Babymetal 4thアルバム『The Other One』レビュー
2010年代を代表するメタルアクト、Babymetalの5年ぶりのニューアルバム「The Other One」がリリースされました。アルバムレビューを書きつつ、このアルバムを現代メタルシーンの中に位置づけていきたいと思います。
Babymetalのメタル史における位置づけについて考察したことがあります(→関連記事)。結論としては「2010年代を代表するメタルアクト」でした。2010年代に出てきたアーティストの中では最も商業的にも批評的にも成功している。日本国内においてはアイドルシーンの中にも位置付けられる特異なユニットですが、世界的に観ればしっかりとメタルシーンの中に位置づけられており「中堅のメタルバンド」と言えるでしょう。海外の動員規模だとTriviumやBehemothと同じぐらいの位置づけ。2023年のメタルシーンにおける最大の話題作はMetallicaの新譜でしょうが、Babymetalはその存在感や話題性も含めてそれに次ぐ話題盤であると言えるでしょう。特に、日本国内においては今年最大の話題作。そんな彼女たちが2020年代のメタルシーンにどんな音像をぶつけてくるのか。5年間のインターバルを経てどんな音像で勝負してきたのか。メタルシーンの潮流の中で本作を読み解きたいと思います。
先行公開された曲を聞いての事前予想(→関連記事)では「近代プログメタル+ジャパニメーションサントラ的な音像になりそう」と書きましたが、半分アタリで半分ハズレ。確かにプログメタル、Djent的な音像への接近が今まで以上に見られますが同時にシティポップ(80年代J-POP)への接近もあり、ある意味、真に「ジャパニーズフォークメタル」と呼べる音像に。フォークメタルというのは「その国特有の伝統音楽とメタルの融合」ですが、「伝統音楽」というのはどれぐらい歴史があればよいのか。実のところ、音楽の歴史ってそこまで古いものは少ない。録音技術の発達はせいぜいこの100年ですし、一般にレコードが普及し、レコードが一般的に買われるようになったのは1950年代以降です。1950年代以降の日本固有の音楽と言えば歌謡曲でありJ-POPである。あとはキーボードメーカーを多数有する電子楽器立国としてテクノも日本は先進国であった。そうした「日本固有の音楽文化」をメタルと組み合わせ、固有言語である日本語で歌うという意味において日本でしか生み出せない「ジャパニーズフォークメタル」であると言えます。Regional Specific(地域特有の)Metal とでもいうべきかもしれない。
本作はコンセプトアルバムとのことですが、いわゆるロックオペラのような「一つの物語を描いている」というわけではなく「もう一つのBabymetal」という「アルバム制作におけるコンセプト」が掲げられています。全10曲、それぞれパラレルワールドに存在するBabymetalだそう(→関連記事)。正直、音像だけだとよくわからないところがありますが、異世界転生ものみたいなイメージでしょうか。ビジュアルやライブを含めるとそれぞれ違う世界観なのでしょう。
各曲単位で観ていきます。また、それぞれに近しいと思われるほかのメタルアーティストの曲も載せていきましょう。今のメタルシーンの潮流の中でBabymetalの音像がどれぐらい溶け込み、どれぐらい異質なのか。
1.METAL KINGDOM
