![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/128110904/rectangle_large_type_2_ac09b8fca3a49dba768a13a17a0bf6c3.jpeg?width=1200)
陽気な楽団と真夜中のエレベーターボーイ
午後11時過ぎ―。今日はやたらと喉が渇く。
朝までを考えたら部屋の水分は心許ない。
えぇい、面倒だが飲み物を買いに行くか。
ここはビジネスホテルの最上階。
館内の案内によれば、自動販売機は2階らしい。
田舎とは言え寝巻きで出るのはまずかろう。
雑にズボンとシャツを着直して廊下に出る。
館内は静まり返っている。
19時頃にホテルに来た時点で、周囲は真っ暗だった。
日曜の夜にあまり泊り客もいないのだろう。
一基しかないエレベーターもすぐにやってきた。
2階で降りて自動販売機のコーナーへ。
傍で乾燥機が騒がしく回っている。どうやら宿泊客はいるらしい。
コーヒーや炭酸飲料も飲みたくなって、大小3本も買ってしまった。
手がいっぱいになって1本をポケットにねじ込む。
我ながら、頭の悪い買い物だ。
さっさと部屋に帰ろう。その思考が注意力を低下させた。
来たエレベーターに乗ると、箱は下に向かい始めた。
あれっと思った頃には1階に着いてしまう。
扉が開くと今チェックインを終えたような泊り客が5~6人いた。
皆大荷物で、一人はチェロのようなケースを抱えている。
動かない私に「降りないのか?」と問いたげな目でこちらを見てくる。
「上に行くので乗ってください」と言うと、ドヤドヤと乗ってきた。
当然のように最初から乗っていた私がエレベーターを操作することになる。
「みんな乗れるかな?」「乗っちゃおう」「何階?」「乗れる乗れる」「皆さん何階ですか?」「えぇ~っと私は3階」「2階もお願いします」「5階」「6階」「じゃあまた明日」「エレベーターボーイさせちゃったみたいで」「おやすみなさい」「すみませんね変な集団で」「○○さん、なんか落とした!」「明日公演があるんですよ」「アハハハ」
なんとも賑やかである。時間にしたらほんの数分。
それでも陽気で楽し気な雰囲気は良いチームであることを伝える。
「ありがとうございました」
最後にペコっと挨拶した女性を見送って、すっかり静けさを取り戻したエレベーターは、私一人を乗せて最上階についた。
区切られた空間の一瞬の喧騒。白昼夢でも見たかのようだ。
(変な人たちだったな)
耳の中に彼らの残響を感じながら薄暗く静かな廊下を歩く。
きっと明日の公演も素敵なものになるだろう。