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50.ジャンルを越えて進化する越境メタル ベスト10+1

メタルと言うのは型の音楽です。もちろん冒険や実験は許容されますが、「メタルらしさ」というのは一定のアグレッションや演奏スタイル、世界観によって生み出されます。それは制約というよりは「メタル愛」とも呼べるもので、「メタル音楽が好きだ!」という熱意を核として、各アーティストはそれぞれの考えるメタル音楽を生み出してるわけですが、過去のメタルへの愛が強すぎると型にとらわれ、マンネリズムに陥ることもあります。

メタルにはさまざまなサブジャンルがあります。音楽のサブジャンル分けは、要は「あるバンドが気に入った時、次にどのバンドを聞けばいいか」の参考にするためのものです。また、同じジャンルとされるバンド同士で対バンを行ったり、カップリングツアーを行ったりします。ジャンルと言うのは音楽性だけでなく、地域性もあります。音源では似たように聞こえても、たとえばアフリカ大陸のバンドと北アメリカのバンドでは出てきた背景や、血肉となっている伝統音楽がまったく異なったりします。ライブを見ると世界観が全く違う、ということもあります。音楽シーン、と言った方が適切かもしれません。東京の80年代ハードコア音楽シーン、NYの90年代デスメタルシーン、など、地域×年代×音楽性で似たようなバンドを追うと、バンドメンバーの交流(ゲスト参加やメンバー交代、対バンやカップリングツアーなど)があり、その中で互いに影響を与え合っていることがよくあります。その時代、その地域のシーンを追うことで、音楽の背景にあるストーリーを知り、より深く世界観を楽しむことができます。

今回は、音楽ジャンルを越境し「メタルの新しい可能性を追求するリーダー」として、新しいシーンを切り開き活躍しつつある/していくであろう10+1組のアーティストを紹介したいと思います。メタルの商業的なメインストリームである80年代のNWOBHMとヘア(グラム)メタル、90年代のスラッシュメタルとグランジ・オルタナティブ、00年代のラップメタルとメタルコアの影響を受けつつ独自の音楽性を加えてメタルの境界を飛び越える「越境者たちのメタル音楽」をどうぞ。

1.Bloodywood (from India)

Bloodywoodは当マガジンの第1回目でも取り上げたアーティストです。2016年にニューデリーで結成。当初はギターのKaran Katiyar(カラン・カティヤル)がメタル風にアレンジした有名曲のパロディーをYouTubeにアップする活動をしていましたが、ボーカルのJayant Bhadula(ジャヤント・ヴァデュラ)と出会い活動を本格化。ラッパーのRaoul Kerr(ラウル・カー)が合流し、独自の音楽性と世界観を築き上げます。インド伝統音楽は進化し続けており、インド映画と共にボリウッドサウンドとして独自のスタイルを確立。その進化するインド音楽をメタル世界に融合させたのがBloodywoodです。初めて聴いたとき、未体験の煽情力に衝撃を受けるとともに、メタルの未来を感じさせてくれたバンドです。

創設者でギターのカランはもともと企業弁護士で、ボーカルのジャヤントはエンターテイメント企業でタレントマネージャーをしていました。そうしたキャリアがあるため、バンドのマネジメントやイメージに戦略性を感じます。バンドが長続きし、音楽性と共に発展していくにはビジネス面での有能なマネジメントとの出会いが欠かせません。彼らは自分たちにその知識があるのが強みの一つですね。YouTubeで数百万の再生数を稼ぎ(インドのメタルバンドとしては史上初の快挙)、アルバム未リリースながらWacken 2019に参加。そして、ファーストツアーの様子をドキュメンタリーとして公開しています。

こうした戦略性は、初期から自分たちのライブをアーカイブし、確固たる世界観を各種メディアを用いて発信し、社会を巻き込んで行ったアイアン・メイデン(とサンクチュアリ・マネジメント)を思い出します。また、ラッパーのラウルが参加したことでビジュアル的にもそれぞれキャラクターが立ち、スター性が増しました。インドのメタルシーンは黎明期で百花繚乱ですが、次世代のメインアクトとなる可能性を感じるバンドです。なお、上のドキュメンタリー内にさまざまなインドメタルのバンドの曲も使われているので、そこからインドシーンの姿を垣間見ることもできます。