壮大なSEからスタート、やや映画音楽的。MCUなどのオープニング、あるいはボリウッドサウンド的なアタックの強いリズム。そしてトライバルな雰囲気があるリズムへと展開していく。赤道付近の風景を想起させる音像。そしてボーカルが入ってくる。Su-Metalが「歌いだしにかなり今までと違う意識を向けた」とインタビューで語っていたが明らかに変化を感じる歌い方。かつてアイアンメイデンのブルースディッキンソンも魔力の刻印を歌うとき「最初のフレーズの録音に何十回もやり直したんだ、そこで自分の歌い方が変わった」と語っていましたが同じような体験か。ボーカリストとして歌い方を変える、模索する瞬間というのがあるのでしょう。歌メロは堂々としたメロディ。こうした起伏の大きいメロディというのはUSではあまり流行らない。US、そして北欧、ロシアと東に行くにつれてメロディアスになっていく気がする。日本は最もメロディアスな音楽が好まれる国の一つ。J-POPのボーカルメロディとコード展開は世界の音楽シーンの中でもかなり複雑。こうしたトライバルなリズムを取り入れたシンフォニックメタルだとNightwishの近作が直接的な同時代のトレンドと言えるでしょうか。ボーカルが前面に出るJ-POP的な音作りながらしっかりメタルとしてのアグレッションもある。「聴いているうちに大仰に盛り上がる」のはシンフォニックメタル的な特徴。
2.Divine Attack - 神撃 -
プログレッシブメタルコア的なオープニングからボーカルが前面に出てくるヴァースへ。打ち込みのデジタルサウンドと生ドラムが絡み合う音像。AmarantheやElectric Callboy、Beast In Blackなど2020年代の欧州メタルのデジタル感、ディスコメタル感を取り入れつつちょっと最近のIn Flamesなどの北欧メロデスから進化したモダンメタル感もあるドラムパターン。北欧メタル meets J-POPと呼べる曲。エンディングはシンフォニックに。モダンなメタルの流れを汲みつつ、シンフォニックさも取り入れたプログレメタル路線。
3.Mirror Mirror
思いっきりDjent、モダンなプログメタルなオープニング。ギターフレーズではPeripheryやPolyphiaあたりを連想する複雑なギターメロディの後、やや無国籍なボーカルが入ってくる。複雑なバッキングパターンに絡み合うボーカルライン。J-POPだが独特な、Babymetal節とでも呼べるメロディ進行です。ところどころ出てくるギターのクリーントーンが美しい。こうしたギターサウンドはYAMAHAやアイバニーズといった日本のギターブランドはこうが得意な印象があります。静と動の揺れ動きが大きい曲。この曲も曲の中でのリズムパターンの変化が激しい。USモダンメタルの影響を感じる。アップテンポな曲。ただ、アグレッションはかなり強めなのでテクニカルデスメタルとの共通点も多いのかもしれません。テクニカルデスの代表格としてArchispireを。バッキングだけ聞けば共通点があります。欧州モダンプログメタル+USテクニカルデスメタル meets J-POPという趣。この曲はユニークなものを生み出した名曲だと思います。
4.MAYA
こちらも引き続きプログ路線。ただ、だんだん歌メロが強くなってくる。歌詞の雰囲気が80年代的。英語詩が適度に入ってくる、たとえるなら杏里の「Cat’s Eye」みたいな世界観。そんな歌メロをゴリゴリのメタルコア、Djentyなサウンドが支える。また全体的にボーカルの熱量が高い。相変わらず声をゆがめることなくメタルボーカルとしては素直な歌い方なのだけれど、歪み以外で熱量の高まりをしっかり伝えている。冒頭4曲はかなりプログメタル感が強め。ArchitectsなどのUKのメタルコアにも近い質感。
5.Time Wave
ディスコサウンドに。前の曲にあった80年代歌謡曲感が強まり、リズムにディスコ感が増す。ただ、ディスコサウンドというよりリズムは前作のPA PA YAと同じくレゲトン気味。Da Da DanceとPA PA YAを混ぜたような曲と言えるかもしれない。歌詞はさらにCat’s Eye感が強いが、コード進行がちょっとずらしていて複雑化している。また、リズムのレゲトン感が面白いアクセントに。この曲は前作のバラエティ感の部分を色濃く残している曲。冒頭4曲のプログメタル路線からは毛色が変わっている。前作Metal Galaxyもそうだったが前作以上に各楽器隊の複雑さ、サウンドレイヤーの複雑さが増している。ディスコサウンド+レゲトン+メタルのエッジ+歌謡曲ボーカルとてんこ盛りながらそれぞれの隙間がうまく組み合わされて1曲になっている。要素を増やすというのはその分まとめるのが難しくなることでもある。お見事。レゲトンメタルの代表としてNanowar Of SteelのNorwegian Reggaetonをどうぞ。レゲトン+メタルって僕の知る限りあまり類例がないです。
