89.UKならではのミクスチャーセンス:WOLFSBANEから辿る90年代UKハードロックコア
WOLFSBANEの新譜が2022年6月5日にリリース。ウルフズベインは元アイアンメイデンのブレイズベイリーがメイデン前に在籍していたUKのバンドで、ちょっとパンキッシュなサウンドがウリ。ブレイズベイリーがメイデンを脱退した後で実は復活しており、2012年にも復活アルバムを出しています。本作は復活後2作目、10年ぶりのアルバム。
ブレイズベイリーというボーカリストはカリスマ性があるボーカリストなのは確かです。アイアンメイデン、ブルースディッキンソンの後任という大役を果たし、酷評されまくったもののその後も元気に活動中。確かにアイアンメイデンで残した2作は彼のボーカルスタイルに合っていなかった気がしますが、多分人柄がいいんですよね。あまりトラブルを起こした話も聞かないし、脱退後もメイデンのメンバーとの関係も良好。「いいやつ」であることってバンドをやる上で大切です。決して「メタル界のトップシンガー」とは言われないけれど、メイデン脱退後もソロ活動やウルフズベインの活動をずっと続けているのは凄い。一定のファンがしっかりついているのでしょう。なんだかんだ僕も気になって追いかけてしまいます。最近のメイデンのツアーでブレイズベイリー在籍期の曲(Sign of The CrossとClansman)が演奏されるのも「ベイリー時代」への再評価に繋がっているのかも。今振り返ると「The X Factor」は00年代以降のメイデンのひな型になったアルバムだったと思うし、それはメイデンを支える3人のソングライターのうちディッキンソンとスミスが抜けてしまい、メインソングライターであったスティーブハリスがより深く自己と向き合って作ったアルバムだったからだと思います。で、その貢献者はブレイズベイリー(とヤニックガーズ)だったと思うんですよね。あの時、ポールディアノ時代に戻らず「ブレイズベイリー時代」の音楽性を作り上げた、それが結果としてスティーブハリスの音楽性を深化させた長大プログレ路線になるわけですが、明らかに自分のボーカルスタイルに合っていないああした曲を受け入れたブレイズベイリーのチャレンジングな精神、素直さというのが実は最大の貢献だったんじゃないかと思います。
ただ、ブレイズベイリーの真骨頂ってどこにあるかと言えばやはりちょっとパンキッシュな要素もあるメタル曲。ウルフズベインの新譜ではそんな元気なブレイズベイリーが楽しめます。
MVが作られていないようなので音源のみ。こちらはアルバムの1曲目を飾る「Spit It Out」。ボーカルがイキイキしていますね。
なお、ブレイズベイリーって若い印象がありますが1963年生まれ。ブルースディッキンソンが1958年生まれなので5歳違い。まぁ一世代下と言えば下なんですが、記事執筆時点では59歳と64歳で今となってはそこまで変わらない年代なんですよね。どちらもキャリアを積んだベテランミュージシャン。60近くなってもこれだけはっちゃけた感じが出るのは凄い。
このアルバムを聴いて改めて気が付いたんですが、ブレイズベイリーって多分一番近いのはデイヴィッドリーロスなんじゃないかと思います。だいぶヴァンヘイレンっぽい曲があるんですよね。
ディヴィッドリーロスも歌のうまさというよりキャラクター性とカリスマ性の人ですからね。ブレイズベイリーもその系譜だと思うとしっくりきます。そうか、ディヴィッドリーロスにプログレを歌わせると「The X Factor」になるのか。
さて、ウルフズベインの新譜を聴いてブレイズの特性と魅力を再発見したのですが、もう一つ思ったのが「このアルバムってUKらしいなぁ」ということ。確かにヴァンヘイレンっぽさとか、なんとなく80年代ハードコア的なちょっと軽い疾走感(スラッシュメタルの原型)を持ちつつも全体としてみるとやっぱり感覚がUK的なんですよね。メロディセンスとかミックス感覚とかが。90年代にこんな一派があったなぁと思いだしました。たとえばThe Wildheartsとか、Terrorvisionとか、The Almightyとか。なんとなく通底するものを感じます。今になって思うとブリットポップ的なメロディもあるというか、やっぱり「英国らしいメロディ展開」があったなぁ、と。ブリットポップ+メタル、ですよね。The Wildheartsは当時「ビートルズmeetsメタリカ」なんて言われてましたけど、もっと幅広に「ブリットポップ」の一つの流れ、USのグランジ・オルタナに対するカウンターとしてUKで盛り上がった一つのシーンとして考えていいのかもしれない。
1992年当時、メイデン加入前のブレイズベイリーのライブ映像がこちら。ちょっとグルーヴィーなのが時代を感じます。
だけれどサビではUKらしいコーラスというか、メロディセンスが入ってきます。
そういえばThe Almightyのリッキーウォーリックは今やThin Lizzyのボーカルですからね。Thin Lizzyもこうしたバンドたちのルーツとして影響が大きいのかもしれません。ウルフズベインの新作にもThin Lizzy感がある曲があります。
Black Sabbath、Uriah Heepあたりがメタル第一世代(その前は「ハードロック」や「アートロック」、「プログレ」であり、「ヘヴィメタル」としては定義されていなかった)で、Thin Lizzy、Judas Priest、Motorheadが第二世代、その次にメイデンやデフレパードといったNWOBHMが来るのかな。そして80年代のメタル黄金期が去った後、90年代のグランジ・オルタナムーブメントの中でUKのメタルバンドはUSでの存在感をなくしていきますが、その時代(90年代前半)にUK本国で起きていたムーブメントがあったと思います。特に名前もついていませんが、そうだなぁ、本稿では「90年代UKハードロックコア」とでも名付けてみましょうか。メタルコアまで激烈でない、けれど確かに一連のムーブメントを感じさせたバンド群を振り返ってみます。