2.Sitar Metal (from India)

2019年ベストアルバムの7位にも取り上げたSitar Metal。中心メンバーのRishabh Seen(リシャーブ・シーン)は1997年生まれのシタール奏者。父親はシタール奏者、祖父もタブラ奏者として著名なアーティストで、3代にわたる伝統音楽の担い手として確かな実力を持っています。また、インド・フュージョンシーンの新世代としてもローリング・ストーン・インディアにインタビュー掲載されたり、著名なボリウッドアーティストのライブにゲストとして呼ばれたり、と、新世代のシタール奏者として多面的に活躍しています。Sitar Metalも彼のいくつかあるプロジェクトの一つ。伝統音楽への愛はもちろんとして、深いメタル愛を感じます。数年前からMETALLICAのシタールカバーなどをYouTubeでアップしており、2016年にはMute The Saintというバンドでアルバムをリリース。2019年にはSitar Metalとしてアルバムをリリースしました。「Sitar Metal」と銘打つだけあり、長年の伝統音楽とメタルとの融合を試行した成果が感じられるクオリティの高い音楽を生み出しています。

インド伝統音楽はライブ・ミュージックです。本国では「フュージョン・アーティスト」としても取り上げられているように、インプロビゼーションが重要。その場その場で音をとらえながら音楽を形作るライブが真骨頂です。昨年11月には45分のライブ映像が公開されていたのですが残念ながら今は非公開。ただ、リシャーブの伝統音楽のライブ(インプロビゼーション)動画があるのでこちらをどうぞ。

基本となるモチーフはありつつ、途中はインプロビゼーション(即興音楽)で盛り上がっていきます。インド音楽は朝と夜で使う音階も違うなど、「世界をどう音で表現するか」に重点を置いています。こちらは朝のラーガ。手でたたいている打楽器がタブラです。超絶速弾き+高速ビートというメタルと共通する音楽フォーマットを持っています。これに電化された西洋楽器を入れてメタル的アグレッションを強調したのがSitar Metalですが、曲の骨子は共通しています。伝統音楽を無理なくメタルに昇華しているのが分かります。ぜひ、ライブを生で観てみたいバンドの一つです。

3.Eluvieti (from Switzerland)

Eluveitie(エルヴェイティ)はスイスで2002年結成、2003年デビューでヨーロッパを中心に活動。バンド名は、ガリア語で『スイスに住んでいたケルト人』の意味。ヨーロッパの伝統音楽とメタルのアグレッションを融合させています。以前取り上げた記事はこちら。いわゆる「フォーク・メタル」というサブジャンルがあり、1990年代半ばから発展してきたのですがEluveitieの2019年リリースの8th Album「Ategnatos」は伝統音楽の各種手法とメタルのアグレッションを両方高度なレベルで保った名盤。欧州伝統音楽といっても北欧、東欧、ケルト、ジプシーなど多岐にわたるわけですが、ケルトを主体としつつ東欧的なポリフォニー(複数の独立した声部からなる音楽)や北欧的なメロディーをうまく用いて、フォークメタルというサブジャンルの完成度を高めた印象があります。男性ボーカルはグロウルなどを駆使するアグレッション強めの現代メタルの文法を踏襲しつつ、女性ボーカルが伝統音楽を感じさせる歌唱法を身に着けているのが良いですね。欧州伝統音楽についてはこちらの記事でも取り上げています。

メンバーが多いバンドで、現在9人編成。バンドというより楽団といった趣です。多くの伝統楽器を駆使するライブは視覚的にも迫力があります。

電化されたダブルギター、ベースを除くと、マンドラ、ヴァイオリン、ハーディ・ガーディー、ケルティックハープと、(ドラムを伝統打楽器に持ち変えれば)伝統音楽の楽団としての構成も満たしています。そこにギター、ベースで現代メタル的アグレッションを足しています。これだけの楽器をまとめ上げる編曲能力とミキシング能力に驚嘆します。こちらもライブで観てみたいバンドです。

4.NINE TRESURES【九宝】 (from China)

