22/12/14 【感想】言語学バーリ・トゥード: Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか
川添愛『言語学バーリ・トゥード: Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか』を読みました。言語学者である筆者による冊子連載をまとめた本で、タイトルにもなっている「AIは『絶対に押すなよ』を理解できるか」を含む16本が収録されています。
今まさに街で流れているあの有名な松任谷由実の「恋人がサンタクロース」という曲。あれはなぜ「恋人はサンタクロース」ではなく「恋人がサンタクロース」なのか? …という話で1本書かれていたり。
この「AはBだ」と「AがBだ」の違いは「言語学においては『そこに足を踏み入れたが最後、その後何十年も出られなくなる底なし沼』の一つ」であるらしく、そしてこういう研究分野の底なし沼の常として傍から見るぶんにはめちゃくちゃ面白い。
またいわゆる「マンションポエム」なんかも取り上げられています。
「海老名市最高層を、住む」(小田急不動産)
普通なら「海老名市最高層に、住む」になりそうなところを「海老名市最高層を、住む」とすることで与えるニュアンスがどのように変わるかの仮説とかが書かれていて、とっても面白い。
個人的に一番のお気に入りは第3回「注文が多めの謝罪文」。
「相互知識のパラドックス」という問題を扱った回なのですが、本文中では例として"私"がある知人にバーリ・トゥードという単語を裸で…つまり説明なしに使うために必要な条件を考えて、問題の例としています。
説明無しにバーリ・トゥードという単語を出してコミュニケーションが成立するためには当然"知人"の側がバーリ・トゥードという単語を知っている必要があるのですが、それだけでは不十分です。
"私"の側が「"知人"はバーリ・トゥードという単語を知っている」ということを知らないと説明なしでいきなりブチこむことはできません。
じゃあもしその知人が格闘技の雑誌を読んでいるところを見かけたことがあるなどして「格闘技好きならバーリ・トゥードを知ってるだろう」と分かっていたとしたら説明なしにバーリ・トゥードの話を振れるのか?
そういうわけにもいきません。なぜなら"知人"の側は格闘技の雑誌を読んでるところを見られたことを知らないので、「なんでいきなり私がバーリ・トゥード知ってる前提で話しかけてくるんだ」と変に思われてしまうのです。
つまり上記の条件だけでは不十分で、「"知人"が格闘技好きだということを"私"が知っている」ということを"知人"の側も知っている状態でないといきなり話は振りづらい…。
実はこの後も話は続いて、結果的に無限階梯に陥ってしまいます。これがめちゃくちゃ面白かったんですよ。僕の要約が全然上手くないのでこれはぜひ実際に読んでみていただきたい!
筆者の専門は我々の普段使う日本語を「現象」と捉えて研究するものです。リンゴが落ちる現象を見て万有引力を見出すようなもの。
当たり前のようにやっている、相手が知ってる前提でバーリ・トゥードという単語を使うことだったり、よく見かけるマンションポエムだったり、街に流れるクリスマスソングだったり。これらの「現象」がなぜ起こっているのか、どのようにしてこのような言葉が紡がれたのかという観点で見つめる筆者の話はどれも興味深く、どんどん読めちゃう一冊でした。