4畳半地獄

時々不安になる。
コロンブスがアメリカ大陸を発見した時、インドと勘違いしていたように、僕が自宅と思っているこの場所は自宅ではないのでは?と。
いや、そんなことあるはずはない。
何故なら、彼女がおいていった生理用品がきっちりトイレの棚の上にあるからだ。
いや、しかし、経験上女というものは興味のある男の家には生理用品を置いていくという習性がある。すると、なにか、より不安を深めるだけの材料でしかないではないか。
そもそも、私が東京都中野区に住居を構えるというのも胡散臭い話だ。
幼少期から青春期まで、地元では野を駆け巡り、草花を愛でて育ったのに、今や財布の中は「三菱商事」だの、「ゴールドマンサックス」だの嘯いて書いてもらった領収書ばかりだ。
本当は東京電力と未払いを巡って毎月戦っているというのに。
外を酔っ払った大妻女子大学と東京理科大学の学生が歩いていく。
とりあえず東京に来たが、以前時給暮らしの日々。こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃ…。
コロンブスがアメリカ大陸を発見して、インドと勘違いしたように、そもそも私自体が私でない可能性すらある。
「私以外私じゃないの…」
ふざけたおかっぱ頭よ、脳内から消えろ。
木目に沿って正確に挟まる陰毛。
冷蔵庫の中にはどこに水分を持ってかれたのかわからないもやし。
こんな暮らしをしていても何故かできてしまった太りすぎで歯並びが悪い彼女。
給料日後のサイゼリヤの楽しみ。
やはり、ここはどうやらアメリカ大陸ではない。
総武線に乗って飯田橋に行こう。
つまづく、4畳半に転がった黒霧島の空き瓶。大妻女子大学の学生の甲高い笑い声。
隣人は中国からの留学生。
総武線を諦めてテレビをつけた。
連日報道される国会と、集まったおじいさんたちのクイズ大会。
どの番組も同じようなお笑い芸人が司会をやってる。
こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった。
だから。こんなはずじゃないの。だから何かの間違いに違いない。
ユニットバスの黒ずんだパッキン。
嘘をついた数だけ増えていく領収書。
テカり始めた一張羅のスーツ。大妻女子大と東京理科大の不可思議な関係。

時々不安になる。時々ね。
東京都中野区の四畳半。明日の集合時間は15時。カーボン紙とワンセットの出勤表を持って、今日も僕は時給を稼ぐ。

アメリカ大陸を発見するために。

#小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?