九宝(ナイン・トレジャーズ)は2010年に中国、内モンゴル自治区で結成されたバンドです。この曲は2019年リリースの「Bodhicitta」。中国国内のバンドはなかなか情報が出てきづらく、活動も不定期になりがち(メタル音楽シーンと呼べるほどの規模がないため活動が安定しない)ですが、九宝はコンスタントに活動を続け今までに3枚のアルバムを作り、2019年にも新曲をリリース。この曲はデス声によるラップが前に出ていますがこちらはゲスト、メインボーカルはサビでエスニックなメロディーを歌っている男性です。2017年には愛知県の「橋の下音楽祭」で来日も経験。この曲はモンゴル伝統音楽だけでなく中国の伝統音楽も取り入れた、西欧とは違う独自のフォークメタル、音世界を築き上げています。

2018年にデビューしたThe HUによって注目を集めたモンゴル・ロックですが、The HU以前にもモンゴル伝統音楽とメタルの融合はEgo Fall(颠覆M)や、(メタルというよりパンク出身ですが)フジロックで来日も果たしたHANGGAI(杭盖)など、主に中国国内で活躍するバンドによって探求され、一つのシーンが形成されてきました。2018年11月にThe HUがデビューしたので、それに触発されて2019年2月に九宝も新曲をリリースしたのかもしれません。モンゴルから「モンゴル伝統音楽とメタルの融合」たるThe HUが出てきたことに対して、内モンゴル自治区ながら中国のバンドである九宝が中国伝統音楽の色を強めた楽曲を出したというのも面白い。これからどう展開していくのか楽しみです。また、このバンドはライブが魅力的です。

九宝はライブバンドとしても確固とした実力を持っていて、こちらは2017年にポーランドで行われたフェスの模様。ちょうど乗馬で駆けていると気持ち良いリズムだそうで、モンゴルの大草原を感じる心地よい疾走感があります。メロコアの疾走感に近いかもしれません。アジア人が踊りだしたくなるリズム感です。音作りも多彩で飽きさせません。中国バンドということでなかなか情報発信も活動方法も限られているようですが、今後も新たな地平を切り開いて行ってほしいバンドです。

5.The HU (from Mongol)

モンゴル音楽シーンから世界に飛び出したThe HU。以前の記事でも取り上げましたが、あれから世界的な名声を確立し中国・モンゴル圏のロックバンドとしては破格の成功と知名度を手に入れつつあります。こちらは2018年リリースのセカンドシングル「Wolf Totem」をUSロックバンドPAPA ROACHのボーカルJacoby Shaddixをゲストに迎えてリ・レコーディングしたもの。彼らの音楽はモンゴル伝統音楽にベース、ギター、ドラムを加えたもので、先述のElvuitieに近く、「伝統音楽としての楽団構成」が核にあり、そこにドラム・ベース・ギターのいわゆるロックバンドフォーマットを足して現代的なアグレッションやグルーヴを強調しています。中国内(内モンゴル自治区)のバンド群に比べるとミドルテンポなのが特徴。AC/DCも彷彿させる腰にくるリズムを奏でているのが世界中のロック好きの本能を刺激したのでしょうか。また、中国ではなくモンゴル出身なのも情報発信の上ではプラスに働いたのかもしれません。いずれにせよ、独自の音楽文化であるモンゴル~中央アジア圏の音楽文化を世界に輸出した功績は大きい。2019年11月にはモンゴル文化を世界に広めた功績によりモンゴル国の最高栄誉であるチンギス・カン勲章も授与されています。

もう1曲、こちらもUSロックバンドHalestormのボーカルLzzy Haleをゲストに迎えた「Song of Woman」をどうぞ。こちらは1stアルバム「The Greg」の収録曲のリ・レコーディングしたもの。リジーのパワフルなボーカルが曲をさらに盛り上げています。

彼らはモンゴル国内では英雄的知名度を得つつあるようで、モンゴルの国民的祭典であるナーダム(NAADAM)でも演奏し、モンゴルTVでも放映されています。残念ながら2020年4月に予定されていた初来日公演は中止となりましたが、活動を続けていれば再来日してくれるでしょう。モンゴルのみならず中央アジア音楽シーンの牽引役として、これからの活躍が期待されます。

6.Babymetal (from Japan)

