The Wildhearts / 21st Century Love Songs
ワイルドハーツは、1989年にニューカッスルアポンタインで結成されたUKのロックバンドです。90年代を通してBurrn!誌で大野女史が大プッシュし、90年代のHR/HMファンには特別な思い入れがある人も多いでしょう。中心人物はギターボーカルのジンジャーで、全期間を通じて在籍しているのはジンジャーだけ。バンドメンバーの入れ替わりが激しいバンドですが、2018年からはジンジャー、リッチ(Dr)、ダニー(Ba)、CJ(Gt)の4人編成でランナップがやや安定。同一メンバーでの2作目となります。今のメンバーは全員90年代からの付き合いで、いわば再結成というか黄金期のラインナップ。音楽的には評価が高いものの癇癪持ちのジンジャーによって(2019年の来日公演では乱闘騒ぎも起こして長年付き合った日本の代理店と喧嘩別れ)活動が不安定でなかなか人気が出なかったバンドですが、もし安定して活動していたら少なくとも90年代のUKロック史にはもっと名前が残っていたでしょう。時間を経て、昔からの仲間が再結集してやや安定しつつあるワイルドハーツ。前作は全英11位となかなかなチャートアクションでした。本作では95年の2作目P.H.U.Q.以来の全英トップテンに入れるでしょうか。
活動国:UK
ジャンル:ハードロック、メタル、オルタナティブ、ブリットポップ、ポストパンク
活動年:1989–1997、2001〜 2009年、2012年〜現在
リリース日:2021年9月3日
メンバー:
ジンジャー-ボーカル、ギター
CJ-ギター、ボーカル
リッチ・バターズビー-ドラム
ダニー・マコーマック-ベース、ボーカル
総合評価 ★★★★☆
ジンジャーがやる気に満ちている。ジンジャー、ダニー、リッチ、CJの4人組、黄金期のラインナップに戻っての2作目。バンドサウンドはよりアンサンブルが深まり、一体となった迫力がある。ワイハにしか出せない音。どの曲もアイデアが詰まっていて中だるみしない。多少似たような曲もあるが、ずっと一つの長大な暴走ロック絵巻のような。キンクスmeetsモーターヘッドといった音像。ただ、音像は明るいもののたぶんまた癇癪とかいろいろな憂鬱症状は出ているのだろうと思われる(ジンジャーはそもそも情緒不安定な人だし、数年前に離婚してかなり荒んでいた。来日公演では暴力沙汰も起こし、長年日本で契約していたビニールジャンキーとも断絶状態に)。ジャケットからしても失われた愛を思わせるし、最終曲は自殺念慮の歌。何か煌めくような、キラーチューンがなかったが、それは精神状態だろうか。クラウドファンディングPledge Musicで未曽有の成功を収めた3枚組のアルバム、555%の時はとにかく前向きで、明るいオーラが伝わってきた。本作(も前作も)からはそうした明るいオーラ、煌めくようなメロディは伝わってこずどこか圧迫感がある。ただ、それを支えるバンドアンサンブルが緊迫感をこけおどしにせず、迫力のある音像にしている。とはいえ、突出した耳に残る1曲がない。最初の3枚(Fishing For More Luckies含む)にあった、一聴して心を掴まれるメロディは残念ながら今作にはなかった。そうしたものは断片としてちりばめられながら、勢いのあるバンドサウンドが支えている。良くも悪くもジンジャーは精神状態が出るんだなぁ。ソングライティングの天才性は変わらないが、相変わらず悩んでいる感じを長年のバンドケミストリーがしっかり支えている作品。個人的にハイライトは1,4,10、一番耳に残るのは2。しかし、緊迫感あふれるサウンドになりつつあるのでこのまま瓦解しないでほしいなぁ。相変わらずスリリングなバンドである。
ライブバンドとしては脂が乗っている。
1. "21st Century Love Songs" 4:57 ★★★★☆
