22/10/03 【感想】叙述トリック短編集

似鳥鶏『叙述トリック短編集』を読みました。

本来ミステリについて「この作品は叙述トリックが良くてー」と話すことはご法度もご法度。なぜなら叙述トリックが存在していると明かすことそのものがネタバレになってしまうからです。
なので「密室トリックがすごい」と勧めることはできても「叙述トリックがすごい」と勧めることはできません。
なんならこの記事のタイトルだけ見て「こいつは叙述トリックの作品タイトルを並べてネタバレを撒き散らしながら感想を書いてやがる」と勘違いされて僕がブロックされてる可能性すらあります。

ところがこの作品は予め「収録されている作品には全て叙述トリックが使われている」ことを冒頭で宣言して「読者への挑戦」を突きつけています。

叙述トリックの存在が明言されているので、複雑な謎解きは面倒くさがってやろうとしない(僕のような)読者でも「叙述トリックを見破る」という部門で参加できる…というのが本書の建付けであり最大の効用になっています。
叙述トリックは作者が読者に対して仕掛けるトリックであり作中の探偵は関知しないところにあるので、読者だけが参加できる部門なのです。

かように面白い試みをしている本作ですが、試みは面白くても実装が追いついていない作品がいくつかあるのが残念なところ。少なくとも出版社による「超絶技巧の騙し本」という看板は過大広告だと思います。

カジュアルな短編集ですが、有名作品のトリックだけを集めた推理クイズ集みたいなやつの叙述トリック版になってしまっている短編が少なくないため、まだあまりミステリは読んだことがない人にこそ勧めたくないかも。

一方で叙述トリックというテーマでとにかくやり尽くそうと手を変え品を変え騙しに来るバリエーションの豊かさは本作ならではで、特に作者の読者も慣れてくる後半の作品は楽しくなってきます。
既に叙述トリック作品をいくつも読んだことのある読者が、肩の力を抜いて楽しむのにちょうど良い作品かもしれません。

公式紹介の下はネタバレ感想です。

超絶技巧の騙し本(ミステリ)。

*注意! この短編集はすべての短編に叙述トリックが含まれています。騙されないよう、気をつけてお読みください。本格ミステリ界の旗手が仕掛ける前代未聞の読者への挑戦状!

 作者の仕掛ける〔魔法〕はこの本すべてにかけられているーー
「この短編集は『叙述トリック短編集』です。収録されている短編にはすべて叙述トリックが使われておりますので、騙されぬよう慎重にお読みくださいませ。」(読者への挑戦状より)大胆不敵に予告されていても、読者は必ず騙される!本格ミステリの旗手がその超絶技巧で生み出した、異色にして出色の傑作短編集!!

講談社BOOK倶楽部内作品ページより引用

ここからネタバレ


ちゃんと流す神様

本作の叙述トリックは「登場人物のほとんどが高齢者であることを隠す(60歳未満であるかのように誤認させる)」というものでした。
犯人特定は目撃証言や現場の証拠から可能性を絞り込んでいき「トイレの窓からの侵入」に限定するというロジックによる手続きで行われ、きれいなものです。一方、この推理では「なぜわざわざ窓からトイレに侵入してトイレの詰まりを直したか」が当然重要になります。

真相としては「トイレに総入れ歯を落としてしまったため」がそもそもの発端。つまり冒頭の叙述トリックは「読者は登場人物のほとんどが高齢者であると認識していないためトイレに総入れ歯を落としたという可能性に思い至れない」というはたらきをしていることになるのですが、これ要る??

「実は登場人物のほとんどが高齢者」という叙述トリックで驚きを生むミステリは国内で有名な先行作品があるので、それに対するオマージュとして書かれたのでしょうか。

背中合わせの恋人

まず交流のない二人の視点が交互に描かれるという時点でこの叙述トリックを疑うなという方が無理でしょう。もちろん先行作品があります(僕が真っ先に思い当たったのは国内有名作家の隠れた名作です)。

「視点人物の誤認」を使った叙述トリックは、叙述トリックの中でも「作中人物の認識と読者の認識にズレがない」タイプのものであるため、本作のように直接作中における事件解決のカギとすることができます。
本当にこの勘違いオンリーで解決なのは苦笑してしまわないでもないのですが、前の作品と違って叙述トリックの解明が事件の解明と結びついているのはやっぱり気持ちが良いものです。

叙述トリックになっている認識のすれ違いと一目惚れの片思いを組み合わせているのがシナジーになっていて、シンプルなストーリーラインながら満足度の高いものになっています。タイトルのダブルミーニングも含め、目新しさはないもののよく整った作品だと思います。

閉じられた三人と二人

叙述トリックによって縛られている二人を別紙と助手だと誤認させるもの。
この短編のよくできているところは、このトリック相応に短いところです。
どのトリックにも「支えられる長さ」がある程度決まっている、というのが持論です。端的に言うと「長いもん読んだらそれ相応にすごい真相がほしい」というもの。
本作はちゃんと短く切り上げることでガッカリ感なく撤収することに成功していると思います。

なんとなく買った本の結末

助手が読んだという本の舞台が現代(この本の発行は2018年)だと誤認させる叙述トリック…なのですが、現代の読者が「作中世界も現代の常識が通用する」と思い込むことで「読者は正しい認識をしているが、作中の登場人物が正しい認識をできていないことに気づけない」という所謂「逆叙述トリック」の構造になっています。
21世紀に実質「発明」され、傑作短編が書かれた「逆叙述トリック」ですが、本作は実装が大したことないのが残念。

あと個人的な読書体験としての話をすると、自分が古いミステリをよく読むことや現代のミステリでも舞台をひと時代前にしていることが珍しくないせいで、単純に作中作の舞台が現代日本だという先入観が別にありませんでした。

貧乏荘の怪事件

ロジックものの消去法推理と人物を隠す叙述トリック――2人いるタイ人を1人と誤認させる――を併用することにより、読者の視界から消えてしまった容疑者を取り出すことをやってのけています。
叙述トリックもやたらめったら長い名前のタイ人が2人出てくるためちゃんと読まない読者は「長い名前の人」1人としか認識しない、という人を食ったもので実にこの短編集らしい稚気にあふれたもの。
犯人の合理性に関する想定がブレブレなのはご愛嬌。気の利いた短編に仕上がっていると思います。

ここまで見ると、大学を舞台にした作品が特に活き活きとしたものになっている気がします。作者の得意な設定なんでしょうか。

ニッポンを背負うこけし

別紙さんが複数いるのは微笑ましい叙述トリックですが、それによって実現した肩車の不可能犯罪トリックは脱力系の面白さがあり本作ならでは。そして最初に宣言されていた「一人だけ、すべての話に同じ人が登場している」というのが実は別紙さんでなく助手だというのが面白い。叙述トリックによって叙述トリックを隠すという構成はこの短編集だからできたことでしょう。
この手の特定のテーマに特化した短編集はどれだけそのテーマを「やり尽くす」ことができるかが肝だと思っているのですが、その点でここまでやってくれたことは満足度が高いです。

最終作の「あとがき」――タイトルによって短編小説をあとがきと誤認させる叙述トリックネタ――も一発ネタとしてちょうど良いオチになっています。