連載:メタル史 1983年まとめ
1983年はメタル史における大きな転換点です。それは「UKからUSにメタルの中心地が移った」こと。むしろ、「ついにUSでメタルブームが始まった年」と言い換えてもいいかもしれません。世界最大の音楽市場であるUSでメタルアーティストがヒットを飛ばし始めた。
メタルの中心地はUKからUSへ
1980年、N.W.O.B.H.M.から多くのアーティストが本格的にデビューをし、UKではメタルブームが起こりました。1980年、1981年はUKが完全に中心で、だんだんドイツやスペイン、そしてUSなどにもN.W.O.B.H.M.的な「新しいヘヴィメタルのエッジのきいたギターサウンド、手数の多いヘヴィなドラムとベース」が波及していったものの1982年もまだUKが中心。ところが、1983年になると一気にUSの存在感が増します。本連載で見てきた10枚の内訳で言うと、
1980年 UK10枚
1981年 UK8枚、US1枚、ドイツ1枚
1982年 UK6枚、US1枚、ドイツ2枚、スペイン1枚
1983年 UK2枚、US5枚、ドイツ1枚、デンマーク1枚、スウェーデン1枚
と、一気にUSの枚数が増え、UKの枚数が減っている。これまでに出てきたIron MaidenやDef Leppard、Judas Priest、Ozzy OsbourneといったUKの大物たちは活動を順調に続けていきますが、新しい有望なバンドがUKからはなかなか出てこなくなります。この時点で、N.W.O.B.H.M.がピークを過ぎ、終焉に向かっていきます(1984年もTankやTokyo Bladeなど一部の若手アーティストが名盤を生み出しますが、そのあとのメタル界をけん引したり、特定のサブジャンルに大きな影響を与えるような新しいバンドはUKから生まれなくなります)。
USでの商業的成功
変わって台頭してきたのがUS。これまでもRiotやKISSなどがN.W.O.B.H.M.の影響を受けた作品をリリースし、当連載でもとりあげてきましたが、1983年になるとMötley Crüeを筆頭とするGlam MetalとMetallicaとSlayerを筆頭とするThrash Metalが台頭してくる。何より大きな出来事は、当連載では取り上げませんでしたがQuiet RiotのMetal Healthが全米1位を獲得したことでしょう。
Glam Metalの成立においてはMötley Crüeの方が重要なので、「音で聞くメタル史」の視点からだと選ばなかったのですが、商業的には非常に大きなインパクトを生みました。それまでも少しづつHeavy MetalというUK発の新しいサブジャンルはHard Rockの進化系、あるいはより激化したものとして一定の認知はされていましたが、まだまだアンダーグラウンドなムーブメントだったものが一気に業界で注目されることになります。
また、Def LeppardもPyromaniaを出しMTVブームに乗ってヒット。そしてMötley Crüeと「ある程度ハードなサウンドで、かつキャッチーでルックスが派手なバンド」がMTVでお茶の間に流れるようになります。一つの商業的なムーブメントとしてHeavy MetalがUS市場で発見された年。
新しいサブジャンルに別れたUSメタル
面白いのは、USのメタルはN.W.O.B.H.M.の影響を受けつつも、音楽的にはどちらかといえば1980年初期のPunk寄りに先祖返りした「シンプルな初期衝動」的なGlam Metalと、Iron MaidenやMercyful Fate、Judas Priestらの疾走感やドラマティックな曲構成をさらに推し進めたThrash Metalに分化したこと。さらに言えば、他二つに比べれば商業的にはアンダーグラウンドながらThrash Metal同様に複雑な曲構成を標榜しつつ、よりプログレッシブロック的な大曲主義、ドラマ性を重視したUS Power Metal(のちのプログレッシブメタルの源流の一つともいえる)に別れます。一気にいくつか新しいサブジャンルができていき、Glam MetalとThrash Metalは「新時代の幕開け」を感じさせるもの。
過去のロック史を見ていても思う傾向なのですが、UKのバンドって総括するのがうまい、いろいろなUSで生まれたムーブメントをうまく自分たちの血肉にして、親しみやすい形で表現するバンドがビッグになる気がします。その最たる例がBluesやR&Bを自分たちなりに血肉にしながらのちには「ロックシーン全体を俯瞰して見せた」The Beatlesであり、中期以降のQueenであり、メタル界で言えばJudas PriestやBlack Sabbathといえます。UKのバンドは「新しいコンセプト」をうみだすのがうまい。そしてUSのバンドはUKのバンドが生み出したコンセプトをさらに極端な形、洗練された形に進めて見せる。それが1983年は「キャッチーさとシンプルさを持ったヘヴィメタルサウンドに派手なビジュアルを合わせたGlam Metal」と「激しさ、荒々しさに全振りし、高い演奏技術と一部プログレ的な複雑な曲構成を持つThrash Metal」に分化していく。
USは市場が広く、バンド数も多いから、ある程度極端なバンドでも一定数受け入れられるパイがあるし、逆に言えば特化していて「おおっ!新しい!」とならないとなかなか目立てない。極端なバンドが生まれ、それが時々時代とかみ合って大ヒットする。そしてまたUSのバンドが極端に細分化していくと、UKからそれらを統合するようなバンドが現れ、、、と、二つの英語圏の大音楽市場でループしていた気がします(2000年代中盤以降、ストリーミングやネットでの音楽配信が広まってからはまた違う気もしますが)。
世界中でメタルシーンが成長していく
いずれにせよ、1983年にメタル史においてはいったんUKからUSへ「新しい音像、アーティストを生み出す中心地」が移る。同時に、北欧メタルの萌芽も起こります。先にメタルシーンが生まれつつあったドイツ、スペインと並び、北欧、そして当連載ではアルバムは取り上げていませんが日本、フランスなどでもメタルシーンが生まれていきます。世界の音楽市場の中心であるUSでメタルが盛り上がるとともに、世界中でメタルシーンが成長していく。1983年はそんな1年だったと言えるでしょう。特に、のちには欧州メタルの一大拠点となる北欧にメタルシーンが生まれつつあるのは感慨深いものがあります。
次は1984年です、引き続きよろしくお願いします。
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1980年から2009年までの30年間のメタル史を時系列で追っていきます。各年10枚のアルバムを選び、計300枚でメタル史を俯瞰することを…
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