今や世界で最も有名な日本のバンドとも言えるBabymetal。以前も記事で取り上げました。2014年の1stアルバム「BABYMETAL」収録曲から「ギミチョコ!!」をチョイス。2015年に配信シングルとしてイギリス限定でリリースもされています。この曲のレコーディング当時、ボーカルのSU-METALは16歳。まだあどけなさの残る声で、いわゆるアイドルポップとメタルの融合を果たしています。BABYMETALといえばアイドル×メタルといったイメージでとらえられることもありますがいわゆるアイドル性を感じさせる曲は1stアルバムに多く、2nd、3rdとなるにつれてSU-METALも成長し、より普遍的なJ-POPや歌謡曲、ジャパメタ様式美を取り込み、「日本の音楽シーンが培ってきたさまざまな女性ボーカルのレガシー」を継承しながら世界に発信しています。日本はアメリカに次ぐ世界第二位の音楽市場。独自の発展を遂げてきましたが、日本語の壁に阻まれてなかなか世界レベルで活動するミュージシャンは現れませんでした。XJapanやLoudness等、世界で知名度を得ているバンドもいましたがやはり国内が主戦場。それに比べるとBabymetalは真の意味で世界で活躍するメタルアクトと言えるでしょう。

ギミチョコから6年、2019年のBabymetarlがこちらです。

3rdアルバム「METAL GALAXY」は幅広い音楽性を持ったアルバムですが、この曲は歌謡曲や90年代J-POPの語法を活かしつつ、B'zの松本孝志をゲストギターに迎えるという日本音楽シーンの見本市のような曲。日本のゲームやアニメは独自の世界観で世界中にファンを増やしていますが、だいたい良作と言われるものはあらすじを聞いてもよく理解できないというか、「何それ?」的な話が多いけれど、じっくり見ていると引き込まれます。現実にはあり得ない展開やメタファーを通じて、今までになかったカタルシスを提供するのがジャパニーズコンテンツ。Babymetalにも同じ「一言で説明できない」複雑なコンテンツの魅力を感じます。

7.Beast In Black (from Finland)

フィンランド出身の新星Beast In Black。以前の記事でも取り上げましたが、彼らの楽曲完成度はすごい。2019年の個人的ベストアルバムでも取り上げました。2017年にデビューし、今まで2枚のアルバムを出していますが、中心人物でギターのAnton Kabanen(アントン・カバネン)は元Battle Beast(BB)。BBもフィンランドのナショナルチャートにランクインし続けているフィンランド音楽シーン屈指の人気バンドです。Beast In Blackは2019年リリースの2ndアルバム「From Hell With Love」でディスコサウンドというか、往年のテクノサウンドを取り入れつつ本格派パワーメタルのアグレッションと融合、口ずさめて踊れるけれどしっかり攻撃性も高いという新しい北欧メタルの形を提示しています。今でこそ北欧メタルというとメロデスなど攻撃性と抒情性が高いエクストリームなメタルを想起しますが、もともとはTNTとか、メロディーとハーモニーが美しいバンド群のイメージだったんですよね。それらを統合して、新しい北欧メタルの王道を切り開いた感があります。ダブルギターで、もう一人のギタリストKasperi Heikkinen(カスペリ・ヘイッキネン)は元AccceptのボーカルUDOのバンドU.D.Oにかつて在籍していました。パワーメタルの祖の一つであるACCEPTの流れがこうして新世代のバンドに受け継がれていくのを感じます。

もう1曲、2017年の1stアルバム「Berserker」からの曲「Blind And Frozen」をどうぞ。ボーカルの幅広い歌唱力を堪能できる名曲です。来日公演ではほどスタジオアルバム通りのボーカルを披露し、圧倒的な歌唱力で観客を熱狂させていました。

スピードにとらわれず、メロディーの美しさとどこかコミカルな抜けの良さ(キーボードの音色のセンスも良い)を感じさせながらも、しっかりとしたパワーメタルのツボを押さえたBeast In Blask。マンネリに陥ることなく、さらなる魅力的な楽曲を生み出していってほしいものです。

8.Myrath【ميراث】 (from Tunisa)

