20/09/25 【感想】ノッキンオン・ロックドドア
青崎有吾『ノッキンオン・ロックドドア』を読みました。
「こういうのが好きなんだろうって? うん、好き!」というか、「あんたも好きねえ」というか。「ミステリ的な作り物っぽさ」が好きな方ならば十分に楽しめる一冊となっています。
作者の青崎有吾はデビュー作の作風から「平成のエラリー・クイーン」の異名を取りましたが、短編もどことなくエラリー・クイーンっぽいですね。『犯罪カレンダー』ぐらいのユルさで楽しめます。
ハウダニット担当とホワイダニット担当の2人組の探偵が主役の作品ですが、どちらかというと不可能興味(ハウダニット)の魅力のほうが大きく感じました。なのでハウダニットを読みたい人におすすめです。逆にホワイダニットが好きでホワイダニットが読みたくて仕方ないんじゃって人にはそんなに刺さらないかも。
引用のあらすじより下はネタバレ感想になります。
インターホンもドアチャイムもノッカーもない探偵事務所ノッキンオン・ロックドドア。
戸惑うようなノックの音なら、謎を抱えた依頼人がやってきたしるしだ。
密室、容疑者全員アリバイあり、衆人環視の毒殺など、⟨不可能(HOW)⟩な状況のトリックを推理する御殿場倒理と、ダイイングメッセージ、現場に残された不自然なもの、被害者の着衣など⟨不可解(WHY)⟩な状況から理由や動機を解明する片無氷雨。
相棒かつライバルのダブル探偵が、難事件に挑む!
(徳間書店HP内作品ページより)
「ノッキンオン・ロックドドア」
表題作。ハウダニットとしてはこの話が一番よくできていると思います。文字通り密室モノなのですが、ちゃんとハウダニットしてるイカした密室トリックです。
逆に「画商に絵を踏ませるため」というホワイダニットの方は、とってつけたようというか、釈然としないところが残りました。
でも「なぜ絵を赤く塗ったのか?」というホワイダニットはハウダニットのトリックの方にもつながっていて良かったですね。
「髪の短くなった死体」
この話は「何が起こったのか」を追うホワットダニットがメインとなる、どことなく麻耶雄嵩っぽい真相の一編。いや、ここはクイーンっぽいと言うべきか。
最も青崎有吾の得意な部分が出た一編だと思います。
〈不可解〉から入って、それを追っていると〈不可能〉が浮き彫りになってくるという、直前の「ノッキンオン・ロックドドア」とは逆の構造になっているのが短編集ならではの面白さです。
「ダイヤルWを廻せ!」
ハウダニットとしては「殺人事件は金庫が凶器」、ホワイダニットとしては「金庫をひっくり返したのは凶器隠蔽のため」とそれぞれ意外な真相がちゃんとついており、しかもそれらが連結しているという面白そうな構成なのですが、なんか構造ほどには面白くなってない気がします。
最初に読者の視線を暗号の方に振ってしまったのがよくなかったのでは…?
最初に暗号が出たとき上下逆を思い付いていたのでそのことばっかり考えながら読んでたのが良くなかったのかもしれません。
ちゃんと推理したならともかく偶然で推理が当たってしまったミステリは正常な評価ができなくなりますね。
「チープ・トリック」
ずっとカーテンの閉まった部屋の中に入る、窓側に近づこうとしない警戒心バリバリの被害者をどのように狙撃するか?というトリック一発勝負の作品。
電球の付替えという回答が「台の上に立つ(射角を誤認させる)」「カーテンの外からでも見える」と設問にピタッとハマるのがとにかく気持ちよく、スカッとするハウダニットでした。
ハウダニットにつきまとう「なぜこんな複雑でめんどくさい殺し方をしたのか?」というツッコミどころを美影にアウトソーシングする手法も、ミステリらしい方便として嫌いじゃないです。
長編でシリーズを横断する宿敵みたいなのが出てきちゃうと萎えるんですけど(矢吹駆シリーズのあの人とか百鬼夜行シリーズのあの人とか)、短編ならまあいいかな。
「いわゆる一つの雪密室」
んー…なんか色々余詰めがありそうな…。途中で出てきたおんぶ説も否定が弱いですし。ハウダニットとしてあまり真相で気持ちよくなれなかったかも。
指紋ってそんな簡単に流れるんですかね?
「十円玉が少なすぎる」
個人的に本書のベスト。
薬子ちゃんが偶然耳にした「十円玉が少なすぎる。あと五枚は必要だ」という発言だけでその背景を推理する『九マイルは遠すぎる』形式をとった日常の謎、その中でも「五十円玉二十枚の謎」と呼ばれるサブジャンルに分類される一編です。(五十円玉二十枚の謎については気になる人はググってみてください)
ちなみに青崎有吾はこのサブジャンルが好きなのか他の短編集で五十円玉の謎もやってます。(『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』に収録)
この話は良質な「五十円玉二十枚の謎」として読めるだけでなく、最後に本家『九マイル』的なツイストが与えられることによってホワイダニットとして推理していたものがハウダニットとして立ち上がってくるのが絶妙です。
「なぜ『十円玉が少なすぎる』と言ったのか?」というホワイダニットに与えた解釈が、後から与えられた事件の「どうやって被害者に辿り着いたのか?」というハウダニットにもなるんですね。
完成度の高い短編で、とても面白かったです。
「限りなく確実な毒殺」
毒殺モノの定番の一つ、毒入りグラス選択問題に「事前に仕込んだ毒で死んだのを、グラスの毒で死んだように偽装した」というバリエーションを提示した一編。
真相ではグラスを取り落とす位置を知るために使用された「スピーチ中の立ち位置や行動が細かく決まっている」という情報がうまくミスリードになっています。
でもこの話の最大のポイントはやっぱりラスト一行でしょう。あー、なるほどね。