたが、この曲が出た1984年には米ソ間の軍拡競争が激化し、3分前(それまでは4分前)に進んだ。まさに冷戦真っただ中でリリースされた曲であり、当時の核戦争の脅威を訴えた内容となっています。
ちなみに、2020年現在の終末時計は、、、「100秒前」です。トランプ大統領になってから各国の緊張が高まり過去最高記録タイの2分前になっていましたが、さらに高まる国際緊張と環境汚染への無関心によって過去最高に終末時計が進んでいます。終末時計の歴史に興味があるかたはこちらをどうぞ。
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