6.Believing
メタルコア、Djentなギターリフ。前曲のデジタルビート感が減り生のブラストビートに。ただ、ボーカルがかなり加工されている。この曲だけ全英語詞。場面転換、インタールード的な立ち位置か。ただ、コーラスでは開放感のある風景が広がり単なるつなぎ曲では終わっていない。ライブなどでは場面が変わるのだろう。レコードだとこの曲からB面。この曲は「別の進化の可能性のBabymetal」という意味では一番ありえたかも。海外進出にあたり英語詞で歌うことを選択していたらこんな感じになっていたのかもしれない。そして、おそらく成功しなかっただろう。僕は基本的に非英語圏のアーティストは母国語で歌った方が魅力的だと思っている。特に日本人はそもそも歌い方が違いすぎる。
7.METALIZM
6曲目が場面転換だとしたらこれは完全に違うシーン、違和感があり最初に耳にこびりつく曲。初期Babymetalのおもちゃ箱感が強く出た曲。先行曲を聞く限り「かなりシリアスでプログメタルに寄ったアルバム」という印象だったがしっかりこういう曲を入れてくれたのは高評価。アラビックな音階を取り入れながら呪文的な「なんじゃこりゃ」感がある曲。だけれどギターソロが何気に超絶弾きまくっていて悶絶。そういえばフィンランドのAmorphisもアラビック音階を大胆に取り入れたけれどフィンランドとは何の関係もないんだよね。Babymetalも何もアラビックとは関係がないけれどこの取り入れ方は見事。「メタリズムズムズム」は素晴らしいメタルマントラ。欧米人がBabymetalを観ると何かしら呪術的というか巫女的なものを想起することもあるようだがそれは彼女たちの無意味な日本語詞の反復(アイドルの楽曲にはそうしたものが多い)が正しく呪文的だからだろう。アラビア音階をメタルに取り入れた例として、チュニジアのMyrathをどうぞ。
8.Monochrome
Tak Matsumotoばりに歌い上げるギターリフからスタートする曲。そこから落ち着いたヴァースに移行しボーカルが前面に出てくる。「歌を聞かせる」構成の曲が本作は多い。この曲は2020年代のJ-POPのど真ん中、という感じがする歌メロ。そこにかなりDjentyなバッキングが入ってくる。ただ、ボーカルのミキシングは大きめできちんとJ-POPとしても聴ける。ラジオなどでながれてもヘヴィメタルというより「バッキングが大げさなJ-POP」として聞けるだろう。よく聞くとかなり複雑なことをしているがミキシングで抑えられている。歌詞で「ラグナロク」が入ってきて北欧メタルへの共感を伺わせる。ゲームミュージック(真EDで流れる音楽)やアニメの大団円EDで流れそうな曲。こういう歌メロは日本独自のものであまり類例がありませんが、あえて出せばフィンランドのBattle Beastあたりが近いか。
9.Light and Darkness
こちらも「歌を聞かせる」曲。ブリッジではEDM的なビートパターンで盛り上げ、コーラスではメタルバラードのヘヴィな質感、そして軽快に走り出す。リズムの表情の変化が激しい。2番のブリッジでは最近の北欧メロデス的なギターパッセージが入ってくる。欧州メタル(メロディとバッキングパターン)とUSメタル(リズムへの拘り)のトレンドをうまく取り入れている。UKメタルとの共通項はいわずもがな。もともと日本の音楽シーンはUKの音楽に強い影響を受けているから。最近のUKメタルコア(BMTHやアーキテクツなど)にも近いミクスチャー感覚はそもそもある。この曲は音の密度とテンションが高い。場面転換の6,7をはさみ、8,9でクライマックスを作り出している。これも日本の独自性が高いメロディですが、女性ボーカルということでドイツのBeyond The Blackをどうぞ。