90年代UKハードロックコア
90年代UKハードロックコアを特徴づけるとしたら、ちょっとパンキッシュ、ハードコアからの影響があったということでしょうか。パンクとハードロック/メタル(以下シンプルに「メタル」と書きます)って近いようで遠くて、精神性はだいぶ違います。メタルはもともとプログレとかハードロックの延長で演奏技巧が上手いミュージシャンが行うものであり、パンクは真逆であった。ただ、「歪み」や「荒々しさ」というスタイルが共通していたのでだんだん融合していき、USでは「メタルコア」というシーンになりますが、90年代のUKではもう少し前の、70年代のハードロックスタイル(70年代中盤からのパンク隆興前)をパンキッシュな感性を加えて再構築する、そこにブリットポップ(というか90年代当時のUKの”イケてる”メロディセンスといったもの)を加えたものが「90年代UKハードロックコア」であった、と思います。パンク、ハードコアとメタルの融合というのが90年代から起きてくるんですが、その時のUK側の動きの一つですね。で、これは残念ながらUSでは受け入れられず、それが00年代、10年代のUKのメタルバンドの凋落に繋がっていく。最近はUKニューコア(ブリングミーザホライゾン、アーキテクツ等)やポストパンク(サウスロンドンのバンド群やIDLES、フォンテーヌDCなど)がようやく出てきていますが、90年代後半から2010年代ぐらいまでUKのハードロック/メタルシーンからは新しいスターはほとんど出てこなくなりました。90年代UKハードロックコアは個人的には大好きだったんですけれどねぇ。
ただ、USでは受け入れられなかったものの、「90年代ブリティッシュハードロックリバイバル」のバンド群は日本では一定の人気を誇りました。いわゆる「ビッグインジャパン」と言うほど一般までは普及しなかったけれど、それなりにファン層がいた印象。今では歴史の中に埋もれ気味ですが、そうしたバンドを再度紹介してシーンを振り返ってみたいと思います。
THE WiLDHEARTS
個人的にこのムーブメントの中で一番思い入れがあるのがワイルドハーツ。パンキッシュでちょっとヘロヘロなボーカルとかっちりした演奏、ビートルズを引き合いに出されるほどのこれぞUKロック王道なメロディ。ギターリフとボーカルメロディが多層に積み重なっていき曲が構築されていきます。個人的にはビートルズよりKinksに近いんじゃないかなぁと思いますが、とにかく強烈に「90年代のUKメタル」を印象付けたバンド。1989年結成でその後いろいろありつつも現在は黄金期のラインナップで復活し、第二の黄金期を迎えつつあります。最新作「21st Century Love Song」からの曲はこちら。
The Almighty
そしてThe Almighty。90年代のグランジ・オルタナ的なギターサウンドの影響は受けているもののコード進行やメロディが英国的。アグレッシブでダウナーながら、80年代ハードコア、パンク的な明るさ、勢いがあるんですよね。うちに籠っていないというか。もっと再評価されていいバンドだと思います。1988年結成で96年に一度解散、その後は散発的に活動をしていますが現在は停止中、おそらく再結成はないでしょう。ただ、ボーカルでメインソングライターだったリッキーウォーリックは再結成Thin Lizzyでボーカルを務める他、ソロ活動も行っています。
Therapy?
やや特異な存在感があったのは北アイルランド出身のTherapy?。アルバム全体としてはハードロックよりもポストハードコアの影響が強く、曲によってはかなり実験的。一度も解散することなく今でも活動を継続中です。2015年のアルバム「DISQUIET」のオープニングトラックがこちら。
Terrorvision
時代の徒花のように現れて消えていったTerrorvision。1987年結成で2001年解散。当時はUKのトップチャートにシングルを送り込み最優秀新人賞を取るなど話題となり、グランジオルタナな感覚もしっかり取り入れつつUKロックの最新系を感じさせるサウンドでした。その後リリースがないなぁと思っていたら2005年から再始動はしていて、ニューシングルも出している様子。独特のメロディセンスがあってニューアルバムを出してほしいバンド。2018年のライブの模様です。
他にも90年代のUKハードロックシーンからはThunderとかReefとかが出てきましたが、こちらはあまりパンク/ハードコアの影響は感じられないので割愛。逆に、UK以外でこの辺りと音像的に近かったのは北欧のBackyard BabiesやHellacopters、そしてベテランながらマイケルモンローあたりでしょうか。Wolfsbaneも90年代はワイルドハーツやオールマイティとツアーしており、同じようなシーンから出てきたバンドとして扱われていたと思います。
今日は90年代UKに存在した一つのムーブメントを振り返ってみました。それでは良いミュージックライフを。
おまけ
ブレイズベイリー期のメイデンのアルバム「The X Factor」について書いた記事はこちら。
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