連打されるドラムとギターリフ、勢いの良いオープニングだが、リフが展開しながら反復する、最初からワイハらしいひねりのあるリフ。ハネのないエイトビート。分厚いコーラス、ビートチェンジして展開する。ギターの音が明るい、バンドの勢いの良さを表しているようだ。ソロで内省的な部分を吹っ切ったのだろうか。ミドルテンポで、昔のAnthemぐらいのリズム。Endless Namelessをむやみとノイズまみれにしなければこういう感じだったのかも。めくるめく展開、リフもメロディも展開していく、ワイハの進化系。前作から2年で、その間ソロアルバムも出しているから相変わらず多作なジンジャーだが、この曲はジンジャーの頭の中にある音がバンドによって具現化されているような曲。歌メロというよりリフの連続、次々とパートが切り替わる。
2. "Remember These Days" 4:52 ★★★★☆
メロディアスな曲に変わる。ポップパンクというか、UK的なメロディ。個人的には”ワイルドハーツ的なメロディ”というのが90年代UKロックの空気感だったりする。途中、少し夢見るような音像に。ビートルズmeetsメタリカと言われたが、実のところメロディセンスだけで言えばキンクス、レイデイヴィスの方が近いんじゃなかろうか。前作はUKチャート11位まで上がったが、本作はどこまで行くだろう。ちょっとポストパンク的なところもあるし、今回は音もいいな。ワイハの弱みは分厚すぎるコーラスや重ねすぎたリフなどけっこうプロダクションがごちゃごちゃしているところだったが今回はけっこう聞きやすくて迫力がある気がする。PHUQ以来のベスト10入りができると熱い。
3. "Splitter" 4:04 ★★★★
ガレージっぽいギターリフから、音がクリアになって暴走感が出てくる。今回は勢いがあるな。むやみとメロディアスに降ってもいない。ややメロディ的にはシンプルというか、投げっぱなし的な、きちんとポップスとしてメロディが展開して落ち着いていかない。この辺りはサウスロンドンのシーン、今のUKロックの空気に少し近いかも。ワイハのファンってハードコアまで行かないがけっこう激しいファンも多い。ライブに行くと屈強な外人が暴れていたりする。Turnstileとかのライブみたいにずっとステージダイブが続くとかモッシュが止まないみたいなところまではいかないが、少なくともメタルやハードロックの客層とは違う。どういうシーンに分類されているんだろうなぁ。あ、思いついた。ビートルズmeetsメタリカ(というかそれはまんまビータリカだろう)より、キンクスmeetsモーターヘッドというのが一番わかりやすいかも。
4. "Institutional Submission" 5:37 ★★★★☆
こちらもなだれ込んでくるような、ハードコア的な勢いがある始まり方。ブリッジでメロディアスなパートに。そこからリフが飛び回る、分散リフに変わる。こういうマスロックというか、変拍子を使わずリフのタイミングをずらして切り刻む、みたいな手法はワイハは昔からうまい。でも改めて考えても孤高のバンドかもなぁ。こういう分厚いコーラス、時々出てくる妙にポップなメロディを持ちつつハードコア的で轟音で、ねじ曲がった曲構成を持っているバンドというのはあまりほかにいない。どうも90年代UKロックには類似の音もけっこうあったような気もしていたが、冷静に考えるとワイハ関連のリリース(バンドメンバーのソロ、ハニークラックとかジェリーズとかね)ばっかりだ。ワイハらしさ、というのはほかにそれほど波及していない。じゃあメロディックハードコアかというとここまでメロディアスというかポップだったり、曲構成がどんどん変わるようなバンドもあまりいないし。何よりメロディアスなバンドはいてもこういうメロディセンスがない。あらためてジンジャーは唯一無二のメロディメイカーではある。分厚いハーモニー、展開するリフ、轟音で変化していくバンドサウンド、ワイハらしい要素が詰まった曲。
5. "Sleepaway" 5:31 ★★★★☆