2019年ベストアルバムの6位に取り上げたMyrath(ミラス)。チュニジア出身で2007年デビュー。こちらは2016年リリースの「Legacy」からの曲。YouTubeでの再生回数が500万回を越え、一躍Myrathの名を世界に知らしめた曲です。チュニジアは地中海沿いの北アフリカでイタリアの対岸。音楽的にはアラブ・マグリブの音楽、アラブ・アンダルース音楽の影響を強く感じます。アラブ音楽の文化圏は中東を中心として西は北アフリカ、東はカスピ海周辺まで及びますが、大別するとチュニジア(Myrathもそう)を中心としたマグリブ楽派、シリア・エジプト楽派、イラク楽派に別れます。チュニジアの音楽はアラブの黄金期に生まれた宮廷音楽から発達したもので、多少東のエジプトやトルコの音楽の影響は受けていますが基本は後ウマイヤ王朝がイベリア半島で作り上げたアラブ・アンダルース音楽を源流としたマグレブの音楽を継承しているそうです。中心となるのは「歌」。アラブ音楽は「歌」と「即興性」が重視されます。メタルは楽器隊の存在感も大きいですが、Myrathからは楽器隊の魅力に加えて強い歌の力を感じます。独特の節回しも歌の存在感を増していますね。

Myrathはライブも迫力があります。ベリーダンサーやアラブ世界色の強いステージセットなど、ショウとしての完成度も高い。

Myrathはもともと2001年に結成された「X-Tazy」というバンドでしたが、2006年に元LedZeppelinのロバート・プラントとフランスのプログレッシブロックバンドAdagioの前で演奏する機会を得ます。そして、AdagioのキーボーディストKevin Codfertのプロデュースの元、チュニジア音楽とメタルの融合に取り組み、独自の音楽性の完成度を高めていきました。2019年のWacken Open Airにも参加。2019年のMETAL WEEKENDではヘッドライナーとして来日するなど、世界中で着実にファンを増やしています。

9.Zeal & Ardor (from US/Switzerland)

Zeal & Ardor(熱意と燃焼)はスイス系アメリカ人ミュージシャン、Manuel Gagneux(マニュエル・ガニュー)が率いる前衛的メタルバンドで、ブラックミュージック(霊歌)とブラックメタルの融合というテーマで2013年にスタート。活動当初はNYを拠点に活動していましたが現在はスイスのバーゼルに拠点を移しています。ガニューは1989年生まれで、両親ともに音楽家。チェンバー(室内楽)ポップのBIRDMASKというプロジェクトを始動し、曲を4chan(ネット掲示板)にアップし、「どんな音楽がもっと聴きたい?」と問い合わせたところ「ニガー(ブラック)ミュージック」と「ブラックメタル」という回答を得てZeal & Ardorのコンセプトを発想したそうです。2013年にSoundcloudで最初の曲「A Spiritual」のデモを発表、2014年にはデモアルバム「Zeal and Ardor」をBandcampで発表するなど音楽性を模索しながら構築し、2016年に1stアルバム「Devil Is Fine」をリリース。ローリングストーン誌の「2016年ベストアルバム」に選出されるなど話題を呼びます。

翌2017年には他のメンバーを迎えてガニューのソロプロジェクトからバンド編成へと変わり、ライブ活動を開始。いくつかのフェスやUSラップメタルバンドProphets of Rageのツアーサポートを務めます。2018年には2ndアルバム「Stranger Fruit」をリリース。スイスのナショナルチャートで2位にランクイン。世界各地のフェスに参加します。ロンドンでのライブを映像・音源としてリリース。その模様はこちらです。

メタルへの愛・憧憬が感じられつつ、従来のメタルの枠に収まらない音楽性で、次の展開が楽しみなバンドです。

10.Igorrr (from France)

Igorrrは1984年生まれのフランス人ミュージシャンGautier Serre(ゴーティエ・セール)の別名で、2010年デビュー。ブラックメタル、バロック音楽、ブレイクコア、トリップホップなど、さまざまなジャンルを組み合わせて、1つのサウンドにまとめています。当初はソロプロジェクトでしたが、2017年にボーカル2名とドラマーが加入し、バンドプロジェクトになりました。1st、2ndは打ち込みやサンプリングが多用された音楽性でしたが、2017年リリースの3rdアルバム「Savage Sinusoid」はサンプリングを排し、実際の演奏によって構築。メタルの名門レーベルであるMetal Bladeからリリースされ、メタル系メディアMetal Injectionは「The Bat Shit Crazy Album Of The Year Award」と銘打って10点満点を贈呈、Metal Hammerのレビューでも星4(5が最高)と、多くの媒体から絶賛されます。2020年に4thアルバム「Spirituality and Distortion」をリリース。上記はこのアルバムからのリードトラックです。

