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『未来を創るお笑い改革〜日本の笑いを「おもろい」から解放せよ〜』vol.3

目2 問題が顕在化する背景と原因

顕在化された問題は、
「日本の笑いが狭義的になっている」
「独善的で画一的な「おもろい」という商品が日本人の精神構造に影響を与えている」
「それに気が付いていない」というものがある。


これらが表立ってきた背景には、やはりメディアの移行と、「おもろい」のマンネリ化がある。

インターネットの台頭と同時にテレビの衰退は如実である。
テレビがメディアのイニシアティブを握っていた時代がしっかりと逆転したのは、
2019年頃に広告費をYouTubeがテレビを上回ったという分岐を示すこともできる。

そして、コロナ禍がはじまり、それは一気に加速した。
自粛期間などが生まれたことで「発信者」「インフルエンサー」は特に増えた。
スマートフォンが出力媒体として、テレビに取って代わったし、
ソフト面ではInstagram、TikTok等のSNSが群雄割拠している。
さらに、サブスクリプションの充実により、YouTube、Netflix、primevideo等、
もはや地上波をリアルタイムで視聴することや、録画視聴する余地はないほどコンテンツが充実している。

テレビ業界は、コロナ禍においてもスタジオを構えていることや、製作者が一堂に会さなければいけないというアナログ性を打開できなかったし、
TVerとして、番組提供の緩和もだいぶ遅かった。

しかし、依然として「おもろい至上主義」は日本全土を覆っており、その違和感を口に出すことは許されていなかった。

そんな背景のなか事件は起こった。
2023年、私が屋久島で1年の充電期間を過ごしていた頃である。

N氏の『【松本人志氏への提言】審査員という権力』と題した動画である。574万回の再生があり、大炎上をした。

しかし、それは松本人志氏をテレビで見かけなくなってきた今、
当時より一定の理解は得られてきている内容であるのでは無かろうか。

少なくとも、脊髄反射的にN氏を批判する様な人は少なくなっているのでは無かろうか。

後に、この現象をN氏本人含め、岡田斗司夫氏も分析しているが、私はそれを同意する立場で、さらに「おもろい」という商品の功罪を明確にし、さらに「粋文化の復古」の提案を試みたい。

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