現代人はどのくらいのスピードで生きればいいのかについて

どうも、安枝です。

ここ数週間の圧倒的忙しさが少し落ち着いてきて、出勤していくつかのプロジェクトの情報整理と連絡周りを済ませた瞬間に、「あ、今日なににも追われてないわ」ということに気がついて、自分のChromeの一番左に固定してるnoteタブを開いてみました。

んで、なんか書こうかな〜と思いつつ、いろんな記事を漁ってみてみたんですが、なんというか「僕たち私たち、能動的に、そしてスマートに働いてます!」っていう自己顕示欲が透けて見えて、この違和感はなんだろう。と思ってしまったんですよね。

んで、降り頻る雨を眺めながら考えてたんですが、その違和感の正体は2つあって、

1つ目は「その人の人生の最終目標が直感的に感じられない」ってことと、2つ目は、秋めいてきて僕自身のメンタルがやられてるってことでした。

人生の最終目標っていう部分でいくと、「人はなぜ生きるのか」っていう本来抱いちゃいけない疑問が出てきて、わーい♩なメンタルになりますが、こないだの #ダークソーシャル倶楽部 で丸さんが言っていた、

「死ぬ時にさあ、ちょっとでも社会の役に立てたなって思たら、なんかいいじゃん」

ってやつに集約されるんじゃないかなと。

それと、僕の場合は、

「死ぬ時にさあ、こんだけ人を愛せたからもう十分だよなあって思えたら、なんかいいじゃん」

もプラスされると尚よし。

結局のところ、「いかに自分の人生を充実させられたか」「いかに後世にとっていい結果を残せたか」じゃないかなと思います。

この2つのお題に答える上で、スピードはどのくらいがベストなのか。

僕が思うに、現代人はちょっと速すぎやしませんか?と思うんです。

たぶん四季を感じたり、あの子のあの一言にもやもやしたり、落ち込んだらとことん落ち込んでみたり、といった心の動きとじっくり向き合う時間こそが生きてる実感なんだと思うんです。ま、僕の場合はですけど。

あまりに生き急ぎすぎてると、気付いたら年齢を重ねてたりして、うわーアンチエイジングしなきゃーとなると思うんですけど、じっくり自分と向き合ってたら「年齢重ねるってめっちゃ幸せやん」と思えると思うんですよね。

1日を噛み締めるから、1ヶ月を噛み締めることが出来て、そしたら1年を噛み締めることができる。人生っていかに噛み締めるかだなあと思うんですよね。

だから、日々を噛み締めていきたい。ああ、幸せだなあって心の底から思える日々を過ごしていたい。そして、好きな人がそう感じる瞬間に、好きな人が見てる景色の中にいたい。

そんな感じで、日々を生きていきたいです。

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