Igorrrは来歴からしても前衛的で、アルバムや曲によってだいぶ表情が変わりますが、基本的には極端なスクリームやノイズなど強いアグレッションがあるエクストリームなパートと静的で美しいメロディーを、ドラムと打ち込みが混じったエレクトリックで複雑なブレイクビートで分断・ミックスしてめまぐるしい曲展開で展開していく超高速プログレのような曲構成が真骨頂です。既存の音楽語法にとらわれず、バンド編成も変則的、メタル音楽やアグレッションの要素を抽出して再構築しようという意思を感じます。そうしたコンセプチュアルな曲をどうライブで再現するか気になりますが、ライブではうまくボーカルの肉体性を活かして緊迫感のあるステージを展開しています。

アルバムごとに少しづつ音楽性が変化、拡張されているバンドですが、「Spirituality and Distortion」ではバロックやメタル要素に加えてアラビックなサウンドも展開。メタル的な音の感触が強いですが、現代的なプログレッシブ(進歩的)なロックバンドとも言えるかもしれません。フランスはクラブ・ミュージックが盛んで、人種のるつぼでもあるのでこうした極端な電子音楽と多種多様な民族音楽がまじりあう場所でもあります。先が読めない、追いかけるのが楽しみなバンドです。

+1.Vulvodynia (from South Africa)

Vulvodynia(ヴルヴォディニア)は2014年に南アフリカのダーバンで結成されたバンドです。バンド名は嫌な意味なのであまり英語圏の人に発音しないほうが良いです。スラミング・デスコアと言われるジャンルのバンドですが、南アフリカという辺境ながらこのシーンでは世界的な知名度を誇ります。もともとはメンバーが遠隔地に住んでいたのでネット上でのやり取りだけで作曲・録音をしていたというバーチャルバンド。とはいえその後人気の高まりとともに普通のバンドのように集まって作曲・録音をするようになりライブも実施しています。2014年、2016年、2019年にアルバムをリリースしており、コンスタントに完成度の高いアルバムをリリースしています。

+1としたのは、「メタルの新しい可能性を追求するリーダー」的なバンドではないから。こうした音楽を初めて聴く方にとっては新鮮でしょうが、スラミング・デスコアというバンドは世界中に存在し、慣れないと区別がつきません。慣れてくるとそれぞれの演奏技術や曲構成で好悪が出てくるのですが、いずれにせよ彼らは新しいジャンルを切り開いているわけではありません。それでも取り上げた理由は「南アフリカ出身だから」という1点です。南アフリカのメタルシーンを開拓していることは間違いない。アフリカのメタルシーンはまだまだ黎明期ですが、その中では世界に通用するサウンドプロダクションや演奏力、作曲能力を持っている突然変異種です。あまり情報が入ってこないたとえば中央アジアのシリアであったり、インドネシアであったり、なぜかこうした激烈な音楽を奏でるバンドが一定数いるんですよね。そうしたバンドの若手代表と言うことで選出しました。ライブも結構うまいです。

むしろ、ライブの方が聞きやすい。分かりやすいノリなんですよね。ボーカルは何を言っているか分からない(たいていどうでも良いことをうたっていますが、時々めちゃくちゃシリアスなことを歌っているバンドもいます)ジャンルですが、何も考えずノレるのでライブに行くと楽しいジャンルです。そのうち、南アフリカの音楽を取り入れたメタルバンドも出てきてほしいものです。

終わりに

以上、10+1組の「越境メタル」を紹介してきました。メタル音楽はその直系の先祖であるハードロックから、ブルースの影響を強く受けています。いわばアメリカ音楽。ブルースがイギリスに輸出され、ハードロックになり戻ってくる。ブルースを基軸とした音楽に古くはクラシック(ディープパープル等)、欧州中世音楽(レインボー等)、民族音楽(ツェッペリン等)など、様々な別の音楽要素を加えて多様性を生み出し、拡張してきたのがメタルの歴史と言えます。今回取り上げた音楽は、HR/HMを源流の一つとしながら、そこに「それぞれの国の音楽シーンで培われた音楽」を加え、音楽の境界を越えて独自の音楽性として高めたバンド群を紹介しました。現在進行形で拡張するメタルの最前線、皆さんにとって新たな発見はあったでしょうか。


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