10.THE LEGEND
チャレンジングな曲、曲構成自体がプログメタル的と言える。ヴァースも繰り返しがなく、1番のヴァースと2番のヴァースが異なる。これはHakenとかUKのモダンプログにも近いセンスかも。大作映画のEDが終わった後のエンドロール、みたいな感じ。スタッフクレジットが流れていくときに流れる音楽。落ち着きはあるけれど作曲家的にはいろいろチャレンジングな取り組みをしている、というか。雄大な雰囲気をもったバラードで、時空のかなたに去っていく。全体的に5年間のブランクを反映して「成長した」感じがするアルバムだが、その中でもこの曲は特に大人びている。Enslavedの新譜でも最後に「Heimdal」という「一聴すると地味だが彼らの真骨頂が詰まった曲」が入っていたが、それに近いものを目指したのだろう。エピックメタルのアーティストがアルバムの最後に入れる大曲感がしっかり出ている。ちょっと類例が難しいですが、宇宙へ飛び出していくような音像で近いものを感じたのでカナダのDevin TownsendのWHYで締めましょう。
総評
全体として、北欧メタル的なプロダクションやメロディ展開、世界観を持ちつつUSメタル的なリズムへの拘りを持ち、そこにJ-POPの歌メロが乗るという構造。「Babymetalにしかなしえない音像」をさらに進化させたというアルバムと言えます。2020年代という時代、5年間のブランクを経て身に着けた新要素は「リズムパターンの多彩さの強化」と「多様な要素をより自然に溶け込ませる能力」と言えます。本作は「外伝的な作品」という位置づけらしく、確かに従来はライブの中で曲を練っていったのが本作は完全新作。ただ、きちんと前作から正統進化した内容だと思うのでどのように各国で受け入れられるか。
前作「Metal Galaxy」は日本のオリコンおよびビルボードでは3位、USのビルボードでは13位。USで非英語圏のメタル作品としては当時の最高位を記録したんじゃないでしょうか。基本的に非英語圏のメタル作品ってかなりマニアックなんですよね。ほかには非英語のままで成功を収めたのはドイツのRammsteinぐらいか。BabymetalはRammsteinに次いで非英語圏メタルの商業的成功を切り開いてきたパイオニアでもあります。彼女たちのストーリーは辺境から中心、メインストリームを狙う成り上がりの物語とも言える。そして、彼女たちがデビューした2010年から比べると世界中で各国特有の音像を持ち、母国語で歌うバンドも増えてきました。80年代から母国語で歌うメタルバンドが存在したのは日本、ロシア、スペイン。90年代には北欧、欧州のバンド達と中国・韓国のバンドが増えていきます。そして2010年代にはモンゴルのThe HUやインドのBloodywoodなど世界中で非英語圏のメタル、各国独自のメタルが花開いていく。そうしたムーブメントからメインストリームへの道を商業的に切り開いたのがBabymetalと言えるでしょう。
本作が前作以上のチャートアクションを得ることができればそのムーブメントはさらに白熱すると思います。ライブ活動を控えていたので初動は前作より低いかもしれませんが、この後のワールドツアーでどこまで浸透するか。あるいは前作を超えることができるか。来週のチャート結果も楽しみです。
→4/9追記:日本3位、US23位、UK32位、ドイツ24位、オーストラリア14位という結果。日本では変わらぬ存在感ながら海外での順位はやや前作より落ちています。復活作ですからね。リリース後に3人編成に戻ることが発表されたので、この後の北米ツアーでどこまで浸透するかが肝か。
それでは良いミュージックライフを。