ちょっとギターポップ的なスタート。そこにキレのあるバンドサウンドが入ってくる。今回は音を詰め込みすぎてラウドネスリミットを食らってしまうような感覚がない、ミキシングがいいんだな。パンクキッシュで暴走ロックンロール、オンタイムでビートが刻まれていく。お、途中でビートが変わった、ちょっとロカビリー的なフレーズに。今作はどの曲もめくるめく展開で長大な組曲のようだ。PHUQのB面的というか。曲単位で浮き出てくるというより情報量とアイデアが詰まりまくった組曲的な。最後はまたちょっと夢見るような、シックオブドラッグスの頃を思い出す。
6. "You Do You" 2:43 ★★★★☆
ねじれたリフ、シンプルに疾走するかと思えば途中で屈折する。そこからオーソドックスなパワーリフに。ディストーションのかかった声、ややミドルテンポになったサッカーパンチというか。お、コーラスがかなりメロディアス。今までの曲はメロディ、ボーカルにくっきりスポットが当たるパートが短く、曲全体がどんどん変化していった。そうだなぁ、たとえば弾き語りで歌えるようなシンプルな歌、歌メロが一聴して耳に残るものがあまりなかった(全体の勢いと展開で聞かせる)が、この曲はメロディアスで歌モノ。
7. "Sort Your Fucking Shit Out" 3:14 ★★★★☆
ボーカルにスポットが当たる。予想外のコード進行をするメロディ。テンションがかかっているというか、一筋縄ではいかないメロディ進行。ブリットポップ的。必ず予想を裏切ってくる展開。
8. "Directions" 4:01 ★★★★
ねじ曲がったリフが続く、ただ、変拍子は少なくビートそのものはけっこうストレートに進んでいく。ブリッジからボーカルにハーモニーが入り、前面に出てくる。他にない音像だけれど、ちょっとひねくれすぎている、こねくり回しすぎている気もしてしまう。従来の手法を拡張していく、さらに強化しているのはわかる。
9. "A Physical Exorcism" 3:43 ★★★★
チョーキングをうまくいかしたリフ、レニークラヴィッツみたいな。サウンド全体としてはもっと直情的。ヘラコプターズやバックヤードベイビーズというべきか。そういえばバックチェリーが出てきたときはバックヤードベイビーズのフォロワーみたいな感じがしていたが、あれUSだしUSハードロックを引き継いでるだけだよね、エアロとか。セールス的にも全然大きいし。意表を突く展開、どんどん展開していきワイハ節も流れてくるのだけれど、PHUQの頭二曲、I Wanna GoとJust In Lustにあったような心を鷲掴まれるメロディの曲がないなぁ。それが1曲でもあれば印象がだいぶ違うのだけれど。
10. "My Head Wants Me Dead" 4:48 ★★★★☆
すこしヘヴィで落ち着いたテンポの曲、コーラスも力強い、緊迫感がある。この曲は枠を広げている感じがする。この曲は歌詞が耳に入ってくるな「助けてくれ、助けてくれ」「誰も悪魔を殺せなかったことが分かった」。鬱再びだろうか。ジンジャーの葛藤が伝わってくる。自殺念慮についての歌。
11."Listen" ★★★★
ここから日本盤ボートラ。ミドルテンポで低音ボーカルからスタート、ポップな色合いのメロディだが音はノイジー。悪い曲ではないが今までの曲に詰め込まれたアイデアの密度に比べると明らかに減った。途中ちょっとギターフレーズにビートルズというかロックンロールオマージュが入る。密度が薄い分メロディはシンプルで残りやすくはあるが。
12."Continental" ★★★★
北欧メロデスのようなスタート、いや本当に。ボーカルが入れば別にグロウルなわけではないが。これもストレートな曲だな。いい曲ではある。アルバム収録曲に比べると音の密度は少なめ。デモまではいかないが、音はよりライブ感がある。この曲はシンプルでかっこ良いが、ワイハっぽいひねくれ感、展開が続く感じがない。こうして聞くと、本作は意図的に「どんどん展開する」ということをアルバムでは選んだんだな。こういうストレートで抒情的な曲はあえて入れていない。どうも欧州メタル的だなこの曲。ワードレコードに移籍(ビニールジャンキーともめた)したから、ちょっとメロデスというかメタル的な曲もリクエストされた、あるいはファンサービスだろうか。そもそも11,12はボートラだし、